24.戦場にあるべきものは、選択ではなく決断
「下がるな、ヘルムート! これは!」
イグナーツの声が飛ぶ。
だが――ヘルムートの身体は、すでに後方へ跳んでいた。
(広い。速い。範囲攻撃……距離を取って、隙を突く)
考えるより先に、身体が動いていた。
それだけ。
けれど――その一瞬。
確かに“何か”に呑まれた。
白布が――急に、軽くなった。
風も、音も、ない。
ふわりと宙に浮いた白が、ぴたりと止まる。
光の中に、重さのない“不気味な静止”が残る。
(……違う!)
視線が、跳ねる。
もう、いた。
白布を捨てたカトリーヌが、身ひとつで――イグナーツへ。
隻腕が突き出される。
〈蒼の紋章盾〉が、空間に幾層もの光を描く。
重なる盾の輪郭が、回転しながら術者を包み込む。
だが――
地に落ちた“黒の影”が、まるで生きているかのように――伸びる。
カトリーヌの身体が、地を這うように滑り込んでいた。
構文の縁。
盾の節。
術式の繋ぎ目をなぞるように、指先が走る。
そして、下から斜め上へ――
軌道が跳ねる。
わずかな距離。
わずかな角度。
それだけで、
イグナーツの胸元に、“抱きつくように”立ち上がる。
「あはっ、入れました」
胸元から見上げる笑み。
けれど、その口元は裂けていた。
顎に触れるほど近く、熱い吐息が首筋に張りつく。
「守りなんて、不要です」
囁きと共に、カトリーヌの指が滑る。
イグナーツの肩から隻腕へ――
構文軸の一点をなぞり、そして、小さく、確実に――“捻る”。
瞬間。
蒼の盾が――砕けた。
パァンッと乾いた裂け音。
四方に弾け飛ぶ呪紋の線。
空気の密度が変わる。
冷える。
音すら凍るように、場が沈んだ。
「先生ーッ!」
ヘルムートの喉が裂けるように震える。
だが、まだ――届かない。
その一歩が、遅い。
「クッ!」
イグナーツは剣の柄を逆手に取り、身体の捻りを加え――
その瞬間、カトリーヌの脚が、わずかに入った。
腰の軸。肩のひねり。腕の起こり。
すべてを“奪う位置”に。
密着したまま、重心の回転を潰す。
剣は、上がらない。
「……ふふ。ダンスを」
耳元に、甘く湿った声。
だが、それは誘いではない。
“殺しの起点”だった。
イグナーツの表情が、歪んだ。
それは、“正義の形”を手放す者の苦悶。
盾は、もう守ってくれない。
構文軸は――潰された。
再展開も、許されない。
そしてこの距離では――
カトリーヌを“傷つけずに”終わらせることも、できない。
もはや、“護る”ではない。
“応じる”しか――残されていなかった。
だが、それでも。
その背で、誰かを守る者として――
(それでも、護る!)
視界の端。
皺の奥にある瞳が、ヘルムートの姿を捉える。
目が細まる。
熱が、胸腔に火を点ける。
(――いまだ)
イグナーツは叫ぶ。
戦場に、矜持の名を叫ぶ。




