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File 4 : 伊藤遥香 3


 伊藤香苗を連れ去られてすぐ、久我山のスマホに井上副総監から連絡があった。


「やられたなぁ、山城正人に…」


 副総監はそう言って、何がおかしいのか笑い声をあげた。


「あいつの後ろには大御所がたくさんついているからなぁ。私でもどうにもならん事もある。諦めろ」


 …で、何かわかった事はあるの?と問われて、久我山はヤケクソ気味に答えた。


「まだ、何にもわからんです!

 分かるわけないじゃないですか!分かる前に伊藤香苗は、あいつに連れて行かれたんです」

 

 井上副総監はまた、くっと笑ってから真面目な声を出した。


「まぁ、お前は謹慎か減俸は覚悟するように!

 無茶はするなと言ったのに、伊藤香苗君を無理矢理研究所に連れて行く、なんてあちこちから睨まれるような事をしたんだから致し方あるまい。

 軽く済む様にするから感謝しなさい」


 言いたいことだけ言って所長の井上副総監はスマホを切った。


 スマホを壁に投げつけたい気持ちを抑えて、久我山は苦くて不味いコーヒーを飲んだ。

 


 翌朝、久我山は伊藤香苗の事が気になり、入院している佐倉病院を訪ねてみた。


 伊藤香苗は特別室に入っていた。


 久我山はドアの前に立ったが、わずかにドアが開いていてノックをためらった。山城正人が香苗の手を握りながら話しかけているのが見えたからだ。


「香苗、起きてくれ。目を覚ましてくれ。頼むから…」


 その様子を見てしまった久我山は、ガリガリと頭を掻きながら回れ右をして今来た廊下を戻り病院を出た。




 その日の午後、久我山は警視庁にある山城正人の部屋を訪れた。


 山城はものすごく嫌そうな顔で久我山を見たが、久我山は気にする様子もせずにずんずんと部屋の中に入って行った。


「山城。知ってると思うけどね、俺の担当してる捜査方法は、意識のない人間から事件に関する記憶を証拠として取る、というものなんだ。だから、普通は事件の始まりの辺りから記憶が見える。

 だけどさ、香苗さんの捜査映像は3日前の夜だけだったんだよね」


 山城は立ち上がり、窓から外を眺めた。その手が微かに動いている事に、久我山は気づかなかった。


「香苗さんの捜査映像は、事件と全く関係ないお前との夜の記憶だったんだ。それに、お前の姿は霞んでるし、顔は全くわからないし、声も変わっている。

 なぜだと思う?

 香苗さんは…」


 くるりと振り返り、山城は大声で言った。


「もう、充分だろ!帰ってくれ。

 俺も暇じゃないんだよ。仕事も詰まってる。お前なんぞを構っている時間はない」


「山城!」


「うるさい!帰れ!」


 有無を言わさず部屋から押し出された久我山の手に、1枚の紙切れがこっそりと握らされていた。


 久我山は誰にも見つからないようにその紙切れを握った手をポケット突っ込んで、くそっ!と言いながら歩いた。


『8時マンション1501』


 山城の部屋から離れたトイレで見た紙には、酷い字でそう書いてあった。


(あの野郎!舐めてやがる)


 久我山はその紙を細かくちぎりトイレで流した。完全に流れ去るまで久我山は何回も流し続けた。




 その夜、尾行されていないか気をつけながら久我山は8時にマンションに着いた。


 そのマンションは15階建て…。

 山城の部屋は最上階で専用のエレベーター付きだった。


(けっ!あの野郎。こんないい所に住みやがって。山城財閥の力かよ!)


 部下の竹下には、身の丈にあった暮らしが一番だ、などと言ったが山城の部屋に招き入れられてみると、やはり羨ましさでため息が出た。


「コーヒーでいいな?」


 部屋に入った久我山に何の挨拶もなく、山城正人はコーヒー豆を挽き始めた。


 香り高くまろやかな味のするコーヒーは高価な豆なのであろうと久我山にも分かった。


「警察の部屋は上の奴らに盗聴されてるから、あそこでは何も話せない。

 久我山、さっきは何を言いに俺の部屋に来た?」


 久我山は香り高いコーヒーを飲み干した。


「腑に落ちない。だから、お前に聞きに行ったんだ。

 捜査で見た香苗さんの記憶が変なんだよ。2人で楽しい夜を過ごしているはずなのに、捜査をしていると寂しくて悲しい気持ちになるんだ。

 香苗さんはそんな気持ちになる様な、そんな事件に巻き込まれたんだろ?

 お前、何か知ってるなら言えよ」


 ふっと山城が笑った。


「お前は俺の事を色々と調べ上げたんだろ?だったら、わかってるはずだ。

 香苗は俺を守ろうとしてくれたんだ。愛してる女と結婚する事も中々出来ない不甲斐ない俺を…」


 ふう〜っ、と山城正人はため息をついてコーヒーを飲み干した。


「俺は山城財閥の現当主の祖父さんから、香苗との結婚を反対されつづけてきた。何処の馬の骨…ともわからん女との結婚などあり得ないってな。

 俺は山城財閥を継ぐ気なんてないし、結婚するなら香苗以外の相手は考えられないって言い続けたんだ。

 勝手に結婚しちまえばいいじゃないかって、思うだろ?でもな、祖父さんは香苗がどうなってもいいのかって俺に言ったんだよ。あの祖父さんなら本当にやる。そういう人だから。

 だから3日前、俺は祖父さんに次期当主になると約束したんだよ。そのかわり、香苗との結婚は許して欲しいって。

 もうこれで香苗を失う事はないって喜んだ時にこんな事になった。

 慎重になって当たり前だろう」


 山城正人はコーヒーのお代わりを淹れた。今度は別の豆らしく、少し甘い香りがした。

 

「俺の祖父さんの会社、山城財閥は真っ黒な組織だよ。

 今の山城財閥は山城風子が手にした金で作り上げたものと言っても過言ではない。少なくとも俺はそう思っている。

 テロリストで指名手配犯だった山城風子は、ずっと祖父さんと繋がっていたんだ。風子が死んだっていうのも怪しいもんだ、とすら俺は思っている」


「確かにね。DNAサンプルどころが、指紋、血液データも消されてた」


「おれは祖父さん達の罪を暴く為に警視庁に入った。その事を知っているのは、香苗だけだ。

 香苗はその事が 'インネル' の捜査を通して警察上層部に知られないようにしたんだよ」


「おまえ、なんでそんな事を俺に話す?そんなに俺を信用していいのか?

 お前を裏切ることだってあると思わないのか?」


「ん…刑事の勘だ、と思ってくれていい。

 久我山を信用しろと俺の刑事の勘が言っている」


「それは笑えるな…」


「香苗は俺と一緒に山城財閥に関する証拠を集めていたんだ。狙われた理由はそれだと思う。

 余計な事をすると、次は本当に香苗の命はないぞ、と言う脅しを俺にかけてるんだ。そうやって俺を操り、山城財閥のお飾り当主にしておきたいと思っているのだろう」


「現当主、お前の祖父さんが、か?」


「いいや、祖父さん以外の風間風子の仲間だろう。風子も死んだのに、今更昔の罪を暴かれたくないんだ。

 ゲス野郎達の考えそうな事だろう?

 香苗は大人しくしてさえいれば、命の危険はない。それに、これ以上 'インネル' で香苗を調べても何も出てこない。

 お前は香苗から手を引け」

 

(ふ〜ん、随分と上から目線だね。

 気に入らない)


 その代わりに…山城正人はそう言った。


「その代わりにお前に情報を渡しておく。

 自殺未遂の女は伊藤遥香、香苗の双子の妹だ。遥香は公安潜入班の刑事だよ。

 あの2人は親も親戚もいない孤児なんだ。だから公安の潜入班に配属された。可哀想だが、しばらくは身元不明人扱いにされるだろう。

 香苗の事件と遥香の自殺未遂がどう繋がっているのかは、俺にはわからん。

 それと、山本興業の詐欺事件摘発は遥香から渡されたSDカードの情報が元だ。上司から俺に渡すように指示された、と言っていた。

 俺は遥香が殺されたと思っている。でも、俺は手を出さない。いや、出せない。香苗の命が狙われる事はこれ以上は出来ないからな」


「だから、俺にやらせるのかよ」


 ふっ!


 山城正人は鼻先で笑った。


「久我山、お前はもっと上に行きたいはずだ。

 20年前のお前の家族の事件…解決したいと思っているだろうからな」


「山城、なんでそんな事まで知ってる?警察内部でも知ってる人間は殆どいないはずだ!」


「悪いね。なんでも知ってて。

 まあ、遥香の事件を解決して手柄を上げるんだね。一歩上に近づくさ!

 さあ、コーヒー飲んだら帰れ!」


 久我山は、かなり高級な豆だと思われる香り高い3杯目のコーヒーを、わざとゆっくり飲んだ。

 

 山城正人を睨みつけながら。


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