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処刑された私、知らない魔法が発動した。誰の?私の?  作者: OwlKeyNote
第一章:私のせい? ちょっと待って、この騒動、誰の?私の?

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29.レポートと差し入れと、知らない男

 夕食の時間が過ぎ、学生食堂は広さだけを残して静まり返っていた。

 椅子の脚を引く音も、食器の触れ合う音も、もうない。


 片付けを終えた長机の端で、ヘルムートは腰を落ち着けていた。

 簡単な食事。温いスープと、少し固くなったパン。

 それでも、気心の知れた顔が並んでいるだけで、肩の力が抜ける。


「で、ここの講義な。ここは出る」


 向かいの学生が、資料に指で線を引きながら言う。

 別の一人が、レポートの余白に何か書き足しながら続けた。


「理屈は飛ばしていいけど、例題だけは押さえとけ。点になるから」


「助かる……ほんと助かる」


 ヘルムートは頷くだけだった。

 相槌を打ち、時々短く返す。それで十分だった。


 卓の中央には、包み紙を外され、いくつかに分けられた差し入れが置かれている。

 誰のものとも決めず、話の合間に、各自が手を伸ばす。


「これ、なんだ? パン?クッキー?……」


 一人が首を傾げながら、ひと切れを口に放り込む。


「……あ」


 口をしばらく動かし続ける。


「……うまい、けど……?」


 言葉を選ぶ間もなく、別の学生が続けて食べる。


「素朴だな。いや、これはこれで……」


 ヘルムートが、少しだけ視線を逸らして言った。


「……エレーナの差し入れだよ」


 空気が止まった。


「――ゴボッ!?」


 さっきの学生が、思い切りむせる。


「ち、ちがっ……いや! オリジナリティがあって美味い! これは褒め言葉だ!」


 慌てたフォローに、卓がどっと笑いに包まれる。


「待て待て、あのラウレンツのエスコート対象の?」


 誰かがスコーンを、目の前まで持ち上げて見つめる。


「でもさ、正直びっくりだわ。

 まだ推してるって話、マジだったんだな」


「推すって言うな」

 

「いや、もうそうだろ。差し入れ来てる時点で」


 ヘルムートは返事をせず、スコーンを口に運び味わう。

 否定しないのも、肯定しないのも、今は同じだった。


「じゃあさ」


 話題は自然に流れる。


「そういや、お前ら次の選択講義どうすんの?」


「俺はあれ。ガブリエル先生のやつ。内容きついけど、助手の子が……」


「はいはい、出た。憧れ枠」


「いや、あれはガチで天使」


「エスコート申し込めよ、影から応援してやる」


「無理無理、俺の心臓が先に死ぬ」


 応援とも冷やかしともつかない言葉が飛び交う。

 それが、この場所の日常だった。


 ひとしきり笑いが落ち着いたところで、ヘルムートが口を開いた。


「……そうだ。俺、イグナーツ先生の教室に入ることになった」


 一瞬の沈黙。


 次いで、誰かが口笛を吹いた。


「おお……」


「そっちか。似合ってるかもな」


「術式構文より、体動かす方が性に合ってるだろ」


 簡単な祝いの言葉。

 肩を叩かれ、軽く笑われる。


 その時だった。


「――ヘルムート君だね」


 すぐ近くから、声がした。


 丁寧で、柔らかい。

 けれど、不思議と温度がない。


 ヘルムートが顔を上げる。

 見覚えのない男が、すぐそばに立っていた。


 中性的な顔立ち。整った所作。

 片耳にかかった髪を、無意識に指で払う仕草。


「….ああ」


 ヘルムートが答えた、その瞬間。


「そのまま……静かに」


 言葉と同時に、空気が縛られた。


 身体が、動かない。

 指先も、喉も、意志に従わない。


「……?」


 一人の学生が、異変に気づく。


 だが男は、穏やかに言った。


「少し、彼とお話がしたいだけなんだ。君たちは、もう帰ってもらっていいかな?」


 自然な調子。拒む理由が見当たらない声音。


 学生たちは顔を見合わせ、立ち上がる。

 椅子が引かれ、足音が遠ざかる。


 ただ一人、異変に気づいた学生だけが残った。

 何も言わず、ヘルムートと男の間に立つ。


 男は、その学生を見る。


 にこやかに。


「君は……彼と、どういう関係かな?」


「……同じ学科です」


 答えた瞬間。


 思考が、止まった。


 男は、満足そうに小さく頷いた。


「なるほど。大立ち回りのあとは、少し雑音が多くてね。

ただ、聞くだけだ。安心して」


 それから、ほんの少し目を細める。


「――だから」


 男は、丁寧に一歩だけ身を引き、出口の方向へと手を差し向けた。


「君は、もう戻っていい。

 今日は、十分だろう?」


 学生の足が、自然に動き出す。


 表情は変わらず、足取りだけが、静かに出口へ向かう。


 男は、その背を微笑みながら見送ると、

 興味をなくしたように視線を戻した。


 ——ヘルムートに。

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