第7話『触れられなくても、もう一度 ~ 静かな決意を ~ 』
大学の図書館。
柔らかな陽光が窓から差し込み、桜の花びらが風に揺れていた。
結衣は静かにノートを開き、ペンを走らせていた。
しかし、その瞳にはかすかな寂しさが漂っている。
隣に座る緋人は、彼女の動きをじっと見つめていた。
「無理しなくていい。君のペースで、ゆっくり歩いていこう」
結衣はペンを止め、ゆっくりと緋人の方を見つめる。
「ねぇ、私……本当は、あの日キスしたかったんだ」
緋人は驚きながらも、優しい笑みを浮かべる。
「僕もだよ。触れられなくても、心はいつも君と一緒だった」
二人は距離を保ちつつ、ゆっくりと心を通わせる。
その夜、結衣は一人静かな部屋で窓の外を見つめていた。
舞い散る桜の花びらを見つめながら、彼女は静かに決意する。
「焦らずに、私らしく歩いていこう。過去に縛られず、自分の人生をもう一度生きるんだ」
その決意は強く、しかし優しく彼女の胸に灯った。
翌日、緋人は結衣の手を握り、そっと囁いた。
「これからは一緒に、ゆっくり歩んでいこう」
結衣は微笑み返し、確かな未来への一歩を踏み出した。
桜の花びらが優しく舞うキャンパスで、二人の物語は静かに、しかし確かに動き出していた。
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窓の外には、淡い月明かりが桜並木を優しく照らしていた。
結衣は部屋の椅子に深く腰かけ、そっと手を膝の上に置いたまま、静かに息を吐いた。
今日一日の出来事が、胸の奥で波紋のように広がっている。
緋人と過ごした短い時間、触れ合えないもどかしさ。
それでも感じた温もりと優しさ。
「本当は……あの日、あの瞬間に触れたかった」
その想いは、ずっと封じ込めてきた秘密の宝石のように、胸に煌めいていた。
でも、今は焦らない。
無理をすれば、また自分を壊してしまうかもしれない。
結衣はゆっくりと手を握りしめ、瞳を閉じる。
「私は私のペースで生きていく。過去の栄光でも、失敗でもなく、今を大事にしたい」
深呼吸を繰り返しながら、彼女の中に静かな決意が生まれていく。
「一歩ずつでもいい。私の人生を、自分の足で歩いていく」
その言葉が心の底から湧き上がった瞬間、結衣の胸に重くのしかかっていた何かがふっと軽くなった気がした。
翌朝。
キャンパスの並木道で、緋人が待っていた。
結衣は昨日の夜に決めた想いを胸に、ゆっくりと歩み寄る。
緋人はその表情を見て、わずかに微笑んだ。
「どう?昨日はよく眠れた?」
結衣は小さく頷き、手を差し出した。
「うん。ありがとう。これからは私のペースで、あなたと一緒に歩いていきたい」
緋人はその手を優しく握り返し、温かい眼差しを向けた。
「ずっと待ってるよ。君がどんなペースでも、僕はそばにいる」
桜の花びらが風に舞い、二人の周りをゆっくりと包み込む。
たとえ触れ合うことができなくても、二人の心は確かに重なり合っていた。
これからの未来に、静かな希望の光が差し込んだ瞬間だった。
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その日、夕暮れのキャンパスは茜色に染まっていた。
結衣と緋人は、いつもの並木道を歩きながら、言葉少なに寄り添っていた。
「触れられなくても、想いだけは伝わるって信じたい」結衣が小さく呟く。
緋人は彼女の手をぎゅっと握り返す。
「僕もずっとそう思っていた。でも……」
緋人の表情が一瞬曇った。
「実は、僕もずっと隠していた秘密があるんだ」
結衣は驚きとともに彼の顔をじっと見つめる。
「俺、アイドルを辞めてからも…完全には離れられなかった。裏でまだ仕事を続けていて……」
言葉が途切れ、緋人は深いため息をついた。
「だから、君に会いに来たのは偶然じゃない。君のことをずっと探していたんだ。何よりも大切だから」
結衣は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような衝撃を受けた。
「私もずっと隠していたよ……アレルギーが増えていくこと、怖くて怖くて。だけど、あなたのことはずっと忘れられなかった」
風が強くなり、桜の花びらが二人の周りを舞い踊る。
「これからどうなるかわからない。けど、たとえ触れられなくても、互いを支え合っていきたい」
結衣の声は震えていたが、確かな決意が込められていた。
緋人は優しく彼女の頬に触れた。
「僕たちの物語はまだ終わっていない。今度は君と一緒に、ゆっくり歩んでいきたい」
二人の距離は縮まり、心の距離もまた深まっていった。
しかし、その夜、結衣はふとスマートフォンの通知を見て、凍りつく。
「緋人…それは本当に、全部真実なの?」
そこには、彼のもう一つの秘密を示すメッセージが届いていた――
彼女の心に波乱の影が落ちるのだった。
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結衣がスマホの画面を見つめるその時、心臓が激しく鼓動した。
そこに表示されていたメッセージは、緋人の「もう一つの顔」を示す謎の警告だった。
「緋人…君は本当に、私にすべてを話してくれたの?」
胸の奥に冷たい波が押し寄せ、息が詰まる。
視界が揺れて、足がふらついた。
「大丈夫?」
緋人の声が遠くから聞こえた気がしたが、結衣の体は言うことを聞かなかった。
次の瞬間、意識は闇に包まれ――気づくと、病院の白い天井が目に入った。
「ここは……?」
自分の声に驚きながら、ゆっくりと体を起こそうとする結衣。
緋人の姿がベッドの傍にあり、安堵の表情で見つめていた。
「無理しすぎたんだ。急に倒れたから、すぐに救急車を呼んだよ」
結衣はほっと息をつき、涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「ごめんね、迷惑かけて……」
緋人は優しく手を握りしめる。
「迷惑なんかじゃない。君が一番大事だよ」
その夜、病室の窓からは満開の桜が静かに揺れていた。
二人の秘密と想いはまだ深く絡み合いながらも、未来への扉がそっと開かれた瞬間だった。