第6話『孤独な旋律(メロディ)なんと… 再会は、静かな教室で』
引退から数か月が過ぎ、真白結衣は隔離された部屋の中で静かに暮らしていた。
外の光は厚い防護ガラスを通しても肌には届かず、彼女の世界は閉ざされていた。
かつての華やかなステージ、仲間たちの笑顔、ファンの歓声――
それらは遠い夢のように霞み、日々の孤独が胸を締め付けていた。
そんな中、結衣は小さなノートに向かっていた。
そこには誰にも聞かせていない、彼女が綴った歌詞やメロディが書き留められている。
「私は、まだ歌いたい」
小さな声で呟くと、画面越しに緋人の笑顔が映った。
「結衣、君の歌を聴かせてほしい。どんな形でも、君の声を僕は待っているよ」
勇気を出して歌い始める結衣。
隔離の壁を越え、彼女の旋律は確かに緋人に届いた。
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それから3年後。
結衣は素性を隠し、地方の大学に通っていた。
表舞台から完全に消え、ひっそりと誰とも関わらず生きるつもりだった。
だがある日、講義室の扉が静かに開き、一人の男が入ってきた。
「……緋人」
彼は、かつてのアイドルグループの元センターであり、今や彼女と同じ大学の学生だった。
「こんなところで、再会するなんて」
結衣は心臓が高鳴るのを感じた。
緋人は穏やかな笑みを浮かべ、静かに言った。
「偶然じゃない。ずっと君を探していたんだ」
二人は言葉少なに見つめ合い、過去の痛みも距離もゆっくりと溶けていくのを感じていた。
これは、新しい物語の始まりだった。
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講義が始まる前の静かな教室。
緋人は席に座ると、そっと結衣の隣に目を向けた。
「結衣、話がある」
その声は以前と変わらず優しかった。
「私はもう、昔の私じゃない」
結衣はそう言いながらも、その瞳にはまだ消えない熱い想いが宿っていた。
「君のことはずっと、ずっと想ってた」
緋人は言葉を紡ぎ続ける。
「今度は二人で、普通の時間を過ごそう。無理しなくていい。ゆっくりでいいんだ」
結衣は深く息を吸い込み、小さく頷いた。
教室の窓から差し込む光は、過去の暗闇を溶かすように柔らかく彼女たちを包み込んだ。
それは、二人が歩む新しい未来への第一歩だった。
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緋人と結衣は、授業が終わると静かなキャンパスのベンチに並んで座った。
「久しぶりだね」緋人が言った。
結衣は少し照れくさそうに目を伏せながら答える。
「うん。でも、こんなに近くで会えるなんて思わなかった」
二人の間にあった距離感は、時間と共に少しずつ溶けていった。
「これからは、普通の生活を送りたい」
結衣の言葉は静かだが力強かった。
緋人は微笑み、そっと手を差し伸べる。
「一緒に歩いていこう。君のペースでいい」
外は風がそよぎ、木々の葉が揺れていた。
彼らの新しい日々が、ここから始まったのだった。
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数週間が過ぎ、結衣と緋人は大学生活に徐々に慣れていった。
授業後のカフェで語り合い、図書館で並んで勉強する日々。
だが、表舞台から消えた彼女にはまだ消せない影があった。
過去の重圧とアレルギーの恐怖。
ある日、結衣は静かな部屋で緋人に打ち明けた。
「まだ怖いの。外の世界も、人との距離も……」
緋人はそっと彼女の手を握り返した。
「怖い気持ちも、僕が受け止める。無理はしなくていい」
二人は支え合いながら、少しずつ歩み寄っていく。
それは、かつての煌びやかなステージとは違う、
新しい形の愛と絆だった。
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大学のキャンパスは春の陽気に包まれていた。
結衣は緋人と並んで歩きながら、久々に感じる外の空気の軽さに戸惑いを隠せなかった。
「こんなに自由でいいんだろうか…」
彼女はぽつりと呟いた。
緋人はそんな彼女の不安を察し、ゆっくりと話しかけた。
「無理に急ぐことはないよ。僕らはもう舞台の上の人間じゃない。今はただ、普通の学生として生きればいい」
結衣は深呼吸をしながら、少しずつその言葉を受け入れていった。
講義の合間、ふと彼女がトイレに立つと、誰かの視線を感じた。
「あれは…?」
見覚えのある同級生の姿が、遠巻きにこちらを見ている。
過去の名声は、確かに消え去ってはいなかった。
結衣は慌てて顔を伏せたが、緋人がそっと手を握りしめてくれた。
「大丈夫だ。君は君らしくいればいい」
二人の絆はこうしてまた試されることになる。
それでも、二人は歩み続けた。
新しい場所で、新しい未来を目指して。
夕暮れ時、大学のキャンパスは静けさを取り戻していた。
結衣と緋人は並んで校庭のベンチに腰掛けていた。
「またこうして、一緒にいられるなんて」
結衣の声はかすかに震えていた。
緋人はそっと彼女の手を握り返す。
「これからは君のペースで、ゆっくり歩いていこう」
彼女の瞳に、かすかな光が戻り始めていた。
そしてその光は、やがて彼女を包む新たな希望の証となるだろう。
遠くで鳴く鳥の声が、二人の未来を祝福するように響いていた。