2 依頼
わたしは、自分の体験した出来事を彼らに語った。小野瀬さんは、ときどき相槌を打ちながら話を聞く。話をしていて感じたのだが、客観的に見れば、わたしの妄想や夢と片付けられてもおかしくない話だ。そう気づくと、不安になってくる。
わたしの話が終わると、尚くんが真っ先に口を開く。
「お姉ちゃんは、見えるの」
「え」
「お化け」
お化けという言葉に一瞬戸惑う。そういうものが見える人間なのかどうか聞いているということだろうか。
「見える人というのは違うと思う。今回見たのがたぶん初めてなの」
「そっか」
彼は、少し残念そうに見えた。
小野瀬さんは、少年が納得するのを待ってから話し始める。
「いくつか確認させてもらいます」
「どうぞ」
「氷川さんは、持病があったり、なにか薬を処方されたりはしませんか」
「それはないです。あ、市販薬なら鼻炎薬とか鎮痛剤はたまに使うけど、毎日じゃないし」
病気や薬の副作用の可能性がないか確認するつもりなのだろう。たしかに、薬の副作用によっては幻覚や異常行動があるとは聞いたことがある。
「誰かに怨まれたりするような心当たりは」
「人間関係のトラブルは抱えてないです。少なくとも自分ではそう思います」
「何でもいいです。逆恨みでも可能性があれば」
少し考える。
「やっぱり特に思いつかないです」
「わかりました。あと、これは重要な点ですが、引っ越すおつもりはありませんか」
「しないとまずいですか?」
「特定の場所で起こる現象であれば、結局その場所から逃げるのが一番手っ取り早いです。最も一般的で、確実な手段です。もちろん追いかけてくるものだと困るんで、相手がどういうものかを知っておきたいですね」
逃げられるものなら逃げたいが、ここ以上に条件がよい部屋は見つからないだろう。金銭的なことを考えると、なかなか簡単に引っ越すというわけにもいかない。それに、すぐに引っ越しとか、母さんに心配かけたくないんだよなあ。
「引っ越しするのは今すぐには難しいかなと思います。いずれ考えたいとは思っていますが」
声が小さくなり言い淀むわたしを見て、小野瀬さんは言う。
「わかりました。逃げなくてすむ方法を一緒に考えてみましょう。まずは何が起こっているのか知ることからです」
何が起こっているのか。まさに今のわたしが知りたいことだ。
「三〇二号室で亡くなった女性が現れているんじゃないかと、叔父から聞いていたんですが」
「高橋さんから簡単には聞いています。そうですね、ありそうな話とは思います」
「金縛りについてはどう思いますか。わたしはずっとそういうのは夢みたいなもので科学的に説明がつくものだと思ってたんですが」
「金縛りが科学的に説明がつくことは確かです」
わたしもそのことには納得している。いや、していたのだ。だが、連日の金縛りは普通ではないと感じるし、昨日の出来事は夢とは思えない。
わたしの表情を察してか、小野瀬さんは続ける。
「氷川さんが異常な体験をしているという事実は尊重します」
「ずいぶん慎重なんですね」
「そうですね。こういった案件で何が起こっているかを知るというのはなかなかに難しいことです。果たして霊の仕業かそうでないのか。霊の仕業だとして、祓うのか、祓えるのか、考えることは多いのですよ」
霊の仕業と断言しない小野瀬さんの慎重なもの言いはまどろっこしいけれど、信頼感も感じた。でも、断言してくれないということは、それはそれで不安だ。
「お祓いは今はしないんですよね」
「小野瀬さん。昔、お祓いしてくれたことあったよね」
叔父の言葉には、少しだけ期待が混じっていた。やっぱり、そういう目に見える対策をとってくれたほうが安心できるのだが。
「ひととおり見て考えます。ただ、わたしも歳をとって体力もないし、本格的な魔祓いが必要なら弟子に再挑戦させることになるかと」
「篠山さん、ですね。前にお祓いしてくれた方です。連絡してみたけど断られまして、代わりに小野瀬さんに連絡をしてくれたんですよね」
叔父は、前にお祓いした篠山という人物に連絡を取ったらしい。しばらく効果があったようだと言っていた。
「しばらく手を離せない案件があるようだな。まあそれはいいさ。実は私も別に目的があるんでな」
「それはどのような?」と、わたしは小野瀬さんに質問した。
「この子がね、変なものが見えすぎて困っている。この子の母親、というのは私の娘だが、めずらしく頼られてね。うまく対処できるよう学ばせようと思って、また仕事を受けることにしたんだよ。実地で色々なものを見て考える経験が大切だからね。正直なところあまりに危険なら手を引くし、尚の経験を優先することがあるかもしれない。こちらの都合でもあるから、お代はもし成功したらほんの気持ちばかりで大丈夫です。そんな条件でよければ依頼を受けたいと思います」
変なもの。あの絵。わたしが見た女のようなものをこの子が日常的に見ているということなのだろうか。正直、非現実的に過ぎて、ぴんとこない部分もあった。
「わたしはぜひ、お願いしたいと考えています」
「受けてもらえるなら願ったり叶ったりですよ。代金は私持ちですのでご相談させてください」と、叔父も賛成してくれる。最初に相談したとき言っていたとおり、料金は叔父負担だというのは、本当に助かる。
「よかった。では、まずもう少し詳しく話を聞きましょう。今までの話からすると、氷川さんが体験している現象は過去の事件に端を発している可能性は高いと思います。高橋さん、その事件のことを教えてくれますか」
それはわたしも興味のあるところだった。女性が亡くなったとはいうがどんな事件なのか詳しく聞いたことがない。知るのは怖いが、問題の解決には避けられない。
「あんまり思い出したくないんですけどねえ」
愚痴りながらも叔父は事件のことを話してくれた。




