表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された私、知らない魔法が発動した。誰の?私の?  作者: OwlKeyNote
第一章:私のせい? ちょっと待って、この騒動、誰の?私の?
15/15

14.閉場後、試験構文が発火した件——おまけの六分間に、僕らは全力を込めた

魔術は、“意志を形にするための構文”だと教わった。


意志があっても、形がなければ世界には届かない。

だから、術者は構文を組み、波形を整え、魔力の流れを制御する。


効率も、再現性も、必要だ。

だけど、それだけじゃ足りない。


どれだけ理論が整っていても、

ほんの少し、感情が揺れただけで術は歪む。


逆にいえば、術式は――

組んだ人の“今の心”を、容赦なく映し出してしまうものなのかもしれない。


だから私は、魔術を使う人を、尊敬している。

成功した術式だけじゃない。

崩れてしまった構文にも、

そこに“その人の想い”があれば、ちゃんと意味があると思ってる。


……今日、ある生徒たちが閉場の後に、

誰にも知られない構文を、空に放った。


あれが成功だったのか、誰が記録したのか、私には分からない。


でも、魔術ってそういうものなんじゃないかな。

世界を変える力じゃなくて、

その人の“在り方”が、そっと刻まれる構文。


そんな魔術を、私は信じてる。

 西側訓練場の空は、夕陽にゆっくりと染まりはじめていた。

 石畳の上、魔力の残痕が風にさらわれるそばから、新たな準備が繰り返されている。閉鎖時間にはまだ少しあるが、整備エリアからは「板三、次!」「締めが甘いぞ!」と声が飛び交い、金属音があちこちで鳴っていた。


 “帰れ”とは言われていない。だがあの音は、「そろそろ片付けてくださいね」とでも言いたげな、無言の合図だった。


「ユリウス、la8、接続どう!? 干渉してない!?」

「してるかもしれないけど、もう流し始めた! 止めたら、点火からやり直しだぞ……!」

「やり直したくない! ていうか、これ、私のせいになったら絶対イヤだから!」


 チョークで描いた輪と矢印が、三人の足元に幾重にも交差している。

 魔力を通す前の、予定線――構文の展開予測を地面に描いたものだ。余裕はもうない。試行回数も、護符も、そして時間も。


「ヴィル! そっちの立ち位置、三歩下がってって言ったよね!?」

「君の“歩幅基準”に合わせるのが、そもそも無理あると思わない?」

「はいはーい、あとで反省会やります! いまは集中!」


 三人の声が交錯する。次の瞬間、背後から低く乾いた声が飛んだ。


「……なあ、お前ら」


 振り返った三人の前に、整備道具を肩にかけたヘルムート・クロイツが立っていた。

 片手を軽く挙げ、やれやれと肩をすくめる。


「財布の中、確認しとけよ。これ、あと少しで夜間料金になる」


 その一言で、場の空気が止まった。

 誰かが呑み込んだ息が、空気に引っかかる。


「ま、まだ時の鐘、鳴ってない……!」


 ──その瞬間、遠くで鐘が鳴った。


 ゴーン……..ゴーン…..


 それは、学院が定めた“時の鐘”。

 だが生徒たちは知っている。この音が鳴れば、夜間使用の申請がなければ強制終了だと。


「でも……! あと一回だけでいいから……!」


 マルグリットが叫んだ。目を見開き、息を詰めたまま、護符を胸に抱える。


「最後の通し。これ逃したら、もう調整できない。お願い、お願いっ……!」


 ユリウスも視線だけで同意を示し、ヴィルヘルムは何も言わず頷いた。


 ヘルムートは整備エリアのほうにちらりと目をやる。

 作業の手を止めていた整備士たちの中、管理整備士が片手を挙げた。


「そっちは、お前と俺で片付ける。……残りは任せとけ」


「了解。6分だけ。……それ以上は俺の首が飛ぶ」


 そう言って、ヘルムートは工具袋を下ろした。


 そのときだった。空気が変わった。


 マルグリットが護符を掲げ、三人が同時に息を合わせる。合図は要らない。もう何度も繰り返した手順だ。


「主軸ライン、通過中。……構文、展開する!」


 空の一角に、細くまっすぐな光が立ち上がる。

 それは煌めきではなかった。演出を削ぎ落とし、構文の“骨”だけを記録する、無装飾の発火だった。


 光が旋回し、枝分かれし、再び交差する。空中に描かれるのは、幾何の輪郭。

 それは細く、静かに――けれど確かに空を編み始めていた。


「……可能。パターン固定、la5通す」


 マルグリットが目を凝らし、確認の声を上げる。


「la6、補助構文、同時点火。マル、視覚補正要る?」

「ヴィル、足元注意! 斜めの起動ライン、踏まないで! ──いける、次!」


 ヴィルヘルムがそっと位置をずらす。構文の光が、彼の靴の縁をかすめて流れた。


「la7、準備完了。ユリウス、回転起動どう?」

「すでに開始。la7からla8、回転軸と連動してる」


 ピシッ、と宙で火花が弾ける。構文の交点が交差し、薄く音を立てた。

 だが誰も騒がない。呼吸すら削るようにして、動きは続く。


「la8、発色確認!」

「青寄り、正常。形状も指定通り。ユリウス、続行」


「la9、あと二層。密度は?」

「均等。詰まりなし。ヴィル、出力そのまま、予備はまだ使わない」


 空を這うように広がる線の群れが、やがて天幕のような網を描いていく。


 その端で、外套を揺らす一人の男が見上げていた。

 イグナーツ。元王国騎士団の副指揮官だった魔術講師。残された片腕を顎に当て、黙って構文の軌道を追う。


「……面白い作り方をするな」


 その独白に、整備士たちの何人かも空を見上げた。


「最終接続、la10。通れば……完成する」


 ユリウスが息を止める。手元のノートに走る文字が、線を補足していく。


「──行こう。ここが山だ」


 声は抑えめだったが、その奥に確かな熱が宿っていた。

 その瞬間、構文全体がわずかに脈を打つ。

 淡い光が、訓練場の空ににじみ出す。


 ──シュウッ……

 直線だった光の骨組みが歪み、回転しながら枝分かれする。

 幾何の軌道がねじれ、複雑に絡まり、やがて輪の連なりとなって空を埋めていく。


「構文密度、C6。最終ラベル接続、E8、F3、G1……展開、入った!」


 マルグリットの声が急く。

 その目は既に、次のラベルを追っていた。


「回転比、正常。斜軸、整列中……ラベルG3、構造認識!」


 ユリウスの声が追いつく。だが構文は、もはや手順を超えて“空間の律”として膨張していた。


 無数の細い光が、空を這うように走り、重なり、連なり、

 訓練場を覆う網のような天幕を成していく。


 ──パラ……パラ……

 その一部が、粒のように崩れはじめた。


 糸のような構文が、複雑な重なりからふっと剥がれ、

 光の粒へと変わって宙を舞い始める。


「……星屑化、早い。ユリウス、制御域、残り5層!」


「見てる! G5、H2、I1……層内安定、まだ保てる!」


 どこかの整備士が、作業の手を止めた。


「……なんだ、あれ……」


 誰かがつぶやいた。

 その声に応じるように、数人の首が空へと向けられる。


 透明な軌道が、天に浮かぶ設計図のように輝いていた。

 発火構文――ただの試験のはずなのに、その光に、誰もが言葉を失っていた。


「マル、次の層ラベル、Jラインまでいけるか?」


「確認中。Gラインが飽和気味……でもまだいける。精度、保ってる!」


 ユリウスが短く息を吸い、構文全体の膨張を見つめる。


 その瞬間。


 ──ピン。


 糸を弾いたような、鋭く、小さな音が響いた。


「……今の、何?」


 マルグリットが息を詰めた———


 構文線が、わずかに震える。


 時を知らせる鐘は、五分間鳴り響く。

 その音は、今も静かに空気を震わせている。

 ——なのに、全員の心拍は、もう限界まで追い詰められていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ