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第10話 『君が生きている。それだけで… この愛が、永遠に届きますように』




病室の窓から春の陽射しが差し込んでいた。

白いカーテンが、風に優しく揺れている。


結衣は、ベッドの上で小さく深呼吸をした。

酸素濃度は安定。心拍も落ち着いている。

しかし彼女の体は、もはや“日常”を無傷で生きるには、あまりにも脆すぎた。


「触れたから……またこうして生きてるって思えるんだ」

目を閉じながら、結衣はそっと呟いた。


――君が生きている。それだけで。


それは、誰よりも自分に向けた言葉だった。



退院から数ヶ月後。

彼女は東京を離れ、静かな地方都市の医療研究施設に籍を置いた。

彼女が協力しているのは、「アレルゲン耐性を向上させる新薬」の開発チーム。

自分と同じような体質を持つ人々が、未来には自由に恋をして、自由に笑っていられるように――

彼女は、自分の身体と、過去の記録と、幾千ものアレルギー発症データを提供していた。


「自分の人生を“実験”として差し出すなんて、バカだなって思うかもしれないけど」

ある夜、パソコンに向かう緋人にそう言った。


緋人は首を横に振った。


「違うよ。君の生き方が、きっと世界の誰かを救う」

「君が笑ってるなら、きっと意味があるんだと思えるんだ」



彼らは、結婚したままだった。

だが、普通の夫婦ではなかった。


朝は離れた部屋で起き、食事は時間をずらして取った。

体調がいい日は、庭で一緒に星を見た。

それがふたりの「デート」だった。


それでも――それでいいと思えた。

触れられなくても、見つめ合えた。

抱きしめられなくても、心を寄せることはできた。


何度も涙を流した。

何度も「無理だ」と思った。

それでも、隣にいることをやめなかった。



やがて、試験薬の臨床段階に進展が見えた頃。


結衣は、ふとテレビで特集された「若者のアレルギー患者」たちの声に耳を傾けていた。


「アイドルになりたかった。でも、この体じゃ無理だって言われた」

「学校にも行けない。友達とも会えない」

「それでも、あの人がいたから、生きていたいって思えた」


画面の中の少女が、手にしていたのは、かつてのGRT48の写真集だった。

そこに写っていた自分は、もういない。

けれど、あの時の光が、誰かの“希望”になっていることを、彼女は知った。


結衣は、緋人の背中にそっと話しかけた。

「もう一度、ステージに立ってもいいかな」


彼は振り返って笑った。

「その時は俺、最前列で観てる」


「……ありがとう」


彼女は泣いていた。

でも、その涙は、痛みではなかった。



そして、春。


GRT48のチャリティーイベントで、彼女はサプライズゲストとしてステージに立った。


「私の名前は――真白結衣。元アイドルで、200のアレルギーと闘ってきた患者です。今日は、ひとつだけ伝えたくて来ました」


マイクを持つ手は震えていた。

だが、瞳は真っ直ぐだった。


「どれだけ苦しくても、世界が毒に満ちていても――人を愛する力だけは、誰にも止められない」


会場が静まり返る。


「私は今でも、彼を、心から愛しています。

 そして、今日まで生きてきて、心から思うんです。

 “君が生きている、それだけで――私は生きられる”って」


そこには、かつてのセンターではなく、ただの一人の女性が立っていた。

病とともに、愛とともに、生き続ける決意を持った女性だった。



ステージの袖で、緋人が小さく呟いた。


「この愛が、永遠に届きますように」


彼女の姿を見つめながら、そっと手を重ねる――

その指先は、彼女には触れられない。

けれど、心だけは、どこまでも隣にあった。


そして二人は、拍手と光の中で、

それぞれの未来へ、また歩き始めた。


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