霊樹の森と森実家
「アイツは五十五年ほど前に霊樹の森にやってきて、いつの間にかここに住み着いたんですよ。図々しいやつです」
ホムラさんは銀ちゃんさんの事が気に入らないみたいです。
「でも、銀ちゃんはすっごく強いんだよ。よく分からないけど本気を出せば『あめりかぐん』とも戦えるって言ってたもん!」
――ア、アメリカ軍!?
「いくら強くたって、結界の中じゃ意味ないですよ」
「だからさっきからアタシが、そう言ってるんじゃないか!」
私の右肩から左肩へ鋭いツッコミが入ったその時、銀ちゃんさんの事が気になって仕方がない私の耳に、静かに話しかける声がしました。
「ぬしが、森実家の花華じゃな」
ジジ様です。
「は、はい。あの、ジジ様はどうして私の事を知ってるんですか?」
「この子が教えてくれたんじゃよ」
そう言って、差し出されたジジ様の手の上にはミナモがいます。
「キュッ」
私の頭の上でミナモが鳴きます。
「キュ」
「「「キュ、キュ、キュ」」」
ジジ様の手の上のミナモが返事をするように鳴いたかと思うと、その後ろからいくつもの鳴き声が一斉に聞こえてきました。
よく見ると、木の枝にたくさんのミナモがいるのが分かります。
私が手を振ると、一斉にしっぽを振り返してくれました。
「ジジ様、はなちゃんを家に帰してあげて」
ハヅキさんが、言いました。
「すまないが、儂にはどうする事もできん」
「え、どうして!?」
「霊樹の森と外界との境界がもうずっと不安定なんじゃ。むしろ花華が此処にいる事が不思議なぐらいじゃよ」
「で、でも……」
「花華自身の足で出て行くことが出来ないのなら、それが全てじゃ」
…………。
「あ! そうだ、銀ちゃんは!? 銀ちゃんなら何とか出来るでしょ!!」
ハヅキさんの言葉で、私は銀ちゃんさんの顔を見ます。
「私ニモ、ソレハ出来ナイ」
銀ちゃんさんには口が無いのに、何故か声が聞こえてきました。
「でも、銀ちゃんは自由に森を出入り出来るんじゃ……」
「私ハ特別ダ、私以外ヲ連レ出スコトハ出来ナイ」
「だけど……」
ハヅキさんが私を見ます。
「……ごめんね、力になってあげられなくて」
肩を落とし謝るハヅキさんに、私はお礼を言います。
「謝らないでください、ハヅキさんは私のために一生懸命になってくれました。ありがとうございます」
ハヅキさんんは何も悪くありません。
「ハヅキさんがいてくれて心強いです」
ハヅキさんんがいなかったらとても耐えられません。
「花華、悪いんだがそのすいかをジジイに見せてやってくれないかい?」
私たちの様子を黙って見ていたババ様が言いました。
「ババ様、こんな時に何言ってるの!」
私のために怒ってくれたハヅキさんです。
「すいかが一体何だって言うんですか」
私の言葉も少し荒くなってしまいました。
「森実の者がこの森に持ち込んだものには、結界樹の奇跡が起こることがあるんじゃ」
ジジ様が口を開きます。奇跡と言うのはあの光の事でしょうか?
「どうして、森実家なんですか?」
「森実の人間が初めてこの森に迷い込んできたのは、四百年ほど前じゃった……」
ジジ様が、静かに語り始めました。
「その時にその男が持っていた果実が、そのすいかと同じ様に突然光り出したんじゃ。それを儂が食ろうた。その瞬間、儂は結界樹と繋がったんじゃ。本来この結界の内では皆、無力となる。しかし儂はこうして結界樹さえ操ることが出来るんじゃ」
そう言ってジジ様が、人差し指を上に向けました。すると、ジジ様の周りの床や天井から枝が伸びてきて、私を囲むように自由に動いています。
「それからも度々、森実家の者はやって来た。食料が森へ持ち込まれる事は稀じゃったが、しかしその度に奇跡は起きた」
「わたし、全然知らなかった」
「ハヅキはまだ若いからね」
「ボクは茂三郎がくれた干し肉を食べたんですよ、だからボクは結界の中でも力を使うことが出来るんです!」
ホムラさんが得意気な理由が分かりました。
「お前は、勝手に食っただけだろう!」
ババ様のツッコミが入り、ジジ様が話を続けます。
「さっきも言うたように、森の境界が不安定になっておる。外の世界の影響で霊樹の森が崩壊するのを防ぐためには、結界樹と繋がり、その力を制御する者が必要なのじゃ」
「ジジ様がいても、ダメなんですか?」
「儂は寿命が近い」
「えっ!?」
「あと百年程で死ぬ」
百年……二千年も生きているジジ様からすると、百年は短いんですね。
「ホムラさんも、ひいお祖父さんのお肉を食べたんですよね?」
「こいつはダメだ、結界樹とのつながりが薄い」
「フンッ!」
ババ様の言葉で、ホムラさんは不機嫌になりました。
「他の者も同じじゃ、今のところ儂の後継者になれる者はおらん」
なんだか、精霊の世界も大変みたいです。
「そんな時にそのすいかを持って、花華がこの森にやって来たというわけさ」
なるほど、そういう事だったんですね。そうと分かれば……。
「わかりました。すいか、使ってください」
「いいの?」
「はい、問題ありません」
今更、断る理由はありません。それにこれは、ハヅキさんにとっても、今となっては私にとっても大事な事です。
「感謝する」
「花華、ありがとうね、それとすまなかったね」
「え?」
「お前さんを利用したみたいに、なってしまったろう?」
「気にしないでください」
ババ様には、感謝しています。
「まず、すいかを食らう者を決めねば、ならんのじゃが……」
「ババ様じゃダメなの?」
「ジジイの後をババアが継いでどうすんだい」
ずっと先の事を考えれば、若い方がいいですね。
「アタシは、チョウがイイと思うんだけどねぇ」
そう言うと、ババ様がチョウさんに目線をやります。
「……」
チョウさんんは露骨に嫌そうな顔をしました。
「儂も長命で傑物なチョウなら、新たな森の長に相応しいと思うんじゃがのう」
「……」
チョウさんんは、森の長になるのが嫌みたいです。
「待ッテクレ」
銀ちゃんさんが突然話に割って入ります。
「私ハ、ハヅキガ食スベキダト主張スル」