第百一話『大断捨離』
グゥオオオォオォオォオオン――!!
帝国の城門前で、主の帰りを待ちわびる竜の咆哮が猛る。
その咆哮は大地を震わせ、フォルトゥーナ全土に轟いたという。
時は――七宮対抗魔法祭の開幕から、数日遡る。
「ついたぞ、ここだ」
ポタモはピタリと空中で静止すると、岩壁に囲まれた重厚な扉を指さした。
自然の造形がそのまま残る"巨大洞窟"の奥。
その最深部に鎮座するのは、明らかに“自然”では片づけられない、人為の意図と魔力を感じさせる異様な扉だった。
「ここが――無限演算の回廊……」
ステルはそびえ立つ扉を見上げ、ポツリと一言呟いた。
その声音には、緊張と確かな覚悟が滲んでいる。
今回の目的はただひとつ。
白鷺の魔女――"イデアルの救出"だ。
――――――――――――――――
「それじゃ行ってくる。ビュルルの事は頼んだ」
ステルが短く告げると、ボビンスキーは深く一礼し、白装束たちも静かに頭を垂れた。
「承知いたしました。勇者様も……どうか、どうかご無事で」
ビュルルを彼らに託し、ほんの僅かな別れの挨拶を交わしたのち、まだ夜の名残が色濃く残る薄明の刻——ポタモとステルは、ひっそりと暗闇に紛れ込み、拠点を後にした。
場所は、事前にイデアルからポタモへ伝えられていたとおり。
橋を渡ってすぐ先の、フォルトゥーナの隣国・ジグラス帝国領。
その外れにぽっかり空いた、小さな洞穴の奥に“入口”があるらしい。
橋上にたどり着くと、灯火を掲げた別部隊の兵が数名、警戒に当たっていた。
この時間帯だけ妙に静かで、魔物の気配も感じない。
(やはり今が 好機ってわけだな)
俺はポタモをひょいっと抱え上げると、そのまま気配を殺して橋を駆けた。
できる限り足音を立てず迅速に、かつ慎重に。
そして――幸いにも魔物と鉢合わせることは一度もなく、拍子抜けするほどあっさりと、橋の向こう側の起点に到着した。
「魔物一匹現れないとは……都合が良すぎて逆に不気味だな」
「魔物達は嗅覚が敏感だからな。アタイの魔法で匂いと気配を丸ごと消しておいた。ほら、もっと感謝していいんだぞっ!」
ポタモはフフンと鼻を得意げに鳴らしてみせる。
「そうだったのか。ってかお前、見かけによらず結構すごいんだな」
その一言に、ポタモの耳がピクッと跳ねた。
「見かけによらずとはなんだっ!アタイは精霊の中でも極めて魔力の高い"特級精霊"だぞ!侮ってもらっちゃあ〜〜困る!」
「精霊だったのかお前!?てっきりただの狸かと」
「だ・か・ら!狸じゃなくて小熊猫だっ!」
ポタモは顔を真っ赤にして、ポカポカと俺の頭を何度も叩く。
俺は苦笑しながら、その小さな怒りをそっと撫でて宥めた。
そんなやり取りをしつつ走ること数十分――イデアルに伝えられた“洞窟”の入口は案外あっさりと見つかった。
「ここからは慎重にいこう」
そう言ってポタモが尻尾をフリフリと回すと、尻尾の先が眩く光を放つ。
その光源を頼りに、俺達は足元に気を配りながら奥へ進んだ。
やがて――自然の岩肌とは明らかに異なる、人工的な魔力の気配が漂う空間が現れ、自然に足が止まる。
目的の“場所”へ、ついに辿り着いたのだ。
「んじゃ、アタイの役割はここまでだ」
ポタモはステルの肩から、ぴょいっと軽やかに飛び降りると、尻尾をプロペラのようにくるくるくるっと振り回しながら言った。
「ありがとな。気をつけて帰れよ」
ステルは短くそう告げ、臆することなく重厚な扉へと歩みを進める。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
ポタモが慌てたように、背後からステルへ声をかけた。
「? ……なんだ」
「このダンジョンは普通じゃない。それは……扉越しでもビリビリ伝わってくる。だから――くれぐれも気をつけてくれ」
いつもの調子とは違う。
ポタモの表情には、冗談の色は一切なかった。
ステルはその言葉を受け止め、一瞬だけ考えるように視線を落とすと、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「心配すんな。イデアルは、俺が必ず連れて帰る」
「……ありがとぅ」
ポタモは小さく呟いたあと、パッと顔を上げてニッコリと笑みを浮かべた。
そして尻尾をプロペラのようにくるくる回しながら、ふわりと浮かぶような足取りで来た道を戻っていく。
俺はその小さい背中が見えなくなるまで見送った後。
「よし……行くか」
覚悟を決め、ゆっくりと扉の前へ一歩踏み出す。
その瞬間――
グラグラグラグラッ!!
突然洞窟全体が、まるで巨人に揺さぶられたかのように大きく振動した。
岩壁が軋み、砂がぱらぱらと降り注ぐ。
足元は立っていられないほどに揺れ、俺は思わず膝をついた。
「うお……? なんだいきなり!?」
揺れる足元を押さえつつ、なんとか立ち上がろうとしたその時だった。
耳に刺さるような無機質な音声が響き渡る。
「挑戦者を検知しました――無限演算の回廊を起動します」
「この声は、イデアルと交信した時に聞いた声だ…」
直後、扉が ゴゴゴ…… と低く震え始めた。
刻まれた紋様が次々と光を帯び、まるで回路のように一斉に走り出す。
そして中央に細い光の線がスッと走ると――バシュッ!!
鋭い破裂音とともに、扉はゆっくりと口を開けた。
「グルルルルルッ……!!」
扉の向こうには、血走った眼でこちらを睨みつける魔物たちが、今にも飛びかかってきそうな臨戦態勢でずらりと並んでいた。
「フッ……やる気満々って訳か」
ステルは肩についた砂埃を軽く払うと、一歩、また一歩と助走をつけて——そのまま勢いよく扉の内側へ跳び込むと、目の前にいた“ガロウルフ”へと一直線。
その獰猛な牙がステルを捉えるよりも早く、ステルの拳がガロウルフの顔面を容赦なく殴りつける。
バキィ――!!
「ギャフルルルルルっ!!」
悲鳴を上げたガロウルフは、まるで投石器から放たれた弾丸のように吹っ飛び、壁へと容赦なく叩きつけられる。
たちまちガロウルフの体は消滅し、地面にはぽつりと 魔力核 だけが残る。
ステルはそれを拾い上げると、目の前の魔物達に向かって、声を大にして叫んだ。
「かかってこい!年に一度の――大断捨離の始まりだっ!!」
こうして、ステルの"無限演算の回廊"攻略が幕を開ける。




