第5話 『未来を選ぶ日、そして君へ』 (緋人視点)
研究室の時計が午後5時を告げた。
梓が慎重に一つの小瓶を取り出す。
「これが新しいプロトタイプ治療薬です。最終テスト段階です」
「結衣が生きていたら、これで……」
俺の声が震える。
何度も思い返した、あの最後の夜。
結衣の笑顔、そして手の届かない距離。
「可能性はゼロじゃない。だけど、もし副作用が出たら、どうする?」
梓は覚悟を決めたように言った。
「それでも、試したい。命が、愛が、もっと先に続くなら」
俺は、決断の重みを胸に感じた。
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数日後。梓の指導のもと、緋人は慎重に治療の準備を進めていた。
血液検査、免疫反応のチェック、そして厳密な管理のもとでの投薬。
その間、俺は何度も結衣のことを考えた。
「これで彼女が救えたら……」
そんな想いが揺れる一方で、心のどこかで恐怖もあった。
もし失敗したら――もう一度、最愛の人を失うのか。
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治療開始から1週間が過ぎた。
緋人の体内で、免疫反応は徐々に安定し始めた。
梓の研究チームから、喜びの声が届く。
「あなたの協力で、初めて“アレルゲン反応”の抑制が成功しました」
だが、俺の胸はまだ不安でいっぱいだった。
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そんなある日、梓が俺の元を訪れた。
「緋人さん……私、あなたに話さなきゃいけないことがあります」
「何だ?」
「私、緋人さんのそばにいるうちに、気づいたんです。
あなたへの想いが、ただの憧れや救いじゃなくて……本当の“愛”だって」
俺は黙って彼女を見つめた。
「でも、私はあなたの心に結衣さんがいるのも知ってる。
だから……あなたの幸せを願うだけでいい、って思ってた」
彼女の言葉は、静かに胸に刺さった。
「でも、変わったんです。
あなたが再び歩き出す姿を見て、私も一歩踏み出したいって」
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夜。
俺は窓の外を見つめながら考えた。
過去の愛と、新しい未来。
どちらも真実で、どちらも大切だ。
「結衣……ありがとう」
俺は心の中で呟き、そしてゆっくりとスマホを手に取った。
梓に返信を打つ。
「君の想いは、ちゃんと届いてる。
俺も、もう一度愛を信じてみるよ」
未来はまだ不確かだ。
だが、誰かを愛し、守る力が俺にはある。
「これからは、君と共に歩こう」
そう決めた夜だった。