File 1 : 霜山リカ 3
読んでいただき、ありがとうございます
本日も2話更新です
わたしより先に大学を卒業したあいつは大手企業に就職し、3ヶ月後、支社に配属になって引っ越すことになった。
離れるのは悲しかったけれど、私はまだ学生だったし、ついて行けるはずもなかった。
あいつが赴任していく直前に呼び出されて、わたしはいつものホテルに行ったの。
「これからも俺が呼んだらすぐ来いよ」
あいつは私に激しいキスをしてそう言った。
わたしはその唇をいつまでも離さなかった。離してしまったら、もう2度とキスできなくなる気がして怖かった。
そんなはずない、そう思いたかったけど。
「お前のキス、いつもエロいな。
俺、これだけでイケる…」
あいつのその言葉で体中が疼いた。
「欲しい!お願い!」
「おまえ、ほんと、やらしい女だな…。
俺、そういうの嫌いじゃないけど」
あいつはそう言ってその夜は私を抱き続けた。そして、引っ越して行ってしまった。
寂しい。会いたい。
あいつに何度メッセージを送っても '忙しい' と一言だけしか返事が来なかった。
本当に忙しいんだって分かってはいたけれど、あいつはわたしに会えなくても平気なんだって、少し苦しかった。
わたしは会いたくて、抱いて欲しくてたまらなかったのに…。
初めてあいつから会いに来いと連絡が来た時は嬉しかった。あいつが引っ越してから2ヶ月も経っていたの。
電車の中で、あれも話そう、これも話そうって、あいつのいない間にスマホで撮った写真を眺めて考えてた。
そんなわたしに、あいつは言った。
「早く脱げよ」
そして私を抱いた。激しかった。体が壊れるかと思った。
「お前はやっぱりいい女だな、時々お前と無性にやりたくなる…」
あいつは耳元でそう囁いたの。うれしかった、涙が出るほどうれしかったの。
でも、他の女がこの部屋に来ていたの。
女物の香水が香るタオル…。
枕には1本の茶色い髪の毛…。
あいつは隠そうとはしなかった。
違うわ…わざと見せていたの。まるで、わたしはそんな扱いで十分だって言ってるみたいに。
わかっただろ?
俺には他に女がいるんだよ。
お前じゃない女をここで抱いてるんだよ。
それでもお前は俺に抱かれたいんだよな。
だから、呼んだら来るんだろ?
あいつがそう言ってる気がした。
結局、私が話したいと思った事は何も聞いてはもらえなかったし、撮った写真を見せる事もできなかった。
次の日、帰るわたしにあいつは部屋のベッドで寝転がりながら無言で手を振ったの。
「いつでも呼んでね。会いに来るわ」
わたしは平気な顔をしてそう言ったけど、帰りたくなくて泣きそうだった。
お願い!
帰るなよって言って!
俺の側にいろよって抱きしめて!
あいつは何も気づかない振りをして笑っていた。わたしも自分の気持ちを言わない。
言ったらこの関係が壊れてしまいそうだったから。
なんの連絡もない日々が何週間か続いたある日。わたしは無性にあいつに会いたくて我慢できなくなった。
そして、何も知らせずにあいつの所に行ったの。行くって言ったら、来るなって言われるのが分かってたから。…だから、言わずに会いに行った。
電車の中で窓に映る自分の顔を見て、わたしは驚いてしまった。自分の顔がまるで知らない他人の様に見えたから。
あいつに会いに行くのに笑ってないの?
嬉しいはずなのに、なぜ顔が曇ってるの?
わたしはあいつに何を期待してるのだろう。
分かっているのに見つからない答えを頭の中で必死で探し続け、眼がほんの少し潤んだ。
あいつの部屋の前に着いても、わたしはなかなかドアチャイムを押せなかった。
きっと喜んではくれない。
追い返されるかもしれない。
そしたら、終わりが来てしまう。
何度もためらい、深呼吸をして、やっとチャイムを押した。
…ピンポン…
だいぶ経ってから半裸のあいつが出て来たけれど、わたしの顔を見るなり舌打ちをした。
「…チっ!」
あいつはわたしに帰れとも入れとも言わず、さっさと部屋の中に戻って行った。
わたしは俯いて中に入りかちゃりとドアの鍵を掛け、1LDKの部屋の奥へと入って行った。すると窓際に置かれたベッドに髪を茶色に染めた女が裸で横たわっているのが見えた。
「だあれ?」
甘やかな声だった。
「おんな」
あいつはそれだけ言ってわたしを無視し、その女と絡み始めた。わたしは見ていられなくて目を背けて部屋の隅に座った。
しばらくすると、そんなわたしにあいつが言ったの。
「おい、眼を逸らすな。
お前、俺にやって欲しくて来たんだろ?だったらちゃんと見てろ!」
あいつはわたしに見せ付けるように女の体中に口付けをした。そして女と睦合いながら、じっとわたしを見続けた。
その眼は真っ直ぐに私を見ていて、わたしの中にある小さな自尊心を壊してしまった。
そして、あいつの眼がわたしを射抜いて、わたしは動けなくなった。わたしはあいつの眼だけをじっと見続けた。
わたし、分かったの。わたしはもうあいつの言いなりになる事しかできない…って。
「こっちへ来い」
そう言われた時、わたしはなんの抵抗もなく服を脱ぎ捨て、あいつに飛びついていた。そして、あいつの女に見られながら、あいつに抱かれた。
それからはあいつに頻回に呼ばれるようになった。そこにはいつも、あの女がいた。
わたしはあいつの言いなりになって、犬のように尻尾を振り続けた。
抱いてください!抱いてください!
あなたが欲しいです!
お願い!抱いて。
あいつがわたしを愛してはいないと頭ではわかっているのに、あいつにしがみつき続けていた。
わたしはなぜあいつに抗わなかったのだろう。
わたしとお付き合いしたい、と想いを寄せてくれる男性が何人もいたのに。
なぜ、あいつだったんだろう。
あいつを思うといつもわたしの体が疼く…。それだけだった気がする。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
2年経ってあいつはこの街に戻ってきた。
あいつから来いって連絡が来た時、わたしはうれしくて泣きそうになった。
わたしは一緒に住みたいって思ったけど、あいつはそんな事考えてもいなかった。
「お前はたまに会うからいいんだよ」
あいつはわたしの体を抱きしめ、唇を重ねながら言った。
「たまに…だからこんなに感じるんだ。
違うか?そうだろう?」
わたしはあいつの抱擁からは逃れられない。ただ、されるがままに流されていく。
愛していないなら、そう言って。
そう言ってください…。
これを愛だと、この体がもうこれ以上勘違いしないように。
言えない言葉が頭の中でうずを巻いた。