File 1 : 霜山リカ 5
本日は3話更新です
それからしばらくの間、あいつからは連絡がなかった。
わたしはあいつに会いたかったけれど、仕方ないわよね。あいつはきっと結婚準備で忙しいんだって我慢してた。
でも、胸が痛かった。
あいつはどんな顔をしてるの?
幸せな顔をしてるの?
彼女と2人で笑いあってるの?
あいつは…。
いま、何をしているの?
会いたい。
会って抱いて欲しい。
わたしの頭の中はいつの間にか、あいつの事でいっぱいになっていった。
あいつは言ってた。
これからもわたしを抱いてくれるって、そう言ってた。
それってさ、わたしの方が彼女よりいい、って事じゃない?
やぁね。わたしの方がいいのに、なぜあいつは彼女と結婚したいのかしら?
そう言えば…。
あいつが結婚したいと思った女って、どんな女なの?
あいつは可愛い女だと言っていた。上品な可愛い女…なんだって、そう言ってた。
その女はいい身体してるのかしら?
わたしよりも?
エロおんなのわたしよりも?
そんなわけないじゃない…ねぇ。
だからわたしと別れようとしないんじゃない。
ねぇ、そうでしょう?
わたしはバスタブに熱い湯を張り、念入りに体を洗ったの。あいつに会いに行こう、会って抱いてもらおうって思ったから。
だって体が疼くのですもの。
しょうがないでしょう?
わたしはふらふらとあいつのマンションに向かって歩いたわ。
その内、なんだかとっても愉快な気分になっちゃって、くすくす笑いながら歩いたの。
なんか、とっても楽しくって。
くすくす笑いながら歩いて、あいつのマンションに着いた時、あいつの部屋の灯は消えてた。だから離れた所からあいつの部屋をずっと見てたの。
あいつがなかなか帰ってこないからすっかり体が冷えちゃったけれど、あいつに温めてもらうって思ったら平気だったわ。
じっと待っているとあいつと女が手を繋いでどこからか帰って来たのが見えた。あいつはわたしが初めて会った時と同じ笑顔で彼女を見ていた。
いやね。
その笑顔、他の女にも見せるなんて…。少しばかり嫉妬しちゃうじゃないの。
女は最近流行りのブランドに身を固めて、あいつをキラキラした目で見ていたわ。
(まあ!そうなの?
あなた、本当にあいつが好きなの?
可愛い。ほんと可愛い女ひとね)
しばらくすると部屋のカーテン越しに2人がキスしているのが見えて、部屋の電気が消えた。
あいつは今、あの可愛い女とヤッてるんだって思ったら、わたしの体も疼いてしまった。
わたしには、今、あいつがあの可愛い女に何をしてるのかが手に取るようにわかるのよ。
女の体中にキスをして、優しく愛撫して、そして一つになって、初めは優しくだんだん激しく動いて…。いけよ、俺もいくから…って耳元で言って…。
わたしはあいつの部屋で何が起きてるのかを想像しながらたっぷり二時間外で待ってあげたの。だってさ、お楽しみの時間を邪魔するわけにもいかないでしょ?
そして、2人の楽しい時間が終わった頃合いをみてあいつの部屋のチャイムを押したの。
ピンポン…
「はあ〜い」
可愛らしい声と共にドアが開いて女が顔を出した。
「お父さん、遅かったわね…あら?…どなた?」
出てきた女の顔を見てわたしは笑ってしまったわ。
(やだ。よく見たら、ガキじゃないの)
そう思ったら笑っちゃって…。
(あいつ、こんなのが趣味だったんだ。だったら言ってくれればよかったのに。
水臭いわ)
わたしはちょっと大きな声を出して、あいつを呼んだ。
「ねえ、わたしよ。出てきてよ。
わたし、あなたに会いに来たの」
眼を見開く女の横をすりぬけてあいつのそばに行くと、あいつは眉間に皺を寄せて声を荒げたの。
「ここに何しに来た!」
ですって!
「…何しに来たのかって?」
後退りしたあいつに、わたしはにっこりと微笑んであげた。
「まああ!怖がらないでよ。何もしないわ。大事なあなたを傷付けたりするわけないじゃない?」
ビク付くあいつの顔が可愛らしく見えた。
「やぁね、そんな顔して!
さっき言ったでしょ?
あなたに会いに来たのよ。だってさ、あなたの婚約者を紹介してもらわなくっちゃ…」
わたしが前に進むと、あいつは一歩下がった。
「だって、これからあなたを共有する相手なんですもの。紹介してもらわなくちゃ。そうでしょう?
ねぇ、彼女さん。あなたもそう思うわよね?」
わたしは後ろにいる女を見て言った。
「私のこと知ってるかしら?」
そして、ふふって笑ってあげたの。
「この人ね、あなたと結婚しても私とやりたいんですって!わたしの体がいいって言うのよ、この人。
別れたくないんですって!しょうがない人でしょう?」
あいつの顔を見て、わたしが更に一歩前にすすむとあいつは壁に背中をくっつけた。
「ねえ、今日も私の事、抱きたい?
どんなふうにしたい?
ほら、昨日も私とやったじゃない?何回も私の中でイッたでしょう?」
「…」
「それとも…前みたいに、3人でする?
あれはよかったわよねぇ…。あなた、ものすごく感じてたわよね。困った人。
今からこの3人でやったら、きっとものすごくいいと思うの。
ねえ、やろうよ…3人で!
いいでしょう?」
「警察を呼ぶぞ!」
「あら、呼んでいいわよ。
でもその前に、私とキスしなくちゃ。私のキスだけでイケるんでしょう?そう言ってたじゃない?
イッてる所を彼女さんにも見てもらいなよ。彼女さんもあなたがいってる顔を見てイケるはずよ。
大丈夫、わたしも一緒にイッてあげるから」
そう言って、私は壁際に追い詰めたあいつの唇にむしゃぶりついた。
その時、あいつが大きく目を見開いたの。
「やめろ!やめるんだ!」
振り返るとわたしのすぐそばに血走った眼をした女がいて、手に包丁を持って震えていたわ。
「彼から離れて!」
女がわたしに一歩近づいた。
「あなたとは切れたってお父さんが言ってたけど…切れてなかったのね。
あなた、お金は受け取ったんでしょ?
だったら、彼から離れなさいよ!
さっさと帰りなさいよ!」
わたしは笑ってしまった。
何を言ってるんだろう、この女…って。
「わたし、お金なんて受け取ってないもの。だから、この人から離れないし、帰らなくてもいいと思うわ」
そして、あいつの顔を見て言ったの。
「ねぇ…私のこと、あなたの彼女さんにバレてるじゃないの。お金までネコババしちゃってさ!ほんと…ダメな人ねぇ」
わたしはあいつの両頬を掌で包んで唇にむしゃぶりついた。
「…だから…私と…」
その時、私の背中に何回も激痛が走り、女がわたしのすぐ後ろで叫んでいた。
「やめて!彼から離れて!」
わたしはあいつの唇から離れ、振り向いて小さな声で女に言った。
「ねえ、知ってる?
こいつ、クズだよ」
「知ってる。分かってる。でも、好きなの」
「あんたも結構なバカだね…私と同じ…」
そう言うと、わたしは女を無視してもう一度あいつの唇にむしゃぶりついた。
しばらくしてフラフラして立っていられなくなったわたしの唇とあいつの唇が離れて、キラキラと光る糸を引いた。
それを見た女が逆上して、大声で叫んでわたしの背中をまた刺した。
何度も何度も何度も。
「やめなよ。そんなに刺したら、痛いじゃない」
そう言ってやったけど、聞こえたかしら?
「あんたなんか!あんたなんか!」
女はそう叫び続けてたけど、わたしはもう立っていられなくなって自分の血が広がる床に崩れ落ちてしまった。
その時、チャイムが鳴って部屋のドアを開ける音と足音が聞こえた。
「鍵が開いてるじゃ……
…おい!お、お前達、何やってるんだ!」
「お父さん!」
女が父親に駆け寄る音がした。
「この女が…。
この女が私の彼を奪いに来たの!」
涙目で訴える女の背中を、女の父親は大変だったな…と言って撫でているのが見えた。
「後はお父さんに任せなさい。
そうだ、君はこれでも飲んで気を確かに持つんだ。君がしっかりしないでどうする!」
女の父親は棒立ちになっていたあいつに水の入ったボトルを渡したの。あいつはごくごくと飲んでいたわ。
そして、飲み終わる前にすごく変な顔になって、倒れ込んで動かなくなっちゃったの。
女の父親が女の背中を摩りながら言ってるのが聞こえた。
「この男さえいなければいいんだよ。お前の事はお父さんが守ってやる。大丈夫だ。この女も殺ってしまえばいいだけの事だ」
(何を言ってんだか…。
この世の中、バカばっかり)
わたしはゆっくりとあいつの体に手を伸ばした。あいつもバカなんだから、何か言ってやろうと思ったけど、もうかすかな声しか出せなかった。
「ねぇ、起きて。
あなた、彼女さんの父親に殺されちゃうよ」
女の父親はまだなんか喋ってる。
(バカは黙ってればいいのに…。うるさくて、あいつに言いたいことも言えないじゃないのよ!)
あいつの女はもう完全に頭に血が上っちゃってて、父親が喋ってる間も大声で泣き叫んでた。
(うるさい女!少し落ち着きなさいよ)
「この男の手にお前の持っている包丁を握らせろ。いいか、こいつがこの女を…。
ぎゃぁぁぁ!
お前、何を!やめろ。やめるんだ」
「お父さん…私、この人を愛してる!こんな人でも大好きなの!
なのに、なんでそんな事いうの?私、お父さんを許さない!」
「お前、何を言って…。
やめなさい。やめるんだ!」
「許さない!許さない!
許さないんだから!」
なんだか揉み合ってるみたいな音がして、女の 'うぐっ…' という声が聞こえて、わたしの上にも何かが飛び散ってきたの。
(ああ、この匂い。
これはきっと、あいつの女の血の匂いね)
わたしはあいつの女に力を振り絞って話しかけたわ。聞こえなかったとは思うけどね。
「ねぇねぇ、彼女さん、こんなに血を出したら死んじゃうよ。死んじゃダメよ。
だって死んだら楽しめなくなるじゃないの」
女の返事は聞こえなかった。
わたしの目はかすんでしまって、あいつの事もよく見えなくなった。
その時、わたしはあいつに言いたかった事があるのを思い出した。でも、わたしの目の前にゆっくりと闇が広がってしまって、あいつに言えなくなった。
そして、わたしは何も分からなくなった。
目の前も真っ黒になった。