10. 私いましたっけ?
――変わるのは、いつも唐突だ。
誰かの言葉が、心の奥に届いて。
誰かの想いが、触れられたくない傷に、そっと触れて。
彼の目が変わったのは、
あの子の声が、真っすぐに届いたから。
エレーナの手で編まれた、あの一枚の護符。
あれは、ただの魔術じゃなかった。
誰かを想い、誰かに託す――そんな願いのかたち。
「……ありがとう。大切にする」
ラウレンツは、受け取った護符を丁寧にたたみ、制服の内ポケットへとしまった。
エレーナはその仕草を見届けると、ふいにため息を吐いた。
「はぁ……でも、私としては本当に情緒めちゃくちゃなんですよね」
「……何がです?」
ラウレンツが眉を寄せて問い返すと、彼女は手を広げて叫んだ。
「だって、お二人が順当に勝ち上がったら、最後はラウレンツ様と私の推し――ヘルムートが戦うんですよ!?
もう、どっちに感情を乗せたらいいのか分からないんです! 応援が大渋滞してます!」
アリシアが少しだけ瞬きをしながら、淡々と応じる。
「……試合の応援に、そこまで混乱が要りますか?」
「え、アリシアさん、無風!? まさかの無感情系!?」
ぐいっと詰め寄るように言うエレーナに、アリシアは少しだけ視線を逸らした。
「私だって、誓いを受けたときには――少し、胸がぎゅっとして...たかな」
「それそれそれ! それを“ときめき”って呼ぶんです!」
エレーナが瞳を輝かせながら叫ぶ。
その隣で、ラウレンツが小さくため息を吐き、眉間に指を当てた。
「……君までそうなるとは思わなかった」
「……正直に言うと、少し驚いてしまって。あの時の記憶、やや曖昧なんです……」
アリシアは首を傾け、不思議そうな顔で続けた。
「気づいたら終わってた気がします。……あの騒ぎに、私…いましたっけ?」
「おっと、それ一番アウトなやつですよ、アリシアさん!」
ほぼ食い気味。
アリシアのセリフが言い切られる前に、エレーナの鋭い言葉が飛んできた。
呆れというより、ほんのり嬉しそうな声音が混じっている。
アリシアが目を伏せながら、笑いを堪えるように小さく肩を揺らしていた。
それに気づいたエレーナが、思わず吹き出しそうになる。
ふと、三人の視線が交わる。
一瞬の沈黙のあと、誰ともなく、くすっと笑いが漏れた。
それだけで終わるはずだったのに――
なぜか、笑いが止まらなくなった。
エレーナが肩を震わせ、アリシアが目元を押さえ、ラウレンツまでも口元を緩める。
重く張り詰めていた空気が、やっと緩んだのだと気づいたときには、
三人とも、言葉にならないまま、小さな笑いを重ねていた。
今回は、ちょっと肩の力が抜けるようなお話でした。
誰かの言葉で笑って、誰かの一言でちょっと動揺して。
でも、たぶんそれでいいんです。ぎこちなくても、少しずつ。




