File 1 : 霜山リカ 2
私が大学に入った時に借りた部屋は小さなボロいワンルームのマンションだったの。親もお金に余裕がないから、ろくな家具もない貧乏な部屋だったわ。
そんな暮らしをしていても、わたしは無理して買ったブランド物の服を着て、あいつに会いに行ってたの。バイト代、全部つぎ込んじゃってね。靴もバックもブランド品を買ったの。
似合ってないなとは思ったけど、あいつに少しでも自分をよく見せたかったから背伸びしてた。
あいつに初めて会ったのは5年前。 わたしはまだ19才で無知な大学生だった。
あいつと会ったのは大学の親睦会で、見た目のいいあいつにわたしは一目惚れしてしまった。周りの友達は、あんな男はやめておきなよって言ったけど、なぜあいつがそんな風に言われるのか、わたしには分からなかった。
あいつに求められて、すぐに体の関係を持ったわ。わたしは素敵な男に愛されていると思って幸せだった。
あいつは1回だけこの部屋に来てわたしを抱いた事があったけど、2度とここには来なかった。
ホテル代がもったいないわと言うわたしに、あいつは優しげに笑って言った。
「俺に抱かれるなら、少しでも素敵な所がいいだろ?お前に楽しい夢を見させたいんだよ」
楽しい夢…。
あいつとの時間は本当に夢のようだった。
ホテルから部屋に帰るとわたしはいつもシャワーも浴びずにベッドに横になった。あいつの匂いを消したくなかったから。そして、あいつの顔を思い出しながら眠りについたの。
…バカな女!
あいつとホテルで時間を過ごしている間、わたしは行為に夢中になってたけど、あいつは頭で他の女の事を考えてた。わたしの事を大事に思っているわけではなく、ただの遊び相手。キスも愛撫もおざなりで、自分の溜まった欲望をわたしに吐き出していただけ。
そんなの、わかってた。
わたしはあいつにとって '都合のいい女' でしかないって。でも、わたしはあいつを繋ぎ止めておきたかったの。
なぜだったのかしら…?
初めての男だったから?
優しい言葉をかけてくれるから?
笑顔が素敵だから?
なぜだったんだろう?
なぜ、あいつに執着したんだろう?
(…ねぇ!誰か!助けてよ。
この頃ならまだ間に合うの!
間に合うってわたしに教えてあげたいの。
だから、お願い。わたしを助けてよ!)
でもこの声は誰にも届かないわね。
これは過去のわたし。もう、元には戻らない。
これから見る夢なんて、頭の中のあいつを美化しているだけなのに。
バカなわたしのこれからを思うと涙が出る。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
いつのことだったろう。
わたしにはぼんやりとした記憶しかない。
自分の顔を鏡に映し、やつれて目の下にある隈を見て目を閉じた…それはいつの事だったのだろう。
泣きたいなら泣けばいいのに、泣きもせずわたしは自分を責めてる。全てわたしが悪いの…そんな顔を鏡は映し出していて、それ以上は見れなかった。
「あなたがそのままで欲しい」
わたしはそう言ってあいつに抱かれていたの。あいつの事を想うだけで体が疼く、そんな頃の話。
「お前、そのままが欲しいなんて、結構なすけべ女だな」
鼻で笑うあいつにわたしは縋りついて言った。
「そのままがいいの。欲しいの、お願い…」
あいつは、しょうがないなぁ、という顔をして言った。
「お前がそうしたいんなら、生でやってやるよ」
でも、本当はわたしがあいつの心を読んでそう言っただけ。あいつがそうしたいと思っているのを分かっていたから。それだけだった。
わたしが妊娠したと言ったら、あいつはふーんって言ったの。
「ふーん。
…自分でなんとかしろよな」
こうなるって、最初から頭では分かっていた。でも、頭と体はいつも違う行動をするものでしょう?
だって、あいつに抱いてもらえるだけで幸せだと思っていたから。
本当は心の片隅で、あいつが喜ぶんじゃないか、結婚しようと言ってくれるんじゃないか、と微かな期待をしていたけど…。
そんな事、起こるはずもなかった。
処置をした時の記憶は曖昧だ。
ただ、1人でよろよろと産婦人科から出た時、わたしは泣いてはいなかった事だけは覚えている。
あいつは優しい言葉の一つも掛けてくれなかったし、いつ行くんだよとも聞いてはくれなかった。だからいつわたしが処置をするのかなんて、知らないんだと思った。
そう、あいつからはなんの連絡もなかったから、わたし1人で全てを終わらせたの。そのままが欲しい、なんて言ったわたしのせいだと思ったから。わたしだけで、なんとかしなくっちゃって。
処置の後はふらふらとした。
コンビニに寄る気も起こらず、ふらふらしながら家まで帰り横になった。しばらくしてお腹が減ったことに気がついたけど、家にはカップラーメンしかなかった。
そのラーメンを1人で啜ったら、初めて涙が出た。
終わりました
迷惑かけてごめんなさい
そう連絡を入れると、読んだはずなのにあいつからの返事はなかった。
これが別れるチャンスだ。
別れるなら今だ。
これ以上、一緒にいても自分が傷ついてもっと辛くなるだけだ。
そう分かっていたのに…。なぜ連絡してしまったんだろう?
自分で自分が分からなかった。
1ヶ月後、あいつから連絡が来た。
「いつものホテルで待ってる。
早く来い。抱いてやるよ」
わたしはその言葉で体が火照り、いそいそとホテルに向かった。
もう会わない、なんて言えなかったの。
それからわたしは何回も妊娠して、あいつには何も言わずに同じ事を繰り返した。
ほんと、バカで悲しい女…。