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13:第六場_トワーズ伯爵邸 舞い降りる

 それから、数日が経った。

 ゲオルグはその間、何度かやって来たが、アレマ夫人の話を聞いていたゲルトルートは、彼が来た時と帰る時に挨拶をするだけで、あとは居間に引っ込んでいた。

 ファニーが語ったように、書斎には他に、若い学生が来ることがあった。

 トワーズ伯爵ではなく、別の男がいることに最初は戸惑ったものの、あっという間にゲオルグに取り込まれ、自分の専門分野について語り、盛り上がって帰るのが常だった。


「つまらないの」


 ゲルトルートは書斎の方から聞こえてくる談笑を耳にすると羨ましくてたまらない。

 一人、模型を作る日々だ。

 肝心のフリードリヒは律儀に手紙をくれた。「ルルー嬢は見つかりません。お父上も見つかりません。また連絡します」

 

「手紙……と言うよりも、報告書よね、これ」


 簡潔で必要な用件のみ。「さぞや仕事が出来るのでしょうね」つい皮肉っぽい気持ちにもなる。


 いつの間にか、トワーズ伯爵邸の書斎には、ゲオルグを中心とした勉強会が新たに生まれていた。

 ゲオルグが挨拶の時に、議事録を渡してくれる。それにゲルトルートが書き込むことで、かろうじてだが、彼女はその勉強会に参加できるようになった。「皆、君の話を聞きたがっているけど……バレたらアレマ夫人に出入り禁止にされるだろうから、絶対に来ないでね」

 

 それって実は参加して欲しいってことかしら? とゲルトルートは気になる。「男の子の格好をして、あなたの弟と言えば、どうかしら?」と提案してみたが、笑ったあと真顔になって「あいつらはゲルトルート嬢の顔を知っている。君自身の生き別れの双子の弟とかにしないと無理だと思う」と断られてしまった。


 フリードリヒは顔を見せない。もう二週間になる。そろそろトワーズ伯爵もヘイブレアンに着いているはずだ。途中で道草していなければ。

 そう思った頃、ようやくフリードリヒがトワーズ伯爵邸に来訪した。

 すぐにアレマ夫人を呼んだ。


「早く、早く……いいえ、駄目よ。ドレスを、新しいドレス……なんてものは無いわね。でも少なくとも、何か見栄えのするドレスはないの?

髪の毛は? このリボンを結んでみる? いいえ、駄目。さすがにこれは実用品じゃない気がする。

ねぇ、ファニー? どこ? 私の身支度を手伝って。

アレマ夫人にまだゆっくりして下さいって、伝えて。

いいえ、駄目。

フリードリヒさんを待たせたら、帰っちゃうかも!」


 一人で騒いだ挙句、ゲルトルートはいつもとあまり変わらない姿で、フリードリヒの前に現れた。


「お久しぶりです……お元気でいらっしゃいましたか?」


 フリードリヒの代わりに、彼の肩に止まった鷹が鳴いた。


「すみません。こら、お行儀よくするんだ」


「いえ、可愛らしい子ですね。フリードリヒさんの鷹ですか?」


「可愛い……??

ええ、あの、“疾風”と言います」


 “疾風”はフリードリヒの手から餌をもらって、満足そうに眼を細めた。


「“疾風”が手紙を運んできました。

あなたのお父上が捕まり……」


 咳払いがおきた。「見つかりました」


「ありがとうございます! あなたのご親切に深く感謝いたしますわ」


 捕まったんだわ、とゲルトルートは思ったが、口には出さない。フリードリヒは最大限配慮してくれている。ロクでもないことがあったに違いない。


「それで私はこれからヘイブレアンに戻るのですが……」


「えぇ!?」


 今度はアレマ夫人の方から咳払いがおきた。


「仕事も終わりましたし、私はヘイブレアンに戻らないといけないのです」


「そうですよね」


「それで、申し訳ないのですが、あなたのお父上は、一冬、ヘイブレアンで預かることになりそうです」


 ゲルトルートは頬を膨らませた。

 自分を連れて行ってくれないくせに、父とは一冬一緒に過ごすという男を、信じられない目で見た。


「あの……」


「ご迷惑でしょうから、すぐに帰るように言って下さい」


「その途中で、またどこかに行くかもしれないのに?」


 声音に、どうやらヘイブレアンではトワーズ伯爵にほとほと手を焼いていることが滲みでていた。


「ヘイブレアンへ戻るのも、王都へ行くのも時間とお金がかかるんです。

私は春にまた王都へ来る用事がありますので、その時に同行するのが一番でしょう。

冬の間、好きに山を探索してもらいます。それで満足していただければ、トワーズ伯爵も素直に従ってくれるはずです」


「……では、父の滞在費はどうなりますか?」


「それはご心配なく」


 ゲルトルートに有無を言わせまいと、フリードリヒの言葉に力が入った。それが余計に怪しい。


「アデイラさまが身を売らなければならないほど困窮している土地に、部外者が? それも冬ですよ? 養う余裕があるんですか?

父を追い出して下さい! どこかで野垂れ死んでも構いません。

――いいえ、私が迎えに行きますから!」


 涙が込み上げてくるのを、必死で止めた。泣いてどうなることではない。泣きたいのはヘイブレアンの民だろう。


「いけません! お父上の件は、なんとかなります……アデイラが……領民の為に、お金を寄付してくれました。

今年の冬は余裕があります」


 その顔に浮かぶ苦渋を、ゲルトルートは見逃さなかったが、これ以上、問い詰めれば、ますますフリードリヒが苦しむことを、彼女は気づいていた。


「お礼を言うしかないこの身が恨めしいですわ」


「……ならば、私があなたに手紙を出すことをお許しください。

あの……お父上のことが心配でしょうから。ご様子をお知らせしたいのです。

なぁ、”疾風”」


 鷹は一声嘶き、羽ばたいた。「あ! ”疾風”! 何をする!?」

 ”疾風”はゲルトルートの作った模型の上に止まったのだ。一部が欠けた。


「なんてことを! いつこはこんなことしないんです。本当に今日はおかしい。

ゲルトルートさんが作ったものを壊すなんて。弁償します」


「あら、”疾風”は私の作った灯台に興味がおあり?

それとも信号のせいで自分の仕事がなくなると思っている?」


「灯台……信号……それは?」


「運河が出来たら、私、それに沿って塔を建てたいんです!」


 ゲルトルートが”疾風”の止まった模型を指さした。

 

「信号ってご存知でしょう?」


「ええ、人が旗を振ったり、船では帆柱に色とりどりの旗を掲げたりして連絡を取る方法ですよね?」


「そうです。

これは腕木信号の為の塔なんです。

手旗信号の大きいやつです。大きければ遠くからでも見えるでしょう?

それから高い所から見れば、もっと距離が稼げます。

だから塔を建てて、そこに腕木信号を設置します。

高い建物は作るのが難しいの。これは失敗だわ。強度が足りないみたい。

“疾風”のおかげで分かったから弁償は不要です。私の設計が悪かったんですもの。

それで、運河は真っ直ぐになるはずだから、さらに視認性がよくなるの……計算上では、王都とヘイブレアンの間でも、半日もかからず、ある程度の長さの通信文を届けることが出来るはず!」


「半日……!」


 ”疾風”が鳴き、フリードリヒは呻いた。「それが実現すれば素晴らしいことです。運河が出来るだけでも、王都とヘイブレアンがずっと近くなるのに、情報に関してはさらに縮まるなんて……半日とは夢のようです」


 ゲルトルートは微笑んだ。娘も父に負けず、夢想家だ。運河は出来ないし、塔は建たない。

 彼は自分の元を離れるのだ。


「そうね……フリードリヒさん、ヘイブレアンってどんな所なんですか?」


 あからさまに話を引き延ばそうとするゲルトルートにフリードリヒは躊躇したが、「父が一冬、どんなところで暮らすのか、娘としては不安なんです」と情に訴えてみれば、断れない。

 アレマ夫人も苦笑したが、最後の我儘だと思ったのだろう。許した。

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