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扉の向こうに彼女はいる  作者: 円坂 成巳
終章 彼女はもういない
20/27

1 報告

 連休はあっという間に終わる。実家から戻ってきたわたしは、叔父の家で小野瀬さんと今後の対応を相談していた。


「おれが思うにはね。これは呪いなんだよ」


 その席でずっと喋っているのは米村さんだった。向かい側に座った小野瀬さんが、うんうんと頷きながら話を聞いているのであった。なぜこの状況に至ったのだったか。


 連休中、実家で夜に何かが訪れることはなかった。実家の家事を手伝ったり、妹の勉強を見たり、友達と会ったり、特に問題なく過ごせて、ずいぶんと気晴らしになった。

 その一方で、アパートから逃げてきたことにも、家族にアパートの出来事を隠していることにも、どことなく後ろめたいような気持ちを感じてもいた。

 連休の終わり、急かされるようにこっちに戻ってきて、久しぶりの自分の部屋の前に立ち、おそるおそる鍵を開ける。部屋には何もいなかった。おかしなことはなにもないと、そう確認して、荷物を置き、叔父の家に向かおうと階段を降りる。

 一階の廊下には米村さんが立っていた。


「あれ、どうしたんですか」


「呼ばれたんだよ、おれも。あの拝み屋に」


「え、そうなんですか」


「ああ、なんでこんなことに」


 どことなく憔悴した表情。


「なにかあったんですか」


「出るんだよ。たぶん祥子ちゃんとおなじやつ」


「え、亜沙美さんのことですか?」


「ああ、連休に入ってから毎日な。ああ、くそ。あの女、なんでおれんところに来るんだよ」


 声を荒げた後、わたしを睨みながら深い呼吸をする。自分を落ち着かせようとしているようだ。


「連休になってから、夜中に部屋の前に来るんだ。ずっと」


「ノックしてくる感じですか」


「そう。真夜中に何か引きずるような音にノックな。ずっと無視してたが、だんだん強くなってる」


 不機嫌にわたしを睨む彼に、わたしはどう対応したらいいかわからない。


「安全圏から余計なことして、楽しもうとするからですよ」と声がした。


 現れたのは小野瀬さんだった。

 米村さんは、じろりと小野瀬さんを睨む。


「来やがったな。ちゃんと解決するんだろうな」


「それを今から話す予定だったんですよ。あなたに協力してもらえましたし、なんとかなるでしょう」


「ちっ、早く行くぞ。大家んとこ行くんだろ」


 米村さんが着いてきて、三人で叔父の家に上がる。居間には、先に尚くんが座っていて、叔父の妻が話し相手をしていた。相変わらずスケッチブックを広げて、書いたものを説明しているようである。

 叔父がお茶を出してくれるのを待たずに、まくしたてるように米村さんが自分の状況を話し出した。

 連休に入って、毎日、女の霊が訪問してくる。無視しているが、だんだんとノックの音が強くなってきている。昼にも視線を感じるような気がする。そんな話が続き、ペースを完全に握られ、まるでわたしのほうが傍観者のようだ。


「それで結局どうすりゃいいかって話をしたいんだが」


「氷川さんもいますから、米村さんの調べたことをしっかり共有してほしいです。氷川さんには言ってませんでしたが、米村さんにはいろいろと協力していただきまして。でも、まずは映像をみていただいた方がいいかな。高橋さんお願いします」

 

 初耳だ。連休中は、この件を完全に小野瀬さんに任せっきりだったので、状況についていけない。いや、依頼人だからわたしが調査に参加する必要はないのだが、少し仲間はずれの気分だ。


「いま見せますよ。どれだったかな」叔父が、操作に手こずりながらノートパソコンで動画を開く。そこに映っているのは、アパートの廊下。わたしの部屋の前に男性が立っている。


「これって米村さん」


 米村さんを見ると、「そうだよ」と、目を合わせないで答えた。


「でも、これってダミーカメラだって言ってたんじゃ」


 わたしがそう言うと、叔父が答えた。


「電源入れてなかったからね。小野瀬さんに言われて電源入れたんだ。うちのバイトに倍速で見てもらって臨時収入だすことになったよ」


「言ってくれればよかったのに」


 いつのまにか監視カメラが起動していたというのは少し気分がよくない、


「すいません。氷川さんには普段どおりにしてほしかったので、あえて伝えなかったのです」と、小野瀬さんが頭を下げた。「この辺かな」叔父が映像を先にすすめる。


 画面には、米村さんが御札を無造作に三〇二号室の扉から剥がしていく姿が映し出された。


「氷川さんを怖がらせたかったんですか。玄関で盛り塩を崩したのも米村さんですよね」


「え、じゃあ、心霊現象じゃなくて米村さんの仕業ってことですか。それで解決?いやいやいや、だって、わたしが見たのはほんとにぜったい人間じゃなくて。えと、ほんとに」


 夜な夜な米村さんがわたしに嫌がらせをしていた、ということはないはず。女装ということもありえない。あの女の人は、わたしが泊まった明子の部屋まで追いかけて現れていて、絶対に人間ではない。

 わたしが混乱している間、米村さんは黙っている。


「誤解しないでください。米村さんが全ての元凶だというわけではないです。ただ、事実確認として、人間の仕業と考えられる部分は特定しておきたかった。そもそも心霊現象が物理的な作用を引き起こすというのは、もうとんでもないことです。そんな映画みたいなことは、なかなかありません。ですから、まずは人の仕業を疑うのが当然というもので、盛り塩が崩れてたことや、付着した髪の毛、御札を剥がしたのは、米村さんの仕業でした」


 小野瀬さんの言葉に米村さんは苦い顔だ。


「このせいで、爺さんと大家から、住人への嫌がらせで訴えられたくなかったら調べ物に協力しろって言われてさ。まあ、これもいい経験と思って協力することにしたわけだ。あ、協力してるんだからさ、祥子ちゃんも頼むよ、訴えるとかなしでお願いね」


「なんで、こんなこと」


 怒りで手が震えるわたしに、米村さんは少しだけたじろいだ様子で答えた。


「心霊現象を見る機会を逃したくなかったというか。見たかったんだよ。ほんものを。あっさり解決したら、機会を逃すと思って。怖がらせたいとかそういう悪意があったわけじゃないんだ」


「つまり、状況をわざと悪化させようとしたわけですよね。自分が楽しむために。かなりひどいです。それで訴えるなとか何を考えているんですか」


 本気で怒りがこみ上げてくる。助けたいようなことを言って、この人は楽しんでいたわけだ。


「いや、あの、祥子ちゃんともう少し話がしたかったというのもあって。心霊現象のことで相談にのって、何なら解決してみせれば、ちょっと仲良くなれるかもってさ。ね」


 それでわたしが納得すると思ってるんだろうか。ちょっと気があったようなそぶりを見せれば喜ぶとでも。

 無言で睨むわたしに「ほんとごめん」両手を合わせて頭をさげる米村さん。やっと、初めて謝罪の言葉が出た。

 怒りが収まった訳ではないし、許すわけではないが、話が進まない。もともと、怒鳴ったり手を上げたりと怒るのが苦手なんだ。そして、小野瀬さんの言葉からすると、たぶん、米村さんの仕業は一部であって、それ以外については心霊現象ということなのだろう。それが今は知りたい。


「許さないですけど、今は話の続きをお願いします」


「ほんとごめんて。この先の映像も見てもらったほうがいいんだよな。高橋さん続きお願いします」


 映像を見ると、御札を破った米村さんは廊下を見て硬直している。何かを見ている。身体が震えているような。


「いたんだよ。おれをじっと見ている女が。真後ろに気配を感じて振り向いたら、廊下の先に女の顔が見ていたんだ。祥子ちゃんのいうとおり、首の長い女だった。やっぱ映ってないんだよなあ」


「映っていたらよかったんですが、そういう事例は滅多にないですね」


「そうなんだ。映ることもあるのかね。で、それから、毎日、現れるんだよ。ノックがあって、覗き窓見ると、女が立ってる」


「そんなわけで、私のお願いした調べ物を、かなり真面目に取り組んでいただけました」と、小野瀬さん。


「爺さんから依頼されたのは澤田卓二の居場所についてだ。俺も同じこと調べなきゃならないと考えてたから、おれにとっても渡りに船だった」


 澤田卓二、船戸亜沙美さんの彼氏だったという、わたしの部屋に住んでいた人。


「亜沙美さんは今でも彼氏の部屋に入れてもらおうとしているんですよね。助けを求めているのか、それとも恨みかわからないけど、その人を探してる」


「そうだよな。でも、同じ部屋に住んでいる祥子ちゃんのところに出るのはわかるけど、なんでおれのところにまで出た」


「なんだろう。……やっぱり澤田さんに似てるんじゃないですか。わたしが友達んちに泊まったときにトネさんと会って、米村さんはアイツと同じタイプだから近づくなって言われたんですよね」


「いっしょにされたくはないが、あのアパートで当時の澤田卓二に近い年齢の男性っていうとおれなんだろうな」


「まあ、性別も年齢もそうでしょうし、性格もよくはないですよね」


「別に否定しないさ。で、俺は考えた。あの霊は、俺を澤田卓二と誤認している可能性がある。三〇三号室の前で見つかってしまったからかもしれないな。なぜかその場では襲われなかったが、あくまでも部屋を訪れなければならないみたいなルールがあるんじゃないだろうか。それで俺の部屋を訪れるようになったとして、どうすればいいか。そう、霊に澤田卓二の居場所を教えてやれば、こちらには出なくなるんじゃないか、と考えたわけだ」


 なるほど。ちょっと感心してしまった。それはありな気がする。


「俺がそう考えていたところに、爺さんの依頼も澤田卓二の居場所を調べて欲しいってことだからな。急いで調べたよ。大学の先輩なわけだし、いろんな伝手辿って、意外とすぐに地元が同じで実家の番号知ってる先輩まで辿り着けたんだよ。5月3日の昼、電話してみた。正直、ホラー映画なら死んでるか行方不明の線もありえるかなと思ってたが、そいつ普通に実家にいたよ」


「わたしが連絡するつもりだったんですがね。まさか勝手に連絡するとはね。びっくりしました。手間は省けましたが」


 褒める小野瀬さんに、米村さんは得意げに、ふっと鼻を鳴らした。たしかに見事な調査力と行動力で、これがオカルトライター志望の実力ということだろうか。


「それで、亜沙美さんの霊にどうやって澤田さんの居場所を教えるんですか?それとも、もう何とかしたとか?」


「その方法をじいさんに相談したかったんだが、やる意味がないとわかったんだよ。――その澤田んちには、ずっと、出てるんだってよ、女の霊」


「え」


 亜沙美さんの霊は、ちゃんと、怨むべきターゲットのところに現れている。それじゃあ、米村さんどころか、わたしのところに現れる必要だってないのではないか。


「意外ですよね」と、小野瀬さん。


「そうなんだよな」と米村さんは答え、さらに話を続けた。


「おれ、電話で言ってやったんだよ。お前のせいで幽霊が出て困ってるって。そしたらさ、澤田が言うには、ずうっと出るんだってよ。事件後から今でも、少なくとも週に一度は船戸亜沙美の霊が夜中に自分の部屋の扉を叩くって。事件のあと、しばらくは奴はこのアパートに住んでたんだよな。そうしたら、隣の部屋から夜中に何かが訪問してくるわけだ。それが死んだはずの船戸亜沙美だと気がついて、すぐ引っ越した。でも、追いかけてくるんだってよ。しばらくすると、女が現れる。それで大学もやめて実家に逃げた。それから半年は何もなかったそうだけど、手紙が突然届いたんだそうだ」


「手紙ですか。誰からの」


「鈴木トネだよ。どうやって調べたんだろうな。手紙にはお恨み申し上げるみたいなことが書かれてたって。それからまた夜中に、船戸亜沙美の霊の訪問が始まった。もう、一生背負う覚悟だとか言ってたかな」


「トネさん、知ってたんですね。澤田さんのいる場所」


「ああ、そうだな。それで澤田のところにちゃんと霊が出てるのに、祥子ちゃんや俺のところに出てくるのって、これおかしくないか」


「おかしい、ですよね。わたしたちのところに出る必要、ないような。心霊現象なのにこういうこと言うのも変ですけど、どうにも理屈が通ってない気がする」


 わたしたちの会話を聞きながら、小野瀬さんは「そうだね」と一言つぶやき、うんうんと頷いている。


「それでおれは考え直した。この心霊現象は、ほんとうに船戸亜沙美によるものなのだろうかって」


「ほう。なるほど」と、感心した様子の小野瀬さん。


「みんなで鈴木トネの部屋に行ったときの話からすると、オシラサマの真似したような人形は明らかに怪しい。爺さんは、鈴木トネの出身が、青田村だって聞いたんだろ。おれも、それを聞いて、ちょっと調べてみた。これ見てみてよ」

金、土の20-22時ころ続き1話ずつ投稿予定

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