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File 3 : 奥山健 6



 早速、副総監の秘書官、山之上麻耶から今日の夕方に副総監がお会いになります、という連絡が来た。


 久我山が副総監指定の場所に行くと、そこはサラリーマンでごった返す普通の焼き鳥屋で、煙がもうもうと立ち込めていた。


 久我山が席に着いた時には、井上副総監はもう酒を飲んで出来上がっていて、ニコニコとして小さな声で久我山に言った。


「すまないね。立場上SPがついて来てるけど気にしないで」


「気にするなと言われましても…」


 確かに見知ったSPがちょっと離れた所で烏龍茶を飲んでいるのに気づき、副総監のわがままに付き合わされているんだなとSPに同情していた所だった。


 副総監はご機嫌だった。


「久しぶりなんだから、飲もうじゃないか、久我山君!」


 井上副総監は久我山のコップにドボドボと日本酒を注ぎ、自分のコップにも溢れそうになるまで注いだ。


「元気にしてたかいって…うん、元気なのは知ってるよ。

 君のお姉さんの事件からもう20年経ったね。お母さんはどう?変わらないのかな?」


 副総監の問いに久我山は、ええ、まあ…と軽く流した。


「君とゆっくり話す機会もなくて、私は残念だよ、久我山君」


「私もですよ。なかなかプライベートではお会い出来なくなりましたね」


 久我山が副総監のコップに酒を注ぐと井上副総監はまたぐびっと飲んだ。


「久我山君、私はね、あの事件を昨日の出来事の様に覚えてる。

 殺人事件の時効が撤廃されたおかげで、君のお姉さんをあんな目に合わせた犯人を逮捕し、罪を償わせる事ができる。

 未だに目を覚さないあの男が犯人なのか、別の誰かが犯人なのか、どちらにしても犯人を捕まえることが可能になったんだ。

 やってやろうじゃないか!」


 井上副総監は酒の入ったグラスを、ぐびっぐびっと飲み干した。


「飲み過ぎです。

 身体を壊しますよ、井上さん」


 井上さん、と呼ばれた副総監は相好を崩した。


「昔のように呼んでくれるなんて、嬉しいねえ、チー君」


「30過ぎの男に、チー君は止めてくださいよ!」


 ふふふんと鼻先で笑った副総監は、サッと真面目な顔に戻って言った。


「チー君は 'インネル' の精度を上げて、あの男の調書を取るつもりなんだろう?

 援助は惜しまないよ。あの事件は私の事件でもあるのだからね」

 

 そう言った後で副総監は珍しくも微笑んだ。


「まあ、その話はまたにしようか。

 今日は私に聞きたい事があるんだろう?」


 辺りを見回す久我山を見て副総監は唇を片方だけ上げた。


「こういう所の方がね、内緒話には向いてるんだよ。

 おじさんばかりで、目立たない。

 酔っ払いだから、みんな声がでかい。

 他人の話なんぞ、誰も気にもしていない。

 …で、私に何が聞きたい?」


 久我山は単刀直入に話した。


「山本興業の詐欺事件で検挙された奥山健の事をご存知ですよね?」


「うん、知ってるよ」


「所轄署から本庁に移すために、副総監の名前を騙った者がいました」


 井上副総監はふむと顎を手で持ち、少し考えた。


「騙ってはいないよ。私の指示だ」


「えっ?」


「…でも、それがどうした?」


「奥山健は本庁に移る前から体調が悪かったのに無理やり連れていかれたと聞きました。なぜそんな状態の奥山健を本庁に移動させなければならなかったんですか?

 本庁に移された後、奥山健は集団自殺に巻き込まれ、意識不明でウチの研究所に運び込まれて「…おい!待て。久我山君、何を言ってる?」」


 副総監は眼を見開いた。


「今、なんと言った?

 奥山健が集団自殺だと?ありえん!

 本庁に移したのは北川署の中島署長からの内密の依頼で、奥山健の安全確保のためだったんだ。

 何が起きたのか、詳しく話せ!」


 全てを話した久我山に、井上副総監は苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「しばらく時間をくれ、こちらでも調べて連絡する。時間はかかっても必ず連絡する。

 早まった事はするな」


 最後に日本酒をクイっと飲み干した井上副総監は一万円札を数枚ポンとテーブルに置いた。


「君はもう少し好きなものを食べるといい。疲れた顔をしてるよ」


 井上副総監はそう言い残してSPと共に消えて行った。


 久我山は今日の出来事の辻褄が合った気がした。


(中島署長が落ち着かなかったのは、副総監に内密に連絡を取った事がバレたと思ったから…か?…誰にバレたと思った?

 じゃあ、浜崎署の磯部は?誰かにゴマ?

 いや違う。磯部は何も知らんだろ。じゃなきゃ 'インネル' に奥山健を送ってこない…)


 そんなの事を考えながら手酌で飲んでいると酔っ払いたい気分になって、久我山は研究所で残業をしている竹下を呼び出した。


 2人でかなり飲んだ。だが2人とも酔い潰れる事は出来なかった。


「久我山さん!

 飲みすぎて、道端でゲロ吐いて、そのままへたり込んでしまいたい。限界まで呑んで何もかも忘れたい。

 そんな気分の時でも俺は覚めていますっ!頭のどこかで、自分が自分を見ています。

 久我山さんも同じでありますかっ?」


「そうだ!当たり前だぞ!」


 そんな会話を繰り返した。


 店を出た2人は肩を組み、ほろ酔いの男達で溢れる街を、流行りの歌を口ずさみながらヨロヨロと歩き続けた。


「竹下、酔えんなぁ」


「はい。少々ふらついてはおりますが、自分はシャキッと覚めておりますっ!」


 2人は本当に言いたいことは言わず、フラフラと歩いた。

 



 次の日、身元が明らかになった奥山健は、病院に移って行った。浜崎署が引き取りに来て管轄内の病院に入院させる事になったからだ。


 それから2日後、奥山健が亡くなったと知らせが入った。意識が戻ることなかった。


 厳重な警備をつけてはいたが、殺された可能性はある…そう久我山は思ったが事件性を立証する事は出来なかった。解剖の結果、事件性なしと判断されたためだ。


(どこかに奥山健が隠したと言っていたSDカードが見つかりさえすれば…。奥山健の無念を少しは晴らせるのに…)


 久我山は特殊捜査研究所で撮った奥山健の証言映像を何度も繰り返して見たが、手掛かりを見つける事はできなかった。


 特殊捜査研究所での捜査内容は副総監預かりとなり公表される事はなかった。


(くそっ!俺は諦めないからな。

 あいつらはこんな事ばかり繰り返しやがって…)


 久我山は悔しい思いをしながら亡くなった奥山健に、必ず事件を解決し無念をはらすと誓った。


 久我山の前に立ちはだかる壁は厚く高い。




 File 3 : 奥山健 The investigation is ongoing.




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