File 3 : 奥山健 4
僕は与えられた仕事に没頭するふりをして、色々なデータをSDカードに落としてたんだ。誰も気が付かないのは分かってたから、堂々としていた。
データの中身はこの会社の金の流れや詐欺の全容が分かるもの。会社の幹部と代議士や財界の大物の名前もリストに並んでいて、この会社から誰の手に金が渡ったのか、全て分かる…。そういうデータだったんだ。
僕はそれを2つのSDカードに落としておいた。1つは念の為の予備としてどこかに隠そうと思ってた。
そんなある日、僕の部屋にテルくんが突然訪ねて来たんだ。
「健ちゃん、飯食いに行こうよ」
例の軽い感じで僕を誘ってくれたけど、僕は内心焦った。だって、ノックもせずにいきなりドアが開いたから、ぎょっとしてSDカードを落としちゃったんだ。
(あっ、しまった!
テルくんに何か気付かれたらどうしょう)
僕は焦ったけど、テルくんはなんの疑問も感じずに屈んでSDカードを拾っていた。
「あっ、いいもんみっけ…。
これ、健ちゃんの?」
焦ってた僕はなんか上手く嘘がつけなくて、違うよって言ってしまった。
「えっ?僕のじゃない。
知らないよ。誰が落としたんだろね」
こんな苦しい嘘を、テルくんは何の疑問も持たずに信じてた。
「ふーん。で、これなに?」
そんな事を聞く天真爛漫なテルくんの顔を見ていたら、何とかなるかもしれない、とこの時僕は思った。
「これは、SDカードだね。テルくんは見た事ない?その中に色んな情報を集めておけるんだよ。
中に何が入ってるか、一緒に見てみる?」
テルくんを利用するのは気が引けたけど、その時の僕はそれが最善の策だと思ったんだ。
ごめんね、テルくん。
言い訳にもならないけど、僕は切羽詰まってたんだよ。
テルくんはSDカードの中にあるデータの意味はきっとわからない。そして、ITに強い僕にの言うことは信じるはず…。
「ふーん、中、見れんの?
見れんなら見たいよ」
「いいけど、中身を見るならここじゃない方がいいかもね。もし、誰かがこっそりと集めたエッチな写真とかだと後で怒られるからさ」
「そういうのなら、マジで見たいけどなぁ。でも、アニキのだったらまずいし…。
んじゃぁ、健ちゃん一緒に見てくれよ」
それからエッチな写真の期待でハイになったテルくんと2人でオフィスを出て、駅のワークスペースに行ったんだ。
テルくんはワークスペースに行っただけで喜んでた。こんなとこあるんだねぇ、って。
僕は徐に自分のパソコンを取り出して、SDカードを調べるふりをしてこう言ったんだ。
「うわっ!テルくん、これすごいよ」
「えっ!やっぱエロ写真かよ?」
「いや、そうじゃない。写真じゃないけど、すごい情報が入ってる!」
テルくんは興味津々…といった顔でパソコンを覗き込んだけど、なんだこれ、って僕に聞いたんだよ。
やっぱり、思った通り。テルくんはカードの中身を見ても何もわからなかった。
「テルくん、これはね、とても大事な情報だよ。うちの会社の取引先…お金を受け取った相手の名前やそのお金を渡した相手の名前…みたいな事がずらっと書いてあるものなんだ」
「えっ?なんだそれ?」
テルくんは眼をぱちぱちとして驚いてた。だから、僕はもう一押ししておいた。
「これは危ないよ。気をつけないと…会社の上の人に殺されるよ」
「ええ〜っ!まっさかぁ!」
ヘラヘラと笑うテルくんの顔をじっとみて、僕は言ったんだ。
「テルくん、僕、本気でそう言ってる。友達のテルくんだから、マジで言ってる。
本当に、見つかったら何されるかわからないぐらい重要な情報なんだよ。
それにさ、こんなの拾いました、なんて言って、上の人が信じるわけないじゃん。お前、何やったって半殺しの目に遭うだけだと思う。
捨てるのもダメだよ。知らない誰かが拾ったら、大変なことになる。僕達、みんな逮捕されるかもしれない。
だから、隠して持っていた方がいい。
それぐらい値打ちがあって、危ないものだよ、このSDカードは」
テルくんはビビりまくってた。
「え〜っ!どうしよう!おれ、変なもの拾っちまって、アニキ達にボコられるのやだよ」
あまり深く考えない性のテルくんは、SDカードが落ちてた理由までは考えなかった。
僕は必死で、隠して持ってろってテルくんを説得したさ。
こんな事できるのはあの会社では僕だけだから、会社の幹部になんて渡されたら僕がやったってバレてしまう。
「わかった。健ちゃんの言う通り、誰にもバレないようにお守りん中に入れて隠しとく。誰にも言わない。
健ちゃんと俺だけの秘密だ。健ちゃんも、誰にも喋んなよ。おれ、ボコられたくねぇし!」
テルくんはものすごく真面目な顔でそう言ってた。
僕はテルくんが肌身離さず持っているならそれでいい、って思ったんだ。
何だか支離滅裂な行動でテルくんには申し訳なかったけど、僕はもう、本当に切羽詰まっていて、めちゃくちゃな思考しかできなくなってた。
警察に行こう、なんて考えもしなかった。だって、僕が手に入れた名簿の中には警察幹部の名前も書いてあったから。下手に出頭したら、情報は握りつぶされて終わりになる、ってそう思ったんだ。
だから、もう1つのSDカードも自分で持つのも止めにした。そして、絶対誰にもバレない、1番安全な場所に隠しておいたんだ。そこに連絡すれば、いつでもSDカードが僕の手元に届くように。
でも、ある日突然、会社に捜査の手が入って、会社の上層部の奴らが根こそぎ警察に連行されてしまったんだ。
僕も警察に連れて行かれた。僕の肩書きは警察に最悪の印象を与えてしまったようで、誰も話をまともに聞いてくれなかった。
ファイナンシャル アドバイザー 奥山健
まるで全ての責任が僕にあるような肩書きだ。
怖かった。全ての責任僕がを負わされるのかって思ったら本当に怖かった。
家族にも連絡させてもらえなかったし、いつのまにか僕についていた弁護士はろくに話を聞いてくれない。
だから、僕は持っている情報で司法取引をしようとしたんだけど、警察の人は誰もまともに話を聞いてはくれなかった。
なんで?なんでなんだろう?
なんで誰も僕の話を聞いてくれないんだろう?
だから僕は取調室で刑事に言ったんだ。
「安岡太陽、テルくんが首からぶら下げているお守りを見て欲しいです。中にSDカードが入っていて、その中に顧客名簿のデータがあるんです。以前、テルくんからそれを見せられた事があるんです!」
ところが…。しばらくして、テルくんは女と一緒に死んだと聞かされた。女の祖母も後追い自殺をして死んでいた、って。
「安岡太陽のお守りの中にSDカードなんてなかった。嘘ついて時間稼ぎのつもりだろうが、無駄だぞ」
僕の弁護士もろくに話を聞かずに、罪を認めた方がいいっていうばかりだった。
せめて家族に連絡をとらせてください、っていう願いすら、聞き入れてもらえなかった。
なんだか、モヤモヤとする。
テルくんのSDカードはどうなったんだろう?
誰も何も教えてくれず、時間だけが過ぎて行った。
勾留期間もそろそろ終わる頃、僕は警察署で恐ろしくまずい飯を食べた。
今までの食事も不味かったんだけど、あれは腐ってたのかもしれない。食べ終わった頃から僕はものすごく具合が悪くなって、吐いたり下したり…とてもじゃないが起き上がれず、ずっと横になってたんだ。
そのうち意識が朦朧とし始めたけど。僕は無理矢理どこかに連れて行かれた。
車に乗せられてからも、吐いたり下したりして情けなくて泣いてしまった。そして意識がなくなってどこに連れて行かれたのかすら分からなくなった。
そして、連れて行かれた僕は…
何をされたんだろう…?
気がついたら僕はここにいて、久我山さんの声が聞こえたんだ。
久我山さん。僕は悪い事に加担したよ。
それは認める。
でも…でもね、やりたかったわけじゃないんだ。気がついた時にはもう遅かったんだよ。抜けられなくなってたんだよ。
僕はこんな事はもう終わりにして、普通に暮らしたい。
だから、僕を助けて。
ねえ、久我山さん!僕を信じて。
僕…嘘なんかついてない。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
監査室にいた久我山の部下である竹下警部と開発担当の田代純子が、えっ?これって…という顔をして久我山を見た。
久我山は2人に頷き返し、これから先どうするべきかを必死で考えていた。
バイタル正常。異常なし。
聴取を終了します。
取調室には 'インネル' のデジタル音声が響いた。




