第八話 攻勢発起準備
二人で話し合っていた家を出て、荒らされ窓板などが破壊された家へ向かうと、中から暴力的な声や音が聞こえてくる。
中に入ると、6人ばかりの男が捕らえられていた。
そのうち二人は既にボコボコにされており、一人は殴打されすぎて瀕死の様子で、地面に倒れ込んでいる。
俺は思わず顔をしかめそうになったがどうにか耐えた。
「お前たち、成果は?」
そう入ってすぐにボリュシュさんが尋ねると、殴っていた男達は手を止めてこちらを見た。
「ああ、村長。一応情報は抜かせましたが、いま確認中です」
これはもうほとんど私刑だな。
俺は床に倒れ、頭から血を流している痩せ気味の男のそばへ寄る。見たところ、体中を殴られまくったらしい。
「これはもう助からないですね……」
体の骨もバキバキで、解放骨折までしている。痛そうというレベルじゃない。内臓破裂を起こしていても不思議じゃないな。
「村長、こいつは?」
「ああ、彼は増援に来てくれたオスト村の臨時隊長だよ」
そう言ってから俺を紹介してくれる。
「申し遅れました、オスト村から来たカイ・ラークソネンです。よろしくお願いします」
名乗ると、先程までは殺伐としていた雰囲気が急に明るくなった。
「おお! さっきは助かったぜ!」
「そうだ! 食糧もたっぷり持ってきてくれたし、助かる!」
上半身裸で、血が付いている男たちが、俺と同世代くらいの若者から父親世代の男まで、どやどやと集まってきて背中をバシバシ叩いてくる。テンションの切り替えに少し戸惑うが、俺も合わせることにした。
そもそも、俺もそんなに小柄じゃないが、彼らはそれ以上にがっちりした体格だ。
「それは何よりです。こいつらが本拠地の場所をゲロったなら、あとはそいつら始末して一件落着。大宴会でもしますか」
フレンドリーな感じで、ジョッキを掲げる仕草を見せると、皆いい顔をしてうなずいてくれる。
「そりゃいいな!」
ハハハ、と愉快に笑い合う。助けに来たと聞いて、皆だいぶ機嫌が良くなっているらしい。
「ゲロった話は後で聞く。お前らも見張りを残して交代で着替えや休憩を取れ」
そう言って、ボリュシュさんは男たちを休憩に行かせる。
結果、俺とボリュシュさん、そしてほか二人だけが残った。
「すまない。やり過ぎるなと伝えたが、止めきれなくて……」
先程は離れた壁際にいて黙って見ていた、中年くらいの男が申し訳なさそうにボリュシュさんへ謝罪している。
「仕方ないさ。カイくん、彼はもう助からないかね?」
指を全部失くし、肋骨がひどく折れ、頭から血を流している――見るからに重体。
痩せこけているし、まともな体力もないだろう。
「医療に関しては素人ですが、これはもう無理ですね。確実に内臓破裂くらいはしてるでしょうし、ここに手術できる医者と相応の設備があれば、あるいは……」
「そうか。わかった。楽にしてやれ。苦痛を長引かせても仕方ない」
そう言うと、一人がリボルバーのハンマーを起こし、男の頭に銃口を向ける。
ダン。
迷いのない動作でトリガーが引かれた。俺は少し驚いたが、他の全員は冷めた目をしている。
こんな間近で人が殺される瞬間を見ても、俺は動揺がない。やっぱりどこか壊れてるのか、それともアニメや映画のほうが過剰表現なのか。
「はあ……気持ちのいいもんじゃないな」
20代前半くらいの男が、そうつぶやく。
「気持ち良くあってたまるか。人殺しがいいなんて、こんな世界狂ってる」
ボリュシュさんが吐き捨てるように言う。彼はまともな感性だ。
たしかに、敵とはいえここまで暴行を加えて殺すなんて、どうかしている。
俺もいつの間にか、“死体撃ちが当たり前”のゲーム感覚と混同していたのかもしれない。ここは現実なんだ、ちゃんとしろ、俺。
「狂った世界じゃなきゃ、命懸けの争いなんて起きないですよ。もうこの世界は十分狂ってる。狂ったまま動いてるんですよ」
俺の言葉に、さらに重い空気が流れる。
でも、これから俺たちがやることは、まさに命を刈る行為だ。どうしようもない。
「狂ってる……全く否定できないのがつらいな」
ボリュシュさんが天を仰ぐように嘆く。
「否定されたら困ります。予防攻撃なんて発想が先に出る時点で、もう俺たちは血みどろの“戦争”に足を突っ込んでる。こう決断した以上、俺たちが死に絶えるか相手を根絶やしにするまで、戦いは終わらないですよ」
憎しみの連鎖は止まらない。政府は力を失い、帝国はここを見捨てている。
もはや、どこかが止めてくれることは期待できそうにない、ならばいかなる形であれ終わらせなければならない。
「戦いそのものを止めるべきなんだろうか……」
ボリュシュさんが苦々しげな顔で問う。しかし、彼自身、答えをわかっているだろう。
「止めたら、あなたが殺されるだけです。もう憎しみの歯車は回り出している。捕虜を拷問してしまうような連中に理性は期待できません」
フランス革命における狂乱みたいなものか……。当事者になると頭が痛い。
自由、汝の名の下にどれほどの罪が犯されただろう、と言ったのは誰だったろうか...今なら少しだけその気持ちが分かる気がする。
「ならばどうする?」
そんなの、決まっている。
「総力戦ですよ。断固たる意志で敵を叩き潰す以外にありません。対話の道なんてどこにもないし、止められない以上、最後まで突き進むしかないんです。我々こそが我々に平和と安寧を齎せる、彼らのような者達を野放しにすれば、この辺りだけではなくこの地域が死んでしまう。危機は迫っており我々は可及的速やかにそれに対処しなければ、明日は無い。そうでしょう?」
ゲッペルスになるつもりは無かったけど、気が付けば総力戦演説だ、全く笑えない話だ。
ハンニバルやナポレオン、シモ・ヘイヘなどの偉人も、戦う前に悩んだのか? 考えにくいな。
「そうだ、道はないが...それが正しいのか?」
正しいかどうか……。
「わかりません。俺の小さな脳じゃ、対話や講和の可能性は見えない。連中100人以上を養える余剰食糧なんて、この辺にないですから」
だからこそ、暴力で退去してもらうしかない。
「ううむ……本当に二十歳にも満たないのか、君は。聡明すぎるよ。そして俺には重すぎる荷を背負わせるな」
うめき声と共に彼は天を仰いだ、ぼろい天井があるのみだ。
「すみません。けど俺の見た現実からすれば、そういう結論しか……」
「分かっている、そしてその現状認識は正しいだろう」
ボリュシュさんが被せるように言って、重々しい沈黙が落ちる。
「行くしかあるまい。敵を……俺たちは敵を打倒する!」
――――――――
村の代表として、私ボリュシュ・ヴォロノヴァは大きな決断を迫られている。
村の者は慌ただしく出撃準備をしており、皆が俺に従って戦おうとしている。長として、俺も腹を決めねば。
乾坤一擲の攻撃だ。村には女子供、負傷者を残し、戦える者は総出で出撃。賭けだが、勝てばどんな手段より死者が少なくなるとカイくんは言う。
彼いわく、「ときには伸るか反るかの決断をしなきゃいけない。戦力分散は愚策だ」と……確かにそうだが、重たい責任を背負わされる。
だが、俺は長なのだ。仲間たちを導く旗手にならねば。
「聞け! 我ら同胞たちよ!」
村の者を集めて、カイくんの提言を受け入れた演説をする。みんなを煽り、士気を鼓舞し、闘争心をあおる――それで被害が減ると、カイくんは淡々と言った。
正直、彼が怖い。必要だ、とさらりと言えるその冷静さが恐ろしい。
「今夜! 俺たちは敵地に総攻撃をかける!!」
恐れを見せるな。皆は強い指導者を欲している。なら、そう振る舞うしかない。
カイくんが言った。「サイを投げるのはあなたの役目です」と。
「村の防衛はどうするんだ!」
サクラがいい働きをして、皆が疑問の目を向ける。よし、そこから誘導だ。
「いいか。我々は今、深刻な岐路に立たされている。この戦争は我々の生存がかかった戦いだ。存続か絶滅かの二つに一つ! ならば総力を結集し、敵を叩きつぶすしかない! お前たち、覚悟はあるか!」
「おう!!」「ここで引くやつは球無しだ!」「ロイドの仇を討つ!」
ちょっと煽るだけでこれか……。サクラを仕込んだが、カイくんのいう集団心理は恐ろしい。
「よろしい。では戦争だ! 中途半端な戦力を残しても村は守れぬ。総力を上げて、クソッタレな賊どもをぶっ潰すぞ!」
「「「おおーーっ!!」」」
ālea iacta est――斯くして"賽は投げられた"のである。
――――――――
その演説の場には、オスト村から来た仲間たちもおり、皆声を上げている。
だが、カイは少し離れた場所で静かに演説を見て、どこか冷ややかに笑っていた。
私、ソフィア・マキネンはカイくんとは同い年の幼なじみ。昔から聡明な彼は、熱狂する人々を観察しているように見える。
「ソフィー、ここから戦争が始まる。……生きて帰れることを祈ろうや」
ずっと昔のまだ何も分かってない無垢な子供の頃の愛称で呼び、カイはそっと私の手を取って何かを渡してきた。
「なに?」
「昔くれたお守りさ。胸ポケットにでも入れとけ」
見ると、子供のころ私が川で拾って彼に渡した、緑色の石だ。昔はただ綺麗だと思ったけど、翡翠だったと今はわかる。
「持っててくれたんだ」
「たまたまな」
ぶっきらぼうに言うが、10年近くも持ち続けてくれたのは、正直うれしい。
見れば、磨かれていて丸みを帯び、ピカピカになっている。
「暇つぶしに磨いただけだ」
本当に素直じゃない。いわゆるツンデレ? いまのカイにはピッタリかも。
「ふーん? わかった、ありがとう」
私はそれを大事にハンカチに包み、ポケットへしまった。無事に家へ帰れたら、首飾りか何かにして、彼にお守りとしてプレゼントしよう。
「じゃあソフィア、行くぞ。持ってきた荷から弾薬かき集めて、一食分の燻製なんかもまとめておくぞ」
そう言いながら、私たちが借りている家へ向かおうとするカイの背中に、思わず飛びつく。
「えい!」
「わっ!? 危ねえな……」
そう文句を言うが、まんざらでもなさそう。相変わらず素直じゃない。
「カイなら大丈夫だって」
「転ばないけど、胸が当たるだろ。控えろよ」
ちゃんと意識はしてくれてるんだな。でも、もっと素直ならいいのに。
「お年頃だもんねぇ~」
そう言って耳元にふっと息を吹きかけると、彼はびくっとして体を振る。離れろと言うが、逆に強くしがみつく私。
「ああもう離れろ、孕ませるぞ!」
「ふふ、期待してるね」
少し怒り気味だが、後ろの台詞に満足したから、おとなしく解放してあげる。
――――――――
ソフィアの“セクハラ?”被害に遭ったおかげで、普段おとなしい俺の息子は元気になったが、そのせいで作業効率は落ちる一方だ。
仕事に集中することで、何とか落ち着かせてもらった。
弾を140発も抱えるのは初めてだが、さすがに重いので80発に減らした。軍人ってすごいんだな……。
今回、俺たちオスト村からの派遣組は、基本ライフルとナイフ装備。それに俺は.22LRのマーチン4も持っている。
マガジン2本と、弾を20発ほど別に携行。ダクトテープや包帯、即席のCAT(止血帯)なんかも用意しておいた。
さらに食糧とチェーンソーを橇に載せ、真っ白な雪原迷彩服に着替える。
そんなとき、斥候に出ていた者が戻り、敵の野営地を発見したという。
「カイさん、ボスが呼んでます」
俺は仲間たちと荷運びを終え、暖かいコーヒーを飲んでいたが、のんびりする暇はなさそうだ。
「わかった。ソフィア、悪いが俺のライフルを預かってくれ。さすがに武装して行くのは憚られる」
「オッケー。持ってるよ」
「すまんな。あとは頼んだ」
そう言って、呼びに来た茶髪でちょっとチャラそうな男に着いて行く。村中、ものものしい空気だ。
十にも満たない子供が、家族なのか、水平二連のショットガンを構えて父親らしき人に敬礼している光景すらある。
前世でも、こういう事態は世界中であったのだろうか……。
「……故郷が平穏無事であるよう祈るしかないな」
「おまえの村は街に近いんだろ? 治安はマシなんじゃねえのか」
「そうだけどさ、10人……今は8人になったけど、人口からすれば約1割近い。下は15歳、上は21歳。総力を出して来てるから、もし何かあればヤバいよ」
歴史上、1日に何万人も死ぬ戦闘は珍しくないけど、こんな小さな村で10人失うのは大ごとだ。
「ヤバいか……なら俺んとこは地獄だな。もう16人殺されたし、残った3人以外は皆男だ」
その口ぶりからは、女は守られてるよな的な雰囲気を感じるが、男同士だからわかる話でもある。
「そりゃ地獄だよ……」
「ああ。クソッタレどもに落とし前つけさせる。俺もダチを殺られたからな」
憎悪の歯車はガンガン回っている。
「なら、怖がるな。退くな。それだけ意識しろ」
「ん? なんだよそれ」
「戦いに負ける原則だ。どちらかに当てはまれば勝てない。覚えておけ」
話しているうちに集会所に到着。
「わかった。ボスが中で待ってる。……互いに生き残ったら、祝杯でもしようぜ」
「ああ、おまえらも、絶対生き残れよ」
二重扉の奥では、ボリュシュさんともう一人の女性が何枚かの紙を並べて話し合っている。
少し行儀は悪いが、扉の外でこっそり聞き耳を立てる。
「本当にやるの? 兄さんがやりたいこともわかるけど、守ってばかりじゃいけないの?」
「ああ、守りに徹してたらどんどん損害が増えるだけだ。偵察が見つかったとしても、すぐには攻めてこないだろう。やるなら今しかない」
「でも危ないよ! もしかしたら他所から助けが来るかもしれないじゃない!」
「来ないさ。いちばん近いホールムの村が破壊されて、わざわざ遠いオスト村が駆けつけてくれたんだ。もう期待できないだろう……」
まだ攻勢に出るかどうかで揉めてるのか。仕方ない、援護しよう。
「すみません、少し遅れました」
入っていって頭を下げる。
「カイくんか。いや、構わないよ。そっちの準備はどうだ?」
「はい。各員に二日分の糧秣と弾薬を120発ずつ。今は行軍まで休養させています。借りた橇には.375口径弾240発、7.62×51mm弾500発と、一日分の糧秣、野営用テントなどを積み込み済みです」
テント一張りで皆が寝られるわけじゃないが、一日だけの野営なら何とかなる。
「わかった。それじゃあ戦力の確認といこう。ミサ」
「はーい。まず、私の女子隊11人。全員ライフル持たせてるけど、銃を扱ったことあるのは6人しかいない。実際は虚仮威しみたいなもん。それに朝の戦闘で一人死んだから、あんまり士気は高くないよ」
防衛戦ならやる気も出るかもしれないが、外に攻めに行くのは不安だろう。
「男手の主力は25人ぐらい。村の半分以上を武装させて、銃の撃ち方を教えた。けど……勝てるかどうか。ほんとに総力戦だな」
この村の人口が100人ほどなら、36人も出すわけで3割以上の動員率。相当だ。
「うちのオスト村派遣隊は8人です。若いやつばっかりで練度は高くないけど、ライフルとナイフは全員持ってます」
「俺の隊がいちばん問題でな。ショットガンや拳銃、ライフルが混ざってる。300メートル離れたら散弾とか拳銃じゃ当たらんだろ」
男が困った顔をする。
「なら分けるしかないでしょうね」
「俺もそう思うが、分けても用兵? とかいうのがわからん。どう戦わせたらいいかわからん」
この辺りに、戦争映画や軍事マニュアルなんてあるわけじゃない。
「単純に考えて突撃歩兵にすればいいんですよ」
「突撃……!?」
「はい。散兵で撃つ部隊と、敵に肉薄して制圧する部隊。最終的には陣地を奪わないといけないでしょう」
敵が大砲や機関銃を持ってないなら、夜襲で一気に仕掛けるのが得策だ。ただ、同士撃ちが一番怖い。
「でも俺たちは数が劣るぞ」
「要は奇襲ですよ。夜闇に紛れて主力が攻撃を始めて、突撃部隊が背後から襲う。単純でしょ?」
本格的な連携は期待できないが、これならまだチャンスはある。
「やりたいことはわかるが、指揮を取る者が足りない。勇気あるやつほど先の戦いで死んでしまった」
「ああ、率先垂範ってやつですか……じゃあ、いっそ全員で突っ込みましょう」
「「はぁ?」」
二人が同時に驚く。
「戦術行動が無理なら、だらだらした消耗戦になっても仕方ない。ここは乾坤一擲、万歳突撃ですよ」
「……相手は火器が少ないとはいえ、無謀じゃないか?」
「それほどでも。軍事訓練を受けてない俺たちができることは限られてるんです」
嫌がらせに徹するなら散兵戦術もいいが、民兵にはハードルが高い。
「他の案としては、包囲して四六時中狙撃する手もある。敵が出てきたら決戦して撃滅とか」
「それも指揮が難しいだろう?」
「はい、訓練不足ですね」
二人でうーんと唸る。
「あれもダメ、これもダメじゃ困る」
「わかった。決断は俺がする。指揮官先頭……つまり、俺が突撃の先頭を切る」
まじかよ。そこを選ぶとは、ある意味すごい胆力だ。
「わかりました。じゃあ、最終準備に入ります」
「本気か!?」
「ああ、お前たちは一番後ろでいい。敵を叩き潰すのは俺たち男の仕事だ」
ついにカチコミを決めるわけだ。白兵戦はどうするんだろう? 解体ナイフを銃剣代わりに突撃……? 考えるだけで頭が痛いが、やるしかないらしい。
自分で焚きつけたとは言え、厄介な事になったなものだな。
花粉症の時期が来てしまった...ツライ。
更新は不定期になりますが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
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