21. 着席
踏み込んだ刹那、空気がきしむ。
白布がわずかに遅れ、その軌道に“力の溜まり”と“抜け”が走った。
ヘルムートの瞳が細くなる。
「……見えた」
「へぇ……」
カトリーヌの唇が、楽しげにわずかに歪む。
次の一撃を、彼はあえて防がない。
布が脇を叩き、熱と痺れが肌を走る――だが予想の範囲内。
カトリーヌが、にやけて布を引き、上半身をねじる。
「あら、私の話はつまらないですか?」
ヘルムートは痛みを押し殺し、そのまま間合いを詰める。
「声が小さくて、聞こえねぇ!」
木剣の切っ先が、布の根元へなぞるように滑る。
「俺の番だ!」
「おや、狙う場所が変わりましたわね」
カトリーヌの片眉が、わずかに上がる。
――その指先が、ほんの一瞬だけ止まった。
ふわり――布が手から離れた瞬間、視界いっぱいに雪崩れ込む白。
白いエプロンが広がり、ヘルムートの顔を包み込む。
“力の線”が視界から消えた。
「っ……!」
「どうしました? 動きが鈍ってますわよ」
次の瞬間、裾が閃き、左足が彼の膝裏を払う。
靴底が石を鳴らす軽い音。
「っな……!」
浮いた足を戻すより早く、脇腹へ鋭い肘が突き上げられる。
メイスで突き刺されたような衝撃が、背へと抜けた。
同時に、抜け残った力が全身を弾き、鈍く低い音とともに――その体を宙へと放つ。
「グハッ!」
視界が跳ね、石畳が迫る。
背を打つ寸前、右手が地を叩き、左膝を滑らせて衝撃を散らす。
肺が衝撃で固まり、痛みで空気が吸えない。
身体を無理やり立て直し、木剣を構える。
(……息が吸えねぇ。今のうちに、少しでも)
距離は開いた。だが、視線は逸らさない。
カトリーヌが残念そうに目を細めた。
「ふふっ……話せますか? 苦しそうですよ」
視線を外し、黒いメイド服の乱れに手を添える。
滑らかな所作で整えながら、静かな笑みを崩さない。
ヘルムートが動けないと知っている者の、余裕そのもの。
ヘルムートは口角を引きつらせて笑う。口の端から涎が一筋、顎を伝い、腕で乱暴に拭う。
「……あぁ……まだ……ぜんぜん」
その言葉に、カトリーヌは薄い唇を割るように笑みを深める。
わずかに覗く歯が、獲物を噛み砕く寸前の獣を思わせた。
「あなたみたいな人、仲間にいるんです。……だから、よく考えて行動しないと――やっとテーブルに着けたのに」




