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風の章 エピローグ

〜風の章〜 最終話となります。


 暖かな風が吹くある日。久我山は竹下を伴い、都会から離れた海辺にある療養施設を訪れた。


 門から続く並木道は穏やかな陽の光に木々の緑が美しく映え、その先に広がる庭には色とりどりの花が咲いていた。


 竹下が思わず声を上げた。


「綺麗な庭ですね。見ていると心も落ち着きます」


「そうだな」


 久我山がそう返事をした時、庭で花の手入れをする人の中にある女性の姿を見つけた。その女性、霜山リカがこの療養施設に入所している事を久我山は知っていたが、会えるとは思っていなかった。


 久我山が声をかけようか、やめようかと躊躇していると、リカが人の気配に気づいたのか、くるりと振り返って久我山を見て笑い、大きな声で言った。


「こんにちわ!」


「こんにちわ」


 久我山の事が分かったのかとリカの様子を見ていると、リカは久我山の事を気にする風でもなく花の手入れを始めた。


「俺達の事、分からなかったみたいですね」


 竹下はほんの少しだけ残念そうだった。


「嫌な事は全部忘れて、穏やかに暮らしているならそれでいいんじゃないか?」


「はい。そう思います」


 久我山と竹下は霜山リカ達が手入れをしている花壇を通り抜け、建屋の中へと入っていった。




 リカはイチゴ園で発作を起こした後、再び入院生活を送る事になった。入院してから何度も発作を起こして半狂乱になり、薬で眠って落ち着くという事を繰り返しているのだった。 

 

 そんな霜山リカは一連の 'パヤ毒' 事件が明らかになった時、その存在を知られる事になってしまった。


 まず、被害者としてリカの恋人であった田山雅彦の存在が世間に明らかになった。すると、人名は匿名報道であったにも関わらず事件に関わる人物の情報をネットにあげようとする者達が現れた。


 事件当時のマンションの外観、警察が出入りしている様子、運び出されるご遺体の様子など、以前のスマホの写真を探し出してはネットに上げる者達は、霜山リカの存在まで調べ上げプライバシーも侵していった。


 石川は自分が現場にいた事もあり、このネット情報に関しては激怒していた。


「こいつら、何を考えてんだよ!

 そんなに人の不幸が楽しいのかよ。こいつらの気持ちが理解できません!」


 そして、リカの入院先が突き止められ、病院に野次馬が集まり、夜にはスマホのフラッシュがあちこちで光った。ついには、病院の中に侵入を試みる者まで現れた。


 不謹慎な行動を取る者が後を絶たず、病院からの相談を受けた警察は霜山リカに安全な療養施設へと転院してもらう事にした。


 それがリカが今いる、この療養施設である。


 山城大河が生前に経営が破綻していた病院を買取り、療養施設にしたと久我山は聞いている。


 もしかしたら…と久我山は思う。

 山城大河は風子をここに迎え入れて、療養させたかったのではないか。

 まあ、わからないけれど…。


 久我山と竹下は病院の明るい陽の光が差し込む廊下を進み、一段と奥まった所にある部屋の前に立った。


 こんこんこん


 ノックの音にやや間があってから、どうぞというバリトンボイスが響いた。ドアの向こうに大きなデスクがあり、山城正人が座って書類に目を通していた。


「用件は何だ?」


 顔も上げずに正人はそう聞いた。


(相変わらずの上から目線だね!)


 苦笑する久我山を山城正人は見もしないし、座れとも言わない。


(山城正人らしい…)


「まずは、お礼を。

 急なお願いにも関わらず、霜山リカさんを入所させていただいた事、ありがとうございました」


「お前が礼を言うことではないだろう」


「次にお祝いを。

 山城グループ会長とガイア財団理事長への就任、おめでとうございます」


「めでたくなんかあるものか!」


「お前、ほんとに変わらないね…!」


 久我山の言葉に初めて山城正人は顔を上げた。


「仕方ないだろう。

 俺は、俺だ。前に進むしかない」


 で、何しに来たと聞かれて久我山は本題に入る。


「山城グループからの特殊捜査研究所への多額のご寄付、有難うございます。寄付金の用途についての計画書をお持ちしました」



 正人は警視庁を辞めて、一番面倒で大変な道を選んだ。どうしてそう決断したのかは、本人にしかわからない。


 山城グループ会長に就任した正人は様々な事に着手した。山城風子との関わりについての精算を始めとして、やる事は山積みで、それこそ目が回る様な日々だろう。


 世間の風当たりは厳しいが、山城正人は逃げなかった。血の繋がらない祖父と母を真正面から受け止めた、という事なのだろう。



 そんな中、正人は特殊捜査研究所に多額の寄付を決断した。寄付の目的は '事件の早期解決を図るための研究に対しての寄付' となっていて、つまり、何に使ってもいいよ、という事らしい。


 渡された計画書をパラパラと見て、正人はふむと頷き言った。


「要件が済んだなら、帰れ。俺は忙しい。

 これからガイア財団の理事会に行かなくてはならない」


 くっと笑った久我山に、正人は眉根を寄せる。


「何だよ!何笑ってる?」


「山城正人元警視正殿。

 ここに俺を呼んだのは霜山リカの元気そうな様子を見せるためだろう?さっきリカさんの姿を見たよ。ありがとう。ちょっと安心したよ。彼女には穏やかな日々を過ごしてもらいたいと俺も竹下も思ってるさ。

 じゃ、もう行くよ。またな」


 そう言って部屋を出ようとドアを開けた時、正人のバリトンボイスが小さく聞こえた。


「色々と世話になった。感謝している」


 久我山は振り返らず右手を上げて部屋を出た。



 

 Dr. Gaia Stronghold が山城大地だった事や女性として生まれた事は、あの日特殊捜査研究所で 'インネル' 捜査に関わった者と報告書を読む立場の者しか知らない。多分、誰のもその秘密を漏らしはしないだろう。そんなことを世間に公表したって、何の意味もない。


 その Dr. Gaia Stronghold の残した特許の数々は遺書により山城正人が相続した。


 遺書にはこう書かれていたそうだ。


『子供だったとはいえ、'パヤ毒' を生み出した私の罪は消えない。償っても償いきれないその罪を、私の持っている特許収益で皆の幸せな暮らしを創る事で償って欲しい』


 その遺志を受けて正人は日米両国で '化学の発展で世界平和を創造するために' という趣旨の財団を設立した。まだまだ先は長いが、ガイアと呼ばれた人の遺志はずっと受け継がれていくのだろう。



 伊藤香苗が久我山にこっそりと教えてくれた事がある。


 Dr. Gaia Stronghold の自宅を片付けに正人と行った時の話で、とても綺麗に片付けられた部屋の中に異質なモノを見つけたのだという。

 

「白いマントルピースの上に、日本の古い古いドロップスの缶が飾ってあって…。正人さんが振ったら、カラカラカラって音がしたんです。

 そっと中を開けてみたら、白やピンクの貝殻がたくさん入っていて…。

 私は詳しい事情は知らないのですが、正人さんがそれを見て涙ぐんでいたんです」


 山城大地は父親の大河と海辺を歩いた時の記憶を、大河からもらった甘いドロップスの缶と共に大切な宝物として持ち続けたのだろう。


 山城正人はそのドロップスの缶を、ガイア財団の理事長室に大切に飾っているのだという。


(山城正人にもそんな一面があるんだよな)


 そんな事を考えながら、久我山は療養所を後にした。

 



 元国会議員立山誠の私設秘書だった安田隆が 'パヤ毒' の事を知っていた事も判かり、被疑者死亡ではあるが書類送検された。

 

 同じ様に集団自殺による被害者達、立石恵と弁護士の日下部慎二の件も捜査を終わっている。


 立石恵はリハビリが進み、コンピュータの視線入力をマスターして、ゆっくりとではあるが意思の疎通に問題がないレベルにまでなった。そして立石親子への復讐が終わった恵は、WNNテレビの坂東の勧めで自分の体験した立石親子との軋轢を出版する事にしたと久我山は恵の兄、神尾清一郎から聞いた。



 


 'パヤ毒' に関する捜査は終わり、特殊捜査研究所は久しぶりに長閑な時間を過ごしていた。

 

 そんな研究所の中で、浮かない顔をしているのはメガネの鈴木だった。


「田代さん。僕、嫌です」


「何を言ってる!鈴木よ!

 またとないチャンスを逃してどうする?」


「えぇ〜っ。でもぉ〜」

 と鈴木は俯く。


 鈴木には2年間のアメリカ研修のオファーが来ているのだが、うだうだとごねている。


「鈴木。あんたさ、私のそばにいたいわけ?残念だけど、私には夫がいるんだよ。

 私のことは諦めて、飛び立って行きなさい!」


 鈴木は目をシバシバとさせたあと、笑い出した。


「そうですね。僕は田代さんの側にいて、その毒舌を聞いていたいです。

 分かってるんです。行った方がいいって。

 僕はこんなだから人と関わるのが少し苦手で、田代さんの側にいると守られていて楽なんです。

 田代さん、こんな僕でも飛び立っていけるでしょうか?」


 田代純子は鈴木の肩をポンポンとして笑った。


「鈴木君。大丈夫だよ。

 2年なんてあっという間に終わっちゃうんだからね。私達のことなんて考える暇もないはずだよ。

 行っておいでよ。皆、応援してるよ。今までもそうだったし、これからもずっとね。そして、一回りも二回りも大きくなって、ここに帰ってきてね。待ってる」


 鈴木は思わず田代にハグしそうになり、田代に避けられて苦笑した。




 竹下の恋人、奥山美波は第一志望の大学に合格し、刑事になる夢に向かって更に一歩を進み出した。一途な美波を見つめる竹下の眼差しは、いつも優しい。


 おかずがぎっしりのお弁当を毎日持って来る竹下を石川が羨ましげに見るのも変わらない。そして、石川は竹下に毎回言われるのだ。


「お前はコンビニ弁当をしっかり食べてろよ!」


 

 

 久我山の暮らしにはほんの少し変化が訪れている。山之上麻耶と一緒に暮らし始めたのだ。


 2人でベランダから夕陽を眺めていると、麻耶は久我山の肩に頭を乗せてつぶやいた。


「チーさん。次はお姉さんの事件を解決しましょうね」


「そうだな。俺も前を向いて歩いていかないとな」


 久我山は麻耶の肩をしっかりと抱き締めて、そっと髪に口付けをした。姉の事件を解決するための方法を考えながら。



 特殊捜査研究所 風の章 完




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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