25.振り下ろされるのは、選ばれた意志
剣のタメを潰すように密着する。
動きが狂う。回転が殺される。
笑っていた。
肩を軽く引いた――
その動きに、余分な気配は一切ない。
踏み込みも、力みも、ない。
ただのスナップ。
それだけで、拳が刃になる。
受ければ、潰れる。
躱せば、背後の構文導線が割られる。
(まだ、あと少し……!)
眉間の皺が深く寄る。
イグナーツの中で、構文が絞られる。
その瞬間――視線が逸れた。
ヘルムートが――駆けてくる。
その姿を見たイグナーツの瞳が、微かに緩んだ。
喉の奥で、息が逆流する。
全身の魔力線が、ひとつの円環に転じる。
脚から背骨へ。剣の柄から――空の虚無へ。
そして、失った左腕の“空間”に――構文が、宿る。
スプリントサージ。
全身加速構文、発動。
点った。
――光が。
次の瞬間、爆ぜた空気が背を押した。
イグナーツの身体が、閃光のように跳ねる。
「はっ! ストリンジェント!」
カトリーヌが応じる。
受けて立つ声。
その目に宿るのは、獣の光。
けれど――
イグナーツの声が、その場の空気を震わせた。
「ヘルムート! こいッ!!」
刹那、無い左腕にまとわりついた構文が、
肩の振りとともに――閃光を解き放った。
一閃。
蒼光が、カトリーヌの腕をすり抜け――
胸を貫いた。
「ない腕では、殴れませんよ――」
その言葉の途中で、
「――ッ!」
イグナーツがさらに呪紋に魔素を注ぎ込む。
構文の条件が破綻し、エラーが奔る。
呪紋が、炸裂する。
空気が裂けた。
蒼と白が、交錯する。
爆炎が、二人を呑むように巻き上がる。
構文が――
イグナーツを囲む呪紋ごと、カトリーヌもろとも暴発した。
「先生――ッ!!」
判断ではない。
命令でもない。
――これは、託された矜持。
「うぉおぉッ!!」
爆炎を蹴って、ヘルムートが突っ込む。
握るのは、焦げた木剣一本。
状況なんて、理解していない。
けれど――“それでも”。
彼には、見えていた。
爆炎と光が裂けた空間の中。
二人の姿は、もう見えない。
けれど、乱れ散る魔素の粒子の中に――
ヘルムートの目は、二つの輪郭を浮かび上がらせていた。
(――やれる……!)
これは、チャンスなんかじゃない。
これは、“責任”だ。
誰かが、命を懸けて繋いだ場所に、
自分が――“応じる”番だ。
ヘルムートの腕が、光の屑を割る。
爆炎の中に、全身で破り抜ける。
焦げた木剣を、振りかぶる。
(選ばれるんじゃない……“選ぶ”んだ――!)
木剣が、振り下ろされる。




