第一話『山育ち、異世界に転生する』
「勇者ステル!どうか、この世界を悪しき魔界の軍勢から救ってくれッ!!」
なんなんだここは……!
俺の名前は立町 静照。
年齢は今年で29歳。
いわゆるアラサーというやつだ。
職業は無職。(つい先程までは)
そんな俺は今、大勢の群衆に囲まれながら、王様?と名乗る髭面の男から、勇者としてこの世界を救ってほしいと懇願されている。
はぁ……
一体、なぜこんなことになったかって?
簡単に説明しよう。
ここに来る少し前の話だ。
俺の住んでいた地域は、この広い日本の中でもとびっきりのド田舎だった。
辺りは雄大な大自然に囲まれ――といえば聞こえはいいが。
実際の所、どれだけ遠くを見渡しても見えるのは山、海、畑。
交通機関は一日に数本のバスと市電がかろうじてある程度、娯楽施設などもってのほかだ。
そんな田舎町の中でも、俺はさらに人の寄り付かない山奥で暮らしていた。
母は俺を産んで早くに離婚し、父親はそのまま蒸発。
俺が六歳の頃に、母は病に倒れ亡くなった。
それからは、残された祖母と二人で暮らしている。
「静照。ええか、信じられるのは己のみじゃ!ワシがおっ死んだ後も、オマエが一人で生きていけるように、ワシの全てを教えちゃる!」
祖母は、ここら辺では名の知れた猟師だった。
それも定住地は持たず、山で暮らし山に生きる、正真正銘の無住居者。
現代風にいうならただのホームレスだが。
そんな祖母の噂は少しずつ村に広がり、つけられた異名は"サバイバ婆"
そんな祖母のお陰?もあって、俺は物心着いてすぐに様々な生きる術を教わった。
基礎的なサバイバル戦術は勿論のこと、果ては熊狩りのノウハウまでetc...
そんなある日の会話だ。
「婆ちゃんは、なんで外で暮らしちょるん?山を降りれば人が沢山いて、美味いもんも沢山……色んな世界が広がってるって母ちゃんが言ってた」
「昔な、ここで大きな山火事があったんじゃ。それはそれは酷いもんじゃった。命だけは助かったが、それ以外はなーーんにも残らんかった。その時気付いたんじゃよ、信じられるのは己の体一つのみ。
どんなに大切な物であっても、"形あるものはいずれ朽ちる"」
婆ちゃんは、少し寂しそうにそう言った。
「だから、静照。お前は邪な物欲に囚われてはいかん!本当に大事なモノだけを大切にするんじゃ」
「…わかった。でも婆ちゃんは?婆ちゃんの大切なモノって…」
「それは、愛する我が孫。お前じゃよ――」
それから二十年後――。
俺は大都会、"東京"にいた。
なんでかって?
それはまた今度、機会があれば話そうと思う。
とにもかくにも、俺は不運に見舞われ命を落とすことになる。
そして次に目を覚ました時には。
異世界に転生していたってわけだ。
「こ、国王様!遂に…やっと……我が国も、勇者の召喚に成功しましたっ!」
と、魔術師の様な装束を身に纏った、赤髪の女性がそう言う。
「よくやった!褒めて遣わす。これで魔界の軍勢にも対抗できる…」
国王……? 勇者……? 魔界の軍勢……?
一体何を言ってるんだこの大人達は。
何かの演劇でも見せられているのか?
「勇者よ」
……
「おい、そこの勇者よ」
……
「おい、聞いておるのか勇者よ」
…まだ言ってるよ。誰かセリフでも飛ばしたのか?
「だぁーーーーー!"お前"じゃよっ!オ•マ•エ!そのボッサボサの頭で怠そうに突っ立ってるそこのオ•マ•エ!」
「え、俺……?」
俺はあっけらかんとした表情で、一応自分を指差した。
「気付くのが遅いわ!お前、名は何という」
王様役の男の額には、今にも破裂しそうなほどに、血管が浮かび上がっていた。
「俺の名前は、立町 静照」
「タチマチ•ステル…?ここでは聞かん、変な名前じゃな。
まあよい……それでは勇者ステル!突然じゃが、お前にはこれからこの国、いやこの"ユーディリア大陸"を救ってもらう!」
「断る。怪しい勧誘に興味はない」
ズコーーーッ
まるで準備していたかの様に、周囲の人間が揃ってコケた仕草をとる。
この劇団は、こんなアドリブにも対応できるのか。
ユデタマゴ大陸だか何だか知らないが、生憎俺に演技の趣味はない。
残念ながらお断りだ。
「ンン゛…まぁ、いきなり言われて信じないのも無理はない。どれ、ミカよ。勇者ステルに"アレ"を見せてやってくれ」
「畏まりました。ソレッ!」
女魔術師は掛け声と共に、自らの持つ杖を振るったその瞬間。
ボォォオオオォオォオオ〜!!
巨大な火球が出現し、辺り一体を照らした。
「お、凄いな。大道芸も出来るのかこの劇団は」
「何か勘違いしておる様じゃが……まぁよい、時は一刻を争う。
勇者ステルよ、主には手始めに、このダラス王国の近郊に住み着いた、悪しきゴブリン達を退治してもらう」
「ゴブリン?なんだそれは、食えるのか」
「食えんわい!知らんけどっ!
コホン…まぁ安心せい。
旅立つ者に選別の一つや二つは用意しておる。"グラム伯爵"、例のものを」
「ハッ!」
王様役の呼び声と共に、重厚な鎧を身に纏った二メートル近い大男が現れた。
それにしても凝ってるなこの衣装。
「こちらは、先代の勇者様がかつて世界を救った時に身に付けていたとされる、"オリハルコンの鎧"にございます」
おお、何だか分からんが凄そうだ。
「それと、こちらがかつて魔王を討ち取ったとされる、伝説の勇者の剣、"聖剣•エクスキャリバーン"でございます。どうぞ、お納めください」
俺が答える間もなく、その聖剣と鎧は、瞬く間に自らの身体へと纏われていた。
「凄いな、どうやってやったんだ…?」
「旅の準備は整った!この世界を救う為、行ってくるのじゃ!往け、勇者ステルよ――!」
こうして、俺の物語は始まりを迎える。