第三十三話 ルビャネツク市内戦前編
ルビャネツク市、それは惑星開拓初期に建設されたテラフォーミングにおける中核都市である。
初期入植者十万ほどは何よりもレアメタルの採掘を主目的としていたが、この地は都合の良いことにそれらと同時に鉄資源を産出した。
鉄資源とは耐久消費財の原料になり得、様々な道具に拘らずありとあらゆる物に使われた。
橋を架ければ鉄骨に、ボルトに、家を建てれば鉄筋に芯地にと、挙げればきりがないほどに使う重要物資である。
それを採掘し、精錬し、周辺地域に供給し、貧鉱というほど含有率も悪くなく、有望な鉱床というにはやや見劣りするレアメタルを採掘するのもまた彼等の仕事であった。
ただ他に有望な鉱床が発見され、惑星そのものが見放されると共にこの都市からも資本が撤退し、他の惑星に引き上げられ、貧しい――言い方は悪いが教育もあまり受けていない、能力的に取るに足らない人々ばかりが残された。
もっとも、すべてのいわゆるテクノクラート、知識人が惑星を見捨てたわけでもなく、一部はこの地を第二の故郷として惑星の開拓を彼等なりに進めた。
初期における彼等は指導者たちとして深い尊敬と敬意を持たれ、彼等もそれに応えるように惑星開発に深く貢献した。
だが世代を重ねると、彼等の地位は特権階級と化し、ルビャネツク市では 68% の財産を 4% の資産階級が所有し、69% の無産市民が 18% の財産を所有し、残りがわずかな中産階級という極めて極端な富の偏在となるまで広がってしまった。
そしてこの事態に拍車を掛けたのが周辺からの流民と、それに伴うルーロー市同様のスラムの拡大であった。
結果として治安が悪化し、それに対処するために武装警察、準軍事組織のルビャネツク警備隊が治安維持に注力していた。
彼等はスラム住人や強盗との絶えない戦闘と不便な生活の代償として、早い出世と高い給金が与えられていた。
そんな彼らは右翼的で軍国主義的な性格を持つ者が多く、彼等は無力な市政に対して強い不満を抱いていた。
特にルビャネツク警備隊は労働者ストライキと衝突する事もしばしばで、暴力的な行為が繰り返され、死者も発生していた。
嘗てのテクノクラートたちは既に墓碑の下に眠り、今いる彼等は搾取と収奪を行う支配者に成り下がっていた。
そこに嘗ての矜持はなく、己の利益を求め安い労働力を命を啜る資本家のそれであった。
そして彼等は忘れていた、弾圧を直接的に行う彼等もまた同じく無産市民であるということを。
帝国暦 3292 年
テクノクラートたちによる開発独裁により、実質的に富裕者投票となった市議会は、共産党によるゼネラルストライキの動きを認識していた。
議会では戒厳令が採択され、同日布告され、警察と警備隊による戒厳令司令部の統制下に置かれた。
戒厳令司令部は高圧的に武力を用い、共産党は計画を前倒ししてゼネストを実行した。
準備不十分であった共産党だが、ルビャネツク・ゼネラルストライキ闘争は取り込めていない労働者たちにも拡大し、参加する労働者が日に日に増大していった。
市政府は資産階級の者やその代弁者がほとんどで、彼等はこれらストライキを暴力によって鎮圧することを是認した。
その戒厳令下、武装警察のマリトノフがクーデターを起こし、市議会はこれを是認、議会承認の下で独裁軍事政権が樹立された。
議会は暴力組織に一時的に政権を渡し、強力な力で労働者をひねり潰し、しかる後にその席を降りてもらうという密約が交わされた結果であったとされる。
いずれにしても警察は無制限ガス作戦を実行、緑剤と呼ばれるクロロアセトフェノンを大量投入し労働者を弾圧する一方、警察の人員を拡充していった。
彼等はグレネードランチャーから一発 100 g 程度の催涙弾を投射する一方、81 mm 迫撃砲から一発 840 g の催涙弾を投射した。
一番大きな例では、航空機にドラム缶を改造した航空爆弾を投下した制圧作戦が行われた。
これは共産党本部となった鉄道工場に、一発 180 kg のクロロアセトフェノンを同地に四つ散布した。
さらに有力な敵がいると考えられた西工業区には赤剤、ジフェニルクロロアルシンが風上より散布され、鉄道工場を含む風下の工業地域をまとめて攻撃した。
さらに自動貨車に乗せられた迫撃砲からの補助砲撃も加わり、鉄道工場一帯は薄灰色の霧が立ちこめ、防毒マスクを持たない者の一部は窒息死するほどの攻撃により共産党本部は破壊され、首謀者であったバリドフは抵抗したため部下と共に射殺された。
これを実行したのは警備隊精鋭部隊で、メリア率いる突撃隊であった。
その強力な弾圧により共産党は打撃を受け、帝国暦 3293 年 4 月には労働者運動が沈静化したが、マリトノフは政権を維持した。
共産党を禁止し、その幹部を徹底的に粛清し共産党組織の徹底的な破壊を目論んだが、彼等は地下に潜り完全な破壊には至らなかった。
マリトノフ政権下では戒厳令が維持され、強力な警察力による統治により治安は回復され、統制経済が施行され食料供給などが配給切符制に統制された結果物品不足はやや緩和された。
ただそれも 3296 年不況が始まると財政破綻し、同年の 6 月にマリトノフは辞任した。
警察と警備隊はマリトノフ以外の者を使って政権を何とか維持しようとしたが、不況と今までの圧政で不満を抱えていた市民を抑えきれなかった。
その最中、選挙を行うべきとの運動が広がり、与党のルビャネツク市民党と軍政党の間で話し合いがもたれ、警察・警備隊の中でも比較的穏健派の人物を市長に臨時に据えて選挙を行うことが決定された。
その結果、警備隊内で穏健派として知られる、警備隊郊外東区長のアイシアが半ば強引に市長の座に押し上げられることになった。
市の歴史上初の女性市長アイシアの下、公開の全市民に投票権のある議会選挙が行われた。
彼女としては大変不本意であったが、嫌々にせよ引き受けた仕事はきっちりこなす性分が幸いし、選挙管理政権として何とか市中の混乱を収めた。
これは今後の市政をどうするかを決定する重要な選挙となった。
郊外や農村地区では軍事政権が支持された一方、ルビャネツク市内の労働者たちは民主制を圧倒的に支持し、ルビャネツク市民党 32 議席、軍政党が 26 議席、市民社会民主主義労働者党が 13 議席、共産党 12 議席となった。
市民党は単独で過半数とはならず、社会民主主義労働者党との連立政権を組むこととなった。
彼らは共同で、市議会はあらゆる種類の労働者の民主主義的な政治を行うと宣言した。
軍事政権から市民党と社会民主主義者の連立に移ったことで労働運動が再燃した。
末端の者たちは共産党と共同して市内の電話労働者や郵便局労働者、他にも幾つかの工場で勝手にストライキを行ってしまう“7月事件”が発生。
これが多くの市民――特に連立を画策していた市民党の反感を買い、支持を落とす結果となり、成立して翌月には連立政権は崩壊することになる。
市民党は社会民主党と共産党の反対を押しのけて、かねてより出動許可を求めていた武装警察に出動許可を出した。
電話と郵便の不通は市経済に打撃を与えており、ストライキを解散させ電話回線だけでも早急に復旧させよ、といったニュアンスであったが、労働者たちが武器を持って応戦したことを理由に武装警察が武力で制圧してしまった。
この武力弾圧を問題とする市民より、平和的に諸問題を解決しようとする第一歩を踏み出したにもかかわらずストライキを行う労働運動を問題とする市民が過半数であった。
鎮圧部隊指揮官はメリア女史であり、彼女は部隊指揮官でありながら適切な政治的感覚を持ち合わせていた。
1日半は政治的要因で動けず、半日の交渉を経て翌日制圧と、十分に降伏するなりする時間を与えた、という理由を積み上げ、市民が納得できるよう世論操作すら行ってみせた。
ストライキを実行した彼等は統制が全く取れておらず、組織がズタズタに破壊された弾圧の影響と共産党員たちは考えたが、市民からすればただの暴走である。
彼等は警備隊と警察の合同部隊により鎮圧された。
市民党は軍政党との連立政権となった結果、再びアイシアが軍政党と市民党の橋渡し役として政治世界に復帰することが求められた。
ただ彼女は既に警備隊から移籍し、一人の巡査として郊外で新しいキャリアを進めていた。
当初は断固拒否の姿勢を示していたアイシアだったが、ルビャネツク警察のトップに手を回され、ブチ切れてルビャネツク市からの移住を考え、実際に準備していたところを札束による懐柔と弟家族を実質的人質に取られる脅迫で、嫌々橋渡し役となることを了承した。
(余談だが、彼女は無産市民の中でもスラム出身ということもあり下級市民からの受けが良い。一方、上層部からはその反骨精神ゆえ忌避されていたが、一部上層部はそんな彼女を高く評価している。実際、彼女が管轄していた郊外東地区は警備隊の大きな支持基盤となっている)
市民党と軍政党の連立政権は最初から内部不和を抱えていた。
まず権威主義者と民主主義者という主義主張の違いがあった。
それでもアイシアの頭痛と苦悩の結果、警察の縮小を取り止め、対価として市民党の大方針である資産分配を推し進めることに合意した。
この“ミュゲ合意”により累進課税法が推し進められることとなった。
ただこれは軍政党にとっては両刃の剣であり、軍政党の支持基盤たる資産階級を敵に回す行為でもあった。
軍政党自身もそれを理解していたが、警察や警備隊といっても実際に現場で血を流す者のほとんどは無産市民出身であり、何より市民党との橋渡しをしているのが無産市民出身のアイシアであった。
しかし彼女に従う部下達は着実にクーデターの準備を進めていた。彼女の意思とは関係なくメリア女史は彼女を担ぎ上げるつもりであった。
その最中、弾圧政策で肥大化していた警備隊と武装警察の縮小が行われ、東西南北の四つの郊外地区と市内の八つに分割されていた地区を、郊外三地区・市内五地区に再編し人員を削減、呼集されていた予備警備隊員を復員させた。
こうした警察・警備隊改革はあまり改革に寄与せず、むしろ叩き上げが割を食ってしまい、資産階級の発言力が増大してしまい、両者の不満を高めてしまった。
その最中、極右派の資産階級寄り武装警察隊が再びクーデターを起こすも失敗に終わった。
これに焦った市民党市長バールは、民主主義者と信頼関係に亀裂の入っている社会民主主義者からの支持を速やかに確固たるものにしたいと考え、一般市民の減税と、いわゆる上級市民への締め付けを行い始めた。
その最中、右派の多い警備兵と警察の突き上げ、そして財政問題と市民の確固たる支持を得たい市民党の板挟みにされ揉みくちゃにされていたアイシアが過労と心労で倒れると、彼女の支持基盤だった――特に郊外東地区の農民と警備隊が急速に急進化し始める。
増税と減税が繰り返され混乱し、様々な政策は既に疲弊していた行政ではさばききれず有効な政策とならず、市民は失望し支持を失ってきていた。
それに追い打ちをかけるように共産党と警察の衝突に市民が巻き込まれる事件が発生。
業を煮やした社会主義者の一部が急進化し始め、市民党を支持していた市民も市民党を批判し始めた。
これらの責任を取ってバールは辞職、政府は崩れ、再び選挙……とはならなかった。
軍政党は再び蜂起し、親アイシア派の市民軍政党と資産階級寄りの正統派軍政党に分裂し、市民党の失政で再び支持を得ていた共産党もそれに応じて労働者を糾合してコミューンとして蜂起した。
市民党は市民戦線として中央議会などを堅守、社会民主主義者たちは防衛隊として蜂起。
ルビャネツクは完全な内戦状態に陥った。
アイシア派軍政党は都市の東と北郊外地区農民と東側の一部居住区を支持基盤として固執し、正統派軍政党は富豪の住む都市南部を占領、市民党は市中央部を支配地域とした。
コミューンは都市西側の工業地帯と北側の安価なアパートなどが並ぶ地区を支配し、社会主義者は西側の郊外地区を支配した。
各勢力は武装化を進め、武力衝突は秒読みとなった。
政治的思想って難しいです、添削前だといろいろなマニフェストが入り乱れ、それぞれを押すメディアによる情報戦などを混ぜすぎて、一回読んだだけでは全く理解できない産物、と言われてかなりいろいろそぎ落としてかなりさっぱりまとめたつもりです。
それでも圧縮しきれずに二話編成になりましたが...ルビャネツク内戦だけで一つの物語を書きたくなり、実際書いてました。
ただあまりにも脱線しすぎるので本編では圧縮します、この本能に従って物語を書く癖はもう治りそうにありませんね...。
今日中に後編の添削は...多分終わらないデス、ゴメンネ。
更新は不定期ですが、気長にお付き合いいただけると幸いです。
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