第1話 『君のいない世界に、まだ生きている』 (緋人視点)
あの日から、もうすぐ10年が経とうとしている。
彼女が息を引き取った病室のベッドの上で、俺は言った。
「また、生まれ変わっても探すよ」
――そんな言葉を信じて、彼女は微笑んで逝った。
信じてくれた。
だから、俺は生きてる。
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彼女の死後、「無限アレルギー基金」は世界中から寄付と関心を集めた。
「誰より繊細な命を、誰より愛した少女の物語」は、多くの人の心を動かしたらしい。
俺は今、役者を辞めたわけじゃないが、仕事は絞っている。
主にこの基金の代表として、日本各地、そして時には海外にも足を運び、講演をする。
結衣の遺志を継いで、アレルギー研究の最前線に資金を送り、支援を続ける。
彼女が最後に残した言葉が、今も耳に焼きついている。
「この世界が、私みたいな人にとっても、優しい場所になりますように」
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今日は、静岡にあるとある高校での講演会だった。
まだ17歳の高校生たちに、俺は語る。
「たとえ触れられなくても、愛し合える人がいる。
言葉や想いは、ちゃんと届くと信じてほしい」
ある生徒が、質疑応答のときに泣きながら言った。
「私は重度のアレルギーで、いじめられてきました。でも、結衣さんの記録を見て、自分を嫌いじゃなくなったんです」
その瞬間、彼女の願いが叶った気がした。
少し、泣きそうになった。
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帰りの車中、スタッフが話しかけてくる。
「代表、来月の京都大学での講演、了承しますか? 参加希望者、けっこう殺到してます」
「……ああ、頼む」
窓の外を見ながら、俺はため息をついた。
京都。
あの街には、結衣の最後の記録が保管されている大学研究機関がある。
そしてもうひとつ――
かつて、彼女が「普通の学生」として、ほんのひとときだけ生きた場所でもある。
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その夜。
俺は、PCに向かって結衣の映像アーカイブを再生していた。
生前、彼女が遺したVlogや、研究者たちに向けて語った“音声日記”が何百本もある。
その中の1つ、まだ未公開の映像ファイルがあった。
「――これ、もし緋人くんが一人になってから見ることになったら、ごめんね」
俺の心臓が跳ねる。
「でも、お願い。生きて。私を、誰かのために使って。私の死を、誰かの命に変えて」
止まっていた時間が、再び流れ出すような気がした。
「……ありがとう、結衣」
俺はひとり呟いた。
君のいない世界に、俺はまだ生きてる。
そしてきっと、
この先の未来で――君の想いを、また誰かに手渡していく。