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処刑された私、知らない魔法が発動した。誰の?私の?  作者: OwlKeyNote
第一章:私のせい? ちょっと待って、この騒動、誰の?私の?
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8. 守りたかったのは、誇りでも自分でもなかった

私は、見ていた。

朝の食堂で――あの小さな騒ぎで、何かがずれはじめた気がした。

お茶会では、空気にひびが入る音を聞いた気がした。

エレーナの願いは、まっすぐすぎて、胸に刺さった。

……ねえ、ラウレンツ。

あなたは、たぶん、傷ついてた。

それでも、誰にも頼ろうとしなかったね。

――だから、私は、知りたい。

あなたが隠した、痛みも、迷いも。

芝生の青が、刈り込まれた石畳の白に溶ける。

午後三時、日差しは傾きかけ、庭園を黄金色に染めていた。


ここは学院内でも、上位貴族のみに許された特別庭園。

遊び半分の模擬戦ではなく、実戦を想定した訓練が黙認されている、静かな戦場だった。


そしてその中央――

ラウレンツ・フォン・ウェステリアと、ウェステリア公爵家直属の騎士グレゴールが剣を交えていた。


「っ……!」


火花が散る。

ラウレンツは右腕に走る痛みに抗いながら、咄嗟に剣を返す。

空気を裂いた刃を、寸前で受け止めた。


「そう、です……ねっ!」


グレゴールが軽く笑い、受けた剣を押し返す。

その動きに無駄はない。日焼けした金色の短髪が陽光を弾き、

鋭い目元に宿る光は、少年のような無邪気さと、戦場帰りの冷静さを同時に湛えていた。


彼は若い――だが、剣筋には経験に裏打ちされた重みがある。


「坊っちゃん、意識が肩に寄りすぎです」


言葉と同時、グレゴールの剣が一閃する。

ラウレンツは風を巻き起こす術式を滑り込ませ、身体の軌道を微かにずらした。

かすめた刃先が、頬をかすめて熱を刻む。


「……わかってる!」


ラウレンツは剣に補助魔法を纏わせ、反撃に転じた。

砂を蹴り上げる動きと同時、剣速を上げる小術式を展開。

速度だけなら一瞬、グレゴールを上回る。


だが――


「甘いです」


低く囁き、グレゴールはわずかに体を回転させた。

ラウレンツの剣を外し、逆に刃の背で彼の左肩を軽く打つ。


「力任せじゃ、隙を突かれますよ」


ラウレンツは肩で息をしながら、一歩引いた。

剣を支える右腕が、微かに震えている。


それを、グレゴールは指摘しない。

ただ剣を下ろさず、静かに構え続ける。


「坊っちゃん。怪我を庇うなら、庇うなりに勝ち筋を作らないと」


その声音に、叱責はなかった。

ただ、厳しくも温かい、真実だけがあった。


ラウレンツは歯を食いしばりながら、剣を構え直す。


「……俺は、この数日で、少しはマシになったか?」


静かな問い。


グレゴールは、剣の切っ先をゆるやかに揺らしながら応えた。


「坊っちゃんがどう思うか、じゃないですか?」


刃が触れ合う。

音が弾ける。


ラウレンツは踏み込み、僅かに体を開いた。

負傷した右腕の負担を減らしつつ、切り上げるように斬りかかる。


受けたグレゴールは、弾く。

そして、その隙間に――言葉を差し込んだ。


「誰かを、助けたんですよね?」


ラウレンツの動きが、一瞬だけ鈍る。


「……ヘルムートを、助けた」


剣を交えたまま、低く答えた。


「貴族の連中が罠を仕掛けて、あいつを退学に追い込もうとした。俺は……止めた」


「それで?」


刃を滑らせながら、グレゴールが問いを重ねる。


「父に、咎められた。……体面を傷つけたって」


剣が離れる。

瞬間、空気が張り詰めた。


ラウレンツは剣を肩に預けたまま、息を吐く。


「……怪我も、家には頼らない。父が変わってしまった家に、もう……俺は、頼りたくない」


グレゴールは、日焼けした指で柄を軽く回した。

思案するように、少しだけ間を取る。


そして、穏やかな声音で告げた。


「立派な心掛けです。……でも、戦場では無駄になりますよ」


剣の音が消え、風が庭園を撫でていく。


ラウレンツは空を仰いだまま、言葉を吐き出すようにこぼした。


「……もう、俺が知ってた家じゃないんだ」


ラウレンツの声は、剣を収めたあとの静けさに吸い込まれた。


グレゴールは、すぐには何も言わず、陽の傾きかけた芝を眺めたままだった。


「そうかもしれませんね」


軽い調子だった。けれど、それは冷たさではなく、静かな余白だった。


「でも、“昔のままじゃない”ってことと、“もう何もない”ってことは、同じじゃないですよ」


ラウレンツが、目だけでこちらを見た。


「誰かに引きずられるか、何かに反発するか……どっちにしても、自分の足じゃない」


グレゴールは剣の柄を片手で持ち直し、くるりと回した。


「何が正しいかなんて、たぶん答えは出ないんでしょうけど。少なくとも、あなたがどうしたいかは、あなたにしか決められない」


ラウレンツは黙ったまま、片手で右腕を押さえた。


グレゴールはそれ以上は踏み込まず、目線だけをゆっくり外す。


「……まあでも」


と、少し笑って。


「考えるにも、一人よりは気が楽ですよ」


彼は肩越しの視界をさりげなく開くように、半歩、静かにずれた。


芝を踏む柔らかな音が近づいてくる。


ラウレンツが顔を上げると、

午後の陽のなかに、アリシアの姿があった。

その後ろには、カトリーヌとエレーナが並んでいた。

まだ全部わかっているわけじゃない。

でも、確かに何かが動き出している。

私は、それを見逃さない。

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