第6話 『愛と記憶の狭間で』 (緋人視点)
梓と過ごす日々は、静かに、だが確かに変わっていった。
治療は順調に進み、俺の体調も安定していた。
けれど心はまだ揺れていた。
彼女の存在は温かく、頼もしい。
だが、結衣の影が時折、鮮明に蘇る。
写真、声、触れられなかった手。
あの「無限アレルゲン少女」の記憶が、消えることはない。
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ある夜。
梓が研究室でふと呟いた。
「緋人さん、あの頃のあなたと結衣さんのこと、もっと教えてほしいです」
俺は戸惑った。
記憶の中の結衣は、美しくも痛みを伴う。
誰にも話せなかった秘密のように胸にしまっていた。
でも、梓の瞳は真剣だった。
「いいよ。聞きたい?」
俺は小さく笑い、語り始めた。
「彼女は、最初は普通の少女だった。だけど、身体が“世界の毒”を拒絶し続けて、みんなと同じ空気を吸えなかった。触れられなかった。だから、孤独だった」
「それでも、彼女は歌った。自分の声で世界を変えたかった。俺たちの愛は……触れられないけど、それがすべてだった」
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梓は涙を浮かべながら聞いていた。
「私も、孤独だった。でも、あなたと結衣さんの話を聞いて、少しだけ勇気が湧きました。
未来は変えられる。誰かを愛しても、悲しみは受け入れられる」
俺は彼女の手を握った。
あたたかくて、震えていた。
「ありがとう。梓。俺も君を、守りたい」
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だが、研究は新たな壁に直面していた。
プロトタイプ治療薬に予期せぬ副作用が報告されたのだ。
命の危機もあったが、梓は諦めなかった。
「命を救う研究は、何度でも挑戦しなきゃ」
その言葉が、俺の心に火を灯した。
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その夜、結衣の声が心の奥から囁いた気がした。
「緋人……もう、怖がらないで。君は、愛される資格がある」
俺は窓の外に広がる星空を見上げた。
愛と記憶の狭間で、俺は未来を掴み取ろうとしていた。