第二話 熱源
んんむ……。
朝か。寝ぼけまなこをこすりながら毛皮布団から抜け出そうとすると、ヘルミがすっぽり潜り込んでいた。
相変わらず甘えん坊だな。
起こさないようにゆっくりと布団から抜け出し、姉さんが作ってくれた弾とライフルを抱えて部屋を出る。
「おはよう、起きたのね」
「おはよう。朝ご飯は?」
「パンと、昨日狩ってきてくれたカリブーのお肉よ」
まあ、いつもどおりの朝食だな。
「一つお願いしていい?」
「内容によるけど?」
魚でも獲ってこいと頼まれるのかと思ったが、この時期の川は凍っている。正直、釣りは厳しい。
「今年は寒くて、予定より早く薪をたくさん使ってるの。足りなくなる前に取ってきて欲しいのよ」
ああ、昨日もそんな話をしていたっけ。
「わかった。どれくらい必要なんだ?」
「できるだけたくさん。まだ冬は半ばにもなってないのに、もう半分近く使ってるのよ。もっと寒くなったらカイだって外に出られないでしょう?」
天候次第では確かに無理が効かなくなる。
「了解。じゃあチェーンソーを借りて、今日のガソリン代は家計から落としてくれよ。頼まれ仕事だし、経費は払ってもらわないとな」
普段の狩りは趣味兼実益だから、獲物があれば母さんがある程度補助はしてくれる。けれど基本は自力で稼ぐのがルールだ。近所の商店に肉を卸したり、毛皮を売ったりしてなんとかやっている。
「わかってます。スノーモービルとチェーンソー用に倉庫の20リットル缶を丸ごとあげるから、それで目いっぱい薪を取ってきてちょうだい」
「おう、ありがとう。朝飯を平らげたらすぐ行くよ」
「……おにぃちゃん」
寝ぼけていたヘルミが、後ろからひょっこり顔を出す。どうやら起こしてしまったようだ。
「おはよう」
「……おはよう。今日も朝から出かけるの?」
さっきは“おにぃちゃん”って呼んだのに、すぐ“おにぃ”に戻るあたりがなんとも微妙な年頃らしい。
「ああ。冬場の薪不足は死活問題だし、今のうちにがっつり取ってこないと」
「私も手伝う」
「いや、さすがに冬の山仕事は危ないだろ。チェーンソーも糸鋸も使えないし、銃だって撃てないじゃないか。ボーイスカウトに行って、野外活動に慣れてからでいいよ」
「それでも、少し練習しておきたいの」
子供には難易度が高いんだけどな……と考えていると、母さんの方から声が飛んできた。
「まあ、別にいいじゃない。今回は狩猟じゃなくて木こり目的だし」
母公認となってしまったので、俺もそれ以上否定できない。
「はあ……。じゃあ、いつもより多めに飯を食っとけ。エネルギーがないと凍死するぞ」
「はーい!」
さっきまで寝ぼけていたのが嘘のように、勢いよく台所へ駆けていくヘルミ。元気なのは何よりだけど、冬山はそんなに甘くないんだがな……。
「ちょっとおいで」
母さんに促され、玄関のほうへ向かう。
「ヘルミと結婚する気はあるの?」
突然の質問に思わず変な声が出そうになる。ここアールカノ帝国では近親婚も珍しくないらしいけど。
「いや、今のところはないけど?」
「そう。わかったわ」
それだけ言うと、母さんは台所へ戻っていった。一体なんだったんだろう。まあ、俺もそろそろ二十歳だし、将来について考える時期ではあるのかもな。村の皆からは「幼なじみのソフィアとそのうち一緒になるんだろ?」なんて勝手に囁かれているけど……母さんはどう思ってるんだろう。
いつも通りの朝食を済ませ、防寒着を着込みながらポケットに弾を詰める。
本来なら弾薬盒を装備すべきだけど、今日は木こりがメインなので、ごついベルトは邪魔だ。ポケットに入れておけば十分だろう。
ヘルミも、ぬくぬくの防寒着に包まれて出てきた。モコモコに着ぶくれしていて、フードのファーがまた子供っぽくて可愛い。あの重装備じゃ動きにくそうだが……本人はやる気満々らしい。
「よし、じゃあ出発するぞ」
スノーモービルの後ろに重たい大橇を繋ぎ、ロープやチェーンソーを積み込む。家に薪を運ぶにはこのスタイルがいちばん効率的だ。
「ライフルは背負っておいてくれ」
「はい!」
ヘルミは俺の背中に抱きつくようにしてスノーモービルに乗る。こいつがもう少し年上だったら、胸が当たったりして……なんて馬鹿なことを考えながら、スロットルを回した。
村を抜け、いつもの道を進んで凍ったアムト川へ出る。川の上を滑るように走り、さらに遠方へ。川岸の針葉樹は防風林として重要なので切れない。乾燥した枯れ木を見つけるには、もう少し奥まで行く必要がある。
しばらく走って林の近くへ出たとき、視界の端に何かの影がよぎった。
「……あれは?」
一旦スノーモービルを止め、エンジンを切って望遠鏡(双眼鏡)を覗く。
「カリブーだ。それも大きな雄がいる」
出発してまだ間もないのに、運がいい。ヘルミからライフルを受け取り、獲物に気づかれないよう少しずつ近づいていく。
「ここで待て。もし熊とか出てきたら大声で叫べ。絶対に慌てて動かず、声を出すんだぞ」
「うん、わかった」
ヘルミを少し後方に待機させて、さらに距離を詰める。300メートルあたりまで来たが、これ以上は接近しづらい。近くの木に銃を当てて、しっかりと狙いを定める。
風は弱い横風。おそらく距離は320メートルほど。胴体の上のほうを狙ってトリガーを引く。
――ダン。
着弾を確認しようと裸眼に切り替えた瞬間、ちょうどカリブーが横に倒れるところだった。
「よし!」
小さくガッツポーズする俺。
「ヘルミ、こっちへ来い!」
手を振って合図すると、ヘルミが小走りで近づいてくる。
「仕留めたの?」
「ああ、ワンショットワンキルだ。早速確認しに行こう」
二人で近づくと、見事に仕留められたカリブーが横たわっていた。かなり大きい。
「でかいなあ……。これだけのサイズ、そうそう出会えないぞ」
俺は内心大喜びだが、ヘルミは初めて間近で見る獲物に少しビビっているようだ。
「おにぃはいつもこんな風に稼いでたんだね」
「まあな。これでガソリン代や弾代を稼がないといけないからな。まずはスノーモービルを回収してくる。ヘルミも一緒に戻るぞ」
さすがに橇を牽引したままのスノーモービルを、子供ひとりで扱わせるのは危険だ。
「私もスノーモービルの運転、練習してみたいな」
「まあ、薪取りが終わって時間が余ったらな」
好奇心に火をつけてしまったかもしれない。子供用の免許なんてこの辺にはないけど、危なくないように教えてやらないと。
カリブーを一度家に持ち帰り、解体と肉の仕分けを終えてから、改めて薪を取りに戻る。
家に戻ると、庭に人だかりができていた。どうやら母さんが近所の人たちと物々交換を始めているらしい。
「すまん、通してくれ~」
「おお、カイが帰ってきたぞ。道を空けてやれ」
「おお、薪を持ってきたのか。偉いねぇ」
馴染みのオジサンたちが気を利かせてくれ、おかげでスムーズに庭へ入れた。
「薪かあ……うちも欲しいんだよね。交換してくれる?」
「そうそう。男手がいない家は冬場きつくてさ。ね、カイ君?」
ご近所のおばあちゃんたちも寄ってきた。
「まだまだ切りに行くつもりだから、何があるのか見せてくれれば考えるよ」
「じゃあ、橇半分の薪と25キャットの交換でどう? ちょっとはずんだ値段よ」
冬は燃料や食糧の値も上がるし、1kgあたり1キャットなら悪くないレートだ。アールカノ帝国の相場はよくわからないが、この辺の自販機では1キャットでジュースが買えるらしい。日本円で120~150円くらいか?
「わかった。じゃあ何往復かしてくるから、欲しい人は母さんに声をかけといてくれ」
「助かるわ~。みんな待ってるからよろしくね」
なんだかんだ言って、今日はかなり稼げそうだ。
三往復もすると、ヘルミのほうもやや疲れ気味のようだ。それでも一生懸命手伝ってくれるのは偉い。
「おにぃ、すごいよね。毎日こんなに働いてるの?」
「毎日じゃないさ。天気のいい日限定だよ。吹雪の日に無理はできないし」
「それでも十分すごいよ。私だったら一往復でギブアップしそう」
純粋に褒められると、こっちが照れくさい。
「まあ、稼げるしな。暇してても仕方ないから、働いた分で燃料なり装備なりを買って、どんどん快適に過ごせるようにしないと」
「うん。私も少しずつ力になれたらいいな」
予想外に真っ直ぐな返事が返ってきて、思わず笑ってしまう。
「ところでヘルミ、今回手伝ってくれた分は何が欲しいんだ? 金でもいいが、家の近所じゃあまり使い道ないだろ」
「うん……それより、スノーモービルの乗り方を教えてほしい!」
そこで両手を合わせて首をかしげる妹。どこでそんな仕草を覚えた。
「わかったわかった、練習くらいならな」
なんとも言えない気持ちで妹の頭をぽんぽんと撫でながら、ラスト一往復分の気合いを入れる。冬はまだ半ばだ。稼げるうちに稼がないとな。
「よし、最後の往復、ぱぱっと終わらせようか」
「おっけー!」
ヘルミの元気な声が、冬の澄んだ空気に小気味よく響き渡った。
更新は不定期となると思いますので、気長に待っていただけると幸いです。
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