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処刑された私、知らない魔法が発動した。誰の?私の?  作者: OwlKeyNote
第一章:私のせい? ちょっと待って、この騒動、誰の?私の?
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15.まだ名前もない拍手の理由を、あなたは知らない

誰かの想いが、誰かの言葉を揺らして。

小さな波紋が、いくつも重なって、気づけば大きなうねりになっていた。


君も見ていたよね。

ラウレンツは、誓った。誰よりもまっすぐに。

でも、まっすぐな想いは、ときに別の痛みを呼ぶこともある。


そして――

ヘルムート。

誰にも頼らず、でも誰かの言葉にだけは、耳を澄ませていた彼は、

“勝利”という言葉の、その奥にあるものを、きっと信じていたんだと思う。


この学園には、いくつもの物語がある。

剣を交える者たちだけが、舞台に立っているわけじゃない。


光を描く者たちもいる。

ひとつの術式のために、日常を削って、時間と命のような魔力を込める人たちがいる。

それを、“美しい”と思ってしまった私は――

やっぱり、もう、あの輪の外側に立っているのかもしれない。


だからせめて。

この目に焼きつけておきたかった。

たとえ失敗しても、舞台の上に立とうとした、その姿を。

「……今の、何?」


 マルグリットが、小さく呟いた。


 息を詰めたまま、マルグリットはヴィルヘルム、ユリウスの顔を順に見つめた。

 構文が崩れる予兆。その合間に、混ざるあの音――“ピン”という乾いた異音。


 三人は、音のした方向を感覚だけで探る。

 誰にも確信はない。だがそれでも、“何かが外れた”ことを、肌が知っていた。


 ――ただのノイズであってほしい。

 そう願った。

 偶発的な干渉音、聞き違い、風鳴り……何だっていい。

 本物の異常でさえなければ、それでよかった。


 けれど、心の奥では気づいていた。

 あの音の意味を――もう、知ってしまっていた。


 探さなければならなかった。

 あれは、ただの発火ミスではない。

 並列に展開された構文群の揺らぎが連鎖し、軋み、断裂を起こした――

 “継ぎ目の音”。


 その揺らぎを引き起こす組み合わせは、

 この規模なら数千通りにも及ぶ。


 見つけ出せなければ、本番までの修正は、ほぼ不可能だ。


 そして――


 中央に束ねられていた細い光の構文が、一本、また一本と、

 緩やかに。だが確実に、ばらけ始めた。


 その瞬間、最悪の予感が、静かに形を取り、現実となる。

 マルグリットの唇が、わずかに震えた。

 頭の中が、焦げつくような焦燥で満たされていく。


 それに引かれるように、天幕のように張られていた全体構文が、わずかに撓み――

 螺旋を保てなくなった光の粒が、重力を思い出したように、空中を滑り落ちる。


「まって、まって……そんな……!」


 マルグリットが声を上げた。


 ……護符に指が届く前に、構文は崩れた。


 何も映さないそれを、彼女はそっと手の中に包み込む。


 音もなく、夜の空に“光の粉”が舞い上がる。

 そして構文は、ゆっくりと、静かに――ほどけていった。


 訓練場に、沈黙が戻る。


 ユリウスは、空を睨みつけたまま、歯を噛みしめる。

 その拳が、白い制服の裾をくしゃりと握り込んでいた。


「……終わった。もう、やり直しも何もできない」


 ヴィルヘルムは、目を伏せたまま動かない。

 そしてマルグリットは、膝をついて座り込み、護符を握ったまま。

止まりそうな呼吸を、――ただ、続けるしかなかった。


 どこかで風が鳴る。


 いつの間にか、時を告げる鐘も、もう鳴り止んでいた。


 ――そのとき。


 訓練場に、ぽつりと拍手がひとつ、ふたつ、鳴った。

 続いて、音は増えていく。

 整備士たちが、誰に言われるでもなく、自然に手を叩いていた。


 ヴィルヘルムが顔を上げる。


 マルグリットは、力なく立ち上がり、片手で拍手の空気を振り払うようにしながら言った。


「やめて……私たちは、しっ..失敗したんだよ……!」 


 その言葉に応えるように、遠くから声が響いた。


「お前たちが思い描いた理想じゃなかったな」


 イグナーツ講師の声だった。


「……だがな、すでに心を震わされた者たちがいる。

 “失敗”と言いたいなら言えばいい。だが――この場に立ったこと自体が、ここに居る者達に、意味を与えたんだ」


 訓練場の整備士達の頷きが、3人に向けられる。

 イグナーツは、3人が整備士達に視線を向けると、言葉を続けた。


「――お前たちは、何のためにここにいた。

 理想を掲げたなら、立ち続けろ。

 失敗だろうと構わない。

 最後の最後まで足掻いて――

 ……愉しめ。

 それが、お前たちの“在り方”じゃないのか」


 その声に、怒りはなかった。

 ただ静かに、“確かなもの”だけを告げていた。


 改めて、三人が拍手を送った整備士たちを見上げる。


 マルグリットが一度、目を閉じ、深く息を吸って吐く。

 そして、ヴィルヘルムの肩に留められた、自らが作った銀の髪飾りを見つめながら言った。


「……“愉しめ”、か。そうだね、ヴィル。

 あなたのお願いは、いつだって“見返り”なしだった。

 なら――笑って、絶対に皆んなを驚かせてやる」


 ヴィルヘルムはその言葉に、少し申し訳なさそうに笑う。

 ユリウスは頷き、そっとノートを閉じて、呟くように言った。


「見てくれる人たちを、忘れちゃいけないね。

 ――考えよう、僕らのやり方で」


 ヴィルヘルムが整備士たちに目を向け、口元を緩めた。


「そうだな。

 こんな温かい拍手――無駄にできるわけないさ」


 彼は整備士たちの方に向き直り、礼儀正しく優雅に一礼する。

 それに続いて、ユリウスも、マルグリットも、そろって深く頭を下げた。


「――ブラボー!!」


 誰かが声をあげる。

 叱責されると思ったが、イグナーツは止めなかった。むしろ、ほんの少し、口の端が上がっていた。


 再度、拍手が立ち上がり、言葉も混ざっていた。


「よっ! 芸術家たち!」

「あれ、もう本番用で出せるレベルだろ」

「ダンス、最後の踏み込み、ちょっとカッコつけすぎ!」


「撤収だー! 飯食って、寝ろー!」

「干しパンがうまく感じるくらい、動いたろ今日は!」


 拍手と笑いと呟きが入り混じり、それはまるで、夜の訓練場に降る“にぎやかな雨”のようだった。


「……やばい、ちょっと泣きそう」

 マルグリットが、苦笑と一緒にそれを漏らした。

「勝手に拍手されるのって、ずるいよね……」


 誰も応えなかったけれど、ユリウスがマルグリットの背中に優しく手を添えて軽く叩いていた。

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