第三十六話 寡頭政治
ルーロー市議会は、市中心部の市役所・市長邸に隣接して建つ、大きく堂々たる建物である。
かつて国家がこの惑星に投資していた時代に整備されたもので、用いられた鋼材ひとつ取っても無重力合金。現行の建築とは強度からして違う。地域の代表都市にふさわしく、立派で頑丈に造られたそれらは、今もなお役目を果たしている。百年を超え、いささか老朽化はあれど、わずかな補修で保たれているのは驚嘆に値する。
ここで行われる市議会は寡頭制的傾向が強く、各政党がなんだかんだと折り合いを付けながら回している。
その議会に設けられた小会議室で、一人の男が声を張り上げた。
「この虐殺を止めなければ! 人が人を殺すのが当たり前なんて、狂っている!!」
党首会議で叫ぶ男は、理想主義者と言われ敬遠されがちなボルゴノフ。禿げ上がった頭に小太りの体つきが特徴だ。彼は社会大衆党の党首で、ルーロー三合法政党のうち最も小さい勢力を率いている。
「ボルゴノフ君、気持ちは分かる。だが現実問題として、我々に打つ手がない。警察官すら戦列に加わっているんだぞ。誰が止められるというのかね?」
低く諭すのは、七三分けの実業家然とした男――最大政党・立憲民政党の党首、ズベズダフである。
「ゴミを、市の予算を使わず綺麗にできるのですから、私としては大変喜ばしく思いますが?」
最後に皮肉を投げたのは、民政党党首のメーメール女史だった。
スラム街での戦闘に関する協議が、市議会の本会議に先立ちこの三者会合となったのは、やはり規模の問題である。正確な数は不明だが、「数千人の浄化に成功」と過激派メディアは喧伝する。数百人なら議題に上がりもしなかったろう。それほどまでに、ハールス市の資源枯渇から始まった経済崩壊に伴う流民の流入と、昨冬から今冬にかけて続く餓死・凍死は“ありふれた”出来事になっていた。だが一日で千人単位ともなれば、感覚が麻痺しつつある彼らですら震撼する。
「これ以上、手をこまねいていれば取り返しがつかなくなる! 市場の食料も消費財も軒並み高騰し、冬が明けても予想より値下がらん。今からでも農地を拡大すべきだ」
吠えるボルゴノフは、これまでも生活物資確保のための開拓団編成や、辺境の未所属開拓村の取り込みと支援を訴え続けてきた。社会大衆党の支持層は辺境農民・郊外農家・労働者。生産拡大こそが解決策という立場である。市政が二次産業偏重だったことへの不満は根強く、近頃はどの派閥でも一次産業へのテコ入れを認める声が増えている。とはいえ、この帝国でもルーローでも一定額以上の納税者のみに投票権があり、税額で一票の重みが変わる制度ゆえ、議会内での影響力は小さいのが現実だった。
「供給の減少もありますが、根本は流民の大量流入でしょう。推計で市人口は一割以上増えています」
メーメール女史――民政党の支持は労働者の上澄みや店主など小ブルジョア層。とりわけ食品雑貨店の経営者は、流民による盗難・強盗の被害を受け、彼らの追放や直接的な排除に積極的だ。人口急増に伴う治安悪化と市場混乱が物価高騰を招いている、というのが彼女の論。買い手が増え、供給が増えなければ価格は上がる――市場の理屈である。
激しくやり合う二人をいなすのが、立憲民政党のズベズダフだ。資本家・経営者を主支持層とし、議会最大派閥。資金難の市政をなんとかやり繰りし、治安回復と生産力の回復・強化という、妥協的だが現実的な政策を進めている。
「落ち着いてくれ。今すぐ新規の開拓村は難しい。だが、賊に襲われて廃村になった村や占領下の村を、奪還・再建することには意義があるだろう」
「あぁ、生産の拡大こそ飢餓を越える道だ!」
「流民は一人でも減らすべきです。鉛弾は死体しか生まないが、家へ帰し、非効率でも家内制手工業で生産に復帰させる――妥協案としては悪くない。ただ、予算は?」
市の予算はとうに払底している。本来なら市債で賄うのが筋だが、この惑星の金融機構は帝国資本の撤退とともに崩壊し、機能していない。
「……予備費を潰すしかない」
三人だけの密室に、なんとも言えない沈黙が落ちた。ようやく捻出した予備費が、年初に消える。その重さを「思うところがない」と言い切れる者はいない。
「仕方ない。今が踏ん張り時だ」
「反対はしません。今対応しなければ、年末にはもっと酷くなるでしょう。ですが予備費ゼロの一年は――」
必要な支出ではある。だが緊急時に身動きが取れないのは、政治としてあまりに危うい。
「必要だ。占領された村を放置すれば治安はさらに悪化する。今春に村民を帰さなければ今年の収穫は望めない」
ズベズダフは実業家だが、農業にも多少の理解がある。隣町の工場視察の帰りに洪水で道路が寸断され、三日ほど辺境の農村で世話になった。その折の見聞が、偶然ながら今のルーロー市に役立っていた。
「あぁ、農業の観点では遅すぎるくらいだが……まだ辛うじて間に合う。こちらは義勇兵を募る。警察も動けば奪還はできる」
沈黙。奪還できても損害が問題だ。
「……二度目のスキッド作戦のようにならないことを祈ります」
昨年末のマルボ村奪還作戦では、警察に十七名の殉職者が出た。損耗は未だ補填できていない。警察学校は繰り上げ卒業が続き、本来なら落第する成績でも叩き上げて充員し、さらなる治安悪化に備えて規模拡大すら進めている。数的膨張と引き換えに質が落ちているのが実情で、ここでベテラン・中堅・新人のさらなる損失は許容し難い。
「装備の拡充は進めている。大砲の製造に目処が立ちそうだという報告もある」
「大砲、ですか?」
「時代錯誤……とは言い切れんが、うむ……」
ボルゴノフは渋面を作り、メーメール女史は眉をひそめた。
「資料が……これだ。試製三インチ野砲。警察はこれで賊の銃弾が届かない距離から攻撃し、降伏か殺害で損害を減らす――そういう目論見らしい」
メーメール女史は資料を繰り、さらに渋面を深くした。
「これは些か、警察の範疇を超えるのでは?」
「超えるだろう」
「だが、貧弱な装備で警察が死ぬか、強力な兵器で賊徒が死ぬかと問われれば、後者を選ぶのが我々の責務だ」
「では、村落の奪還作戦の承認を各自取りまとめてください。スキッド作戦同様、後方支援への志願者も募ります」
「分かった」
「分かりました」
斯くして、ルーロー市議会の裏側で決定は下された。最初のポグロムを起点に、長く途切れない内乱の始まりとされる。そして、主謀者なき内乱最初の「軍事行動」として記録される「春の目覚め作戦」が、この会議の二日後、議会で正式に承認された。
争いの歯車は回転数を上げ、惑星の混乱と混沌はさらに色濃くなっていく。
暑すぎて中の人が死んでますのでご容赦を。
更新は不定期ですが、気長にお付き合いいただけると幸いです。
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