第二十一話 晴れ時々頭痛
無事に一匹のカリブーが売れたところで、ソフィアとナージャさんの茶飲み話に付き合っていた。
「そういえば治安の悪化も底を打ったのかしらね? 最近はあんまり何かを盗られたって聞かない気がするわ」
あんまり、というだけで、まったくないわけではないんだな……。
「多分、極夜のせいじゃないですか? それに冬の寒さも今頃がピークですし、中途半端に生き残ってた食い詰めた人たちが死んだんだと思います」
うーん、確かにハールス市からの流民が治安悪化につながっていたのは間違いない事実なんだろうけど、ソフィアはもう少しオブラートに包んでくれ……。
「……雪が溶けたら変な病気が流行したら困るわねぇ」
確かにそうだと思うよ。死体って強力な感染源だからね……うん……。
僕は、そんな物騒な話題を茶飲み話にする二人に、ちょっと引き気味になっている。
「雪解け後はしばらくどこの町にも行かない方がいいんだろうな。冬の間に溜まった買い物を皆したいだろうけど、我慢してもらうよう説得したいと思います」
特に燃料。飛行機のケロシンにせよガソリンにせよ、自給できないからな。
「そうね、しばらく控えてもらうのが賢明だと私も思うわ」
「そういえば二人は、何を買いに来たのかしら?」
「先ずは浅井油化産業の工場直売店に行ってガソリンを買いたいですね。あとは少し武器類が欲しいかな」
浅井の人造石油がこの辺じゃ安いし、直売店のは混ぜものも少なくて良い。武器はまあ必要に応じてって感じだな。
「最近は浅井油化も値上がりして、安くはないわよ。万能車なら古鷹石油のE-85を入れるのが一番安いと思うわ」
E-85な……。一応、俺の相棒はフレックス燃料車だから動くことは動くが、燃費が悪くなるんだよなぁ。
もともとエネルギーも普通のガソリンの70%ぐらいしかないし。正直E-85はあまり好きじゃない。それに最大の問題はそこじゃない。
「俺たちは狩りをしている時、車庫がないのでE-85は凍るから使えないですよ」
そう、凍るのだ。厳密に言うとゲル化して、エンジンとかに詰まって動かなくなる。
「一応ウィンターブレンドになってるみたいで、私は使ってるけど凍ったことはないわよ?」
そりゃ一応対策はされてるんだろうが……。
「うーん……」
保守的と言われるかもしれないが、やはり冬にE-85を入れるのは怖い。
「もう一匹のカリブーが売れてから考えたら?」
ソフィアの言うとおり、まず金の都合をつけてから考えるか。
「そうよ。それにソフィアちゃんにも最低限、拳銃は持たせた方がいいわよ。さすがにライフルは顰蹙を買うわよ」
拳銃……。狩りには使い道がないんだけどな。
「拳銃っていくらぐらいするんですか?」
「うーん、最近だと中古なら100キャット以下。でも私の使ってるレデントの安い拳銃なら、新品で150キャットぐらいよ」
「安くない? 昔、カイが欲しいって言ってたリボルバーって500キャットぐらいしなかった?」
「あれは.357マグナム弾を使うリボルバーだったからな。9×19mmとは火薬の量も弾頭重量も違うから」
熊には少し威力不足らしいが、クズリあたりには十分だ。
「狩人さん達なら、そういう武器の方が良いかもしれないわねぇ」
その辺は、銃砲店に行ってからのお楽しみだな。
そんな和やかとも言い難い雑談をしていると、玄関──というか舍の出入り口の方から物音が聞こえてきた。
「あら、メネが帰ってきたみたいね」
ここの一番下の末娘さん。一言で言うなら「騒がしい」……元気な娘さんだ。
「ただいま! やっぱりカイさんだ! お久~!!」
手に持っていた防寒具をポイッと投げ捨てて突撃してくる、金髪でちびっこい小娘がメネ。
「お久しぶり。相変わらず元気そうだな」
「コラ、メネ! 服を投げない!」
くりっとした碧眼が一瞬だけナージャさんを見たけど、すぐに知らんぷり。なんともじゃじゃ馬なことだ。
「えぇ~、いいじゃない。それであのカリブーが今日の晩ご飯? あれをカイさんが仕留めたの? 絶対美味しいよね!!」
早口だな、おい。俺はそんな電撃戦みたいなノリについていけん。
素早く座ってる俺の腕を掴む流れとか、かなり手慣れてるし……どんだけ慣れてるんだよ……。
「あれは私が仕留めたカリブーです。それに離れなさい! カイは私のです!!」
ソフィアがキレてる。瞬間湯沸かし器じゃないんだから、落ち着け……。
「ソフィアさんはまだ結婚してないでしょ。つまりカイさんはフリー! だから腕組んでも問題ないもん」
いや、何というか……凄い理屈だな……。
「メネ! その辺にしなさい。もうじき本当に二人は結婚するんだから」
やっと怒られて手を放し、離れてくれた。
「むぅ……やっぱりそうなんだぁ。私には誰もいないだぁ」
投げ捨てた防寒具を回収すると、走って奥に消えていった。
それにしても、情緒の振れ幅が0と1ってのはどうにかならんかね?
「いつも元気だけど……今日は一段と嵐のような感じだったわね……」
あまりにも奔放すぎて、思わず漏らした感想。
「ごめんなさいね。あの子、末っ子だから私が可愛がりすぎたのもあるし、言い合い相手がいなくてねぇ」
なるほど。わりとよく聞く話だけど、実際はどうなんだろうな?
「村でもよく聞きますけど、やっぱり難しいものなんですか?」
俺はその手のことで悩んだことがないから、この世界の基準がよくわからん。
「難しいわねぇ。家格がある程度釣り合っていないと困るし、嫁入り道具を揃えたりするのも大変よ?」
嫁入り道具、か。布支度とか?
そういえば前世で、祖母の家の箪笥は嫁入り道具だと聞いたことがあるな。ああいう類のものなんだろうか。
「結納金の女の子側とか……嫁入り道具って、具体的には何なんです?」
「いろいろあるわね。刺繍の入った服とか鏡とか、日用品もいろいろ……。最近は物騒だから、拳銃なんかも嫁入り道具で持たせることが多いみたいよ」
新婚生活一式セット、と理解しておけばいいのか。多分そんな感じだろう。
「なんだか物騒ですね……とはいえ、俺たちも何らかのライフルを買ってもらえそうですし、人のことは言えませんね」
小さな戦争をした身としては何とも言えん。
「最近は嫁さんと喧嘩するにも、死ぬ覚悟が要るってわけだな」
二人はそれぞれ苦笑いをした。
何とも言えないオチがついたところで、ナージャさんが立ち上がる。
「私はそろそろ夕食の準備をするわ」
それが解散の合図となった。
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俺たちはいったん自室に戻って一息つく。
板窓には、普段の板窓の上にもう一枚板がはめ込まれており、開かないようにされている。
電気は通っているが、さすがにセントラルヒーティングはないから少し肌寒い。
俺はすぐに部屋の壁際に置いてあったセラミックヒーターの電源を入れた。
セラミックヒーターだけで都会を連想する自分が、なんだか切ない……。
俺が何も言う前に、ソフィアは手際よく少ない荷を解き始める。言葉がなくても次の行動がわかり合えるのは、なかなかいいもんだ。
手早く荷を解いて並べておく。
「何とも頼りないな」
ホルスターから取り出したマーチンを見つめながら、思わず独り言が漏れる。
「頼りない?」
「ああ、頼りない。ここから先、携行するのはこの拳銃だけだからな」
普段なら気にしないけど、さっきの話を聞いたあとなので本当に心許ない。
「私も拳銃が欲しいなぁ」
「大丈夫、今回の稼ぎは山分けだし、それで.44マグナムでも買えばいいと思うぞ」
街だと明らかに過剰だけど、外なら森林狼にも、グスリにも、熊にも使える理想的な護身銃だ。
ただし、それなりに重い。弾込みで多分1.7kgぐらい。俺のマーチンは全部合わせても1kgぐらいだから、700gの差は携行には大きい。
街用なら9×19mmや9×18mmがいいと俺は思うが、最終的にはソフィアの好みだろう。
「確か.357マグナムは熊には威力不足なのよね?」
「そうだな。あと、でかい個体ならグスリ相手にも厳しいかもしれん」
もちろん急所をぶち抜けば関係ないんだが、骨と肉に阻まれそうだ。
「じゃあ、対人用と割り切って9mmか、小型を狙うのに.22LRのマーチンみたいな銃でもいい?」
確かにマーチンという選択肢を忘れてたな。
「そうだな。ただショットガンがメインウェポンだし、.22LRは用途がかぶるところもある。でも対人や小型動物用と考えるなら悪くはないかも」
弾が小さいから対人には微妙だが、威嚇には十分だろう。
そんな取り留めのない雑談をしていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、えらくしおしおになっているメナちゃんだった。
「御夕食の準備ができましたので、食堂までお越しください」
あまりにも似合わない楚々とした態度で、彼女は部屋を出て行った。
「何か違和感がすごいな」
「ええ、あそこまで元気がないメナちゃんは、私も初めて見ました」
しなびた菜っ葉みたいになってる相手に追い打ちをかけるほど、俺たちは鬼じゃない。
「ああやって大人しければ、可愛い普通の女の子って感じなのに、すぐ相手が見つかりそうなもんだけどな」
まあ、世の中なかなかうまくはいかないもんだろう。
二人で階段を下り、食堂へ向かう。そこではナージャさんの旦那さん、ユウトさんがドスンと椅子に腰を下ろして待っていた。
「カイ、お前もやっと結婚するんだってな」
少し白髪の混ざり始めたその頭。
「はい、ソフィアと正式に結婚しようかと思っています」
“結婚してくれ!”的な儀式をやったわけじゃないし、アールカノ帝国だと肉体関係=結婚みたいな価値観もあるしで、イマイチ実感がない。
「うむ。お前たちは互いをよく分かっているようだし、良い夫婦になるだろう」
そう言ってもらえるのはありがたいが、何で今日はやけに偉そうなんだ……?
「ありがとうございます。これからも二人で支え合って生きていこうと思います」
ソフィアがにこやかに答える。雰囲気からして超ご機嫌だ。
ただ、メナちゃんは面白くなさそう。彼女としては珍しく、“能面のような”という言葉がピッタリの表情をしている。
ソフィアとユウトさんが話している横で、俺はメナちゃんをそれとなく観察していた。
じろじろ見るわけじゃなく、視界の端に入れている感じだ。
彼女は面白くなさそうというか、寂しそうというか……何とも読めない表情だな。
あの天真爛漫な明るさも、実は現実から逃げるための振る舞いなのかもしれない。
結婚が早い世界で、誰もいないまま周りが結婚していく。取り残されていく焦りを感じても不思議じゃない。
ため息が出そうになるのを堪えて、ユウトさんとナージャさんとの和やかな雑談に移る。
メナちゃん、強く生きろよ。人生何があるか分からないし、何とかなるもんだと思うからさ。
表向きは和やかで、実際ちょっとした宴会みたいな楽しい夕食だったが、その内情は必ずしも晴れやかとはいかなかった。
ください。
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