第2話 『君に、似た瞳をした少女』 (緋人視点)
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その日、京都大学での講演は想像以上の熱気だった。
質疑応答が終わり、会場を出ようとしたとき――
一人の女子学生が駆け寄ってきた。
「逢坂緋人さん……! ひ、一つだけ、お時間をもらえませんか?」
胸の名札には「梓」という名前。
目の奥に宿る光が、妙に懐かしかった。
彼女の瞳は――どこか、結衣に似ていた。
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カフェテリアで話を聞いた。
梓は医学部の学生で、免疫学を専攻しているという。
「私は幼い頃、兄をアナフィラキシーショックで亡くしました。だから、この研究に人生を賭けたいんです」
その真剣なまなざしが、かつての結衣と重なって見えた。
「私、結衣さんのVlog、すべて観ました。何百回も。彼女の記録は、私の生きる糧でした」
「ありがとう」
俺は、素直にそう言えた。
梓の言葉は、心にまっすぐ届いた。
何年ぶりだろう。
こんな風に、誰かと穏やかに話ができたのは。
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翌日。梓から1通のメールが届いた。
講演のあと、どうしても伝えたくて――
私の研究、もしよければ今度見に来てください。
実は、結衣さんの血清データを解析して、新しいアプローチを試しているんです。
その文面を見た瞬間、鼓動が速くなった。
結衣の血清データは、特例で厳しく管理されている。
梓がそれにアクセスできたということは、研究チームの中核にいるということだ。
「……結衣、君の命が、まだ誰かの中で生きてるよ」
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数日後。俺は研究施設を訪れた。
白衣姿の梓が出迎えてくれた。
研究室の壁には、結衣の写真が一枚、飾られていた。
「これは……?」
「“研究の守り神”なんです。みんな、彼女の意志を忘れないようにって」
その言葉を聞いて、俺の目頭が熱くなった。
梓は、結衣に似ている。
でも、それ以上に――「誰かの痛みを、自分の痛みとして引き受けようとする」姿勢が、彼女に重なる。
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帰り際、梓がぽつりと呟いた。
「もし彼女が、まだ生きていたら、今どんな未来を歩いていたんでしょうね」
「きっと……君みたいな人と出会って、笑ってたと思う」
「……そんな風に言ってくれて、嬉しいです」
その夜。
ホテルの窓から、京都の街を眺めながら、俺はひとつの決意をした。
結衣が遺したものを、未来に渡すために。
この世界の「誰か」を守るために。
俺は、再び歩き出そう。
彼女の“物語の続きを”――生きるために。