覚醒
しばらくして、彰が言った。
「…もう良いか?」
クリスが、ムックリと起き上がって答える。
「はい。定刻に。ギリギリでしたね。自己紹介の途中で効いて来るのではと、時間があると答えた手前、焦りました。」
博正が、頭を掻きながら倒れた皆を見回した。
「相変わらずよく効くなー。オレ達にゃ効かねぇが。」
ステファンが、興味深そうに言った。
「人狼というのは面白いな。今回使った薬の組成は見せてもらったが、中和剤の投与無くしてここまで何ともないとは自分の体であるのに驚いた。今すぐ血液検査をしたいぐらいだ。」
彰が言った。
「後は他の奴らに任せるとして、各自引いた役職に忠実にな。これは要の記憶を戻すためのものだが、あれはやはり頭が良いので適当にやると気取るぞ。」
博正が、顔をしかめた。
「あー人狼引きたくねー。お前が相手とかマジで嫌なんだけど。」
彰は、博正を睨んだ。
「私が人狼を引くかもしれないではないか。とにかく、八百長などできないのだ。ここは運を天に任せて、楽しむつもりでやろう。」と、クリスを見た。「では、それぞれの腕にアレを装着して準備を進めよう。覚醒するための薬品噴霧の準備は?」
クリスは、頷いた。
「問題ありません。いつでもできます。」
真司が、脇の棚を開いて中から箱を取り出した。
「じゃあ、さっさとやろう。ジョンも、ええっと…これ。1の腕輪。」
彰は、それを受け取った。
「後はランダムでいい。早いところ進めよう。」
皆が、それぞれの割り当ての仕事をこなして行く。
彰は、それをじっと見守った。
要は、倫子の声で目が覚めた。
「…!洋子!要!しっかり!」
ハッとして起き上がると、倫子が泣きそうな顔をして要を見た。
「良かった、あなたと洋子だけよ、目が覚めなかったの!」と、何やらぼんやりと目を瞬かせている洋子を見た。「洋子!分かる?!」
洋子は、起き上がった。
「え…私、寝てた?」
違う。
要は、思った。
全員がバタバタと倒れて行った…最後の記憶では、そうだったはずだ。
他の人達も、心配そうに回りを取り囲んでいる。
「…何が起きたんだ?」
要が言うと、胸に健と書いてある男子が言った。
「みんな気を失ってたんだ。」
その隣りの、靖が頷いた。
「先生達は、何があったのか確認しに行ってる。先生達にも、何が何だか分からないみたいだった。オレが最初に目が覚めたんだけど、先生達もそこに倒れてたんだよ。」
何があったんだろう。
要が回りを見ると、暖炉の横に倒れる前には無かったホワイトボードが立ててあり、そこには名簿のような大きな紙が1枚、貼り付けてあった。
1 神原 彰
2 多田 勝喜
3 牧野 妙
4 安村 倫子
5 郷田 敦
6 増田 真由
7 大井 真司
8 田代 博正
9 藤井 健
10 田辺 靖
11 塚本 久美子
12 立原 洋子
13 岡田 忠司
14 立原 要
15 青木 陽介
16 田中 雄吾
17 吉田 早希
18 町村 浩平
19 田村 正希
20 志田 莉子
「…あれは?」
要がそれを指差して問うと、倫子が答えた。
「分からない。先生達もこれはなんだって、そればっかり。」と、自分の腕を見せた。「これも。起きたらみんなの腕に巻かれてあったの。」
要は、そこにある銀色の時計のような物を見つめた。
そして自分の腕も見ると、左腕に同じ物が巻き付いていて、ピッタリとくっついていた。
「…なんだろう。」要は、胸騒ぎを覚えながら、言った。「なんか、ピッタリくっついて取れそうにないけど。」
しかも、番号が書いてある。
靖が、頷く。
「そうなんだよ。ほんとに何が起こったのか、全く分からない感じ。ここが開くんだ。」と、何やら蓋のようにパカリと開く。「時計のデジタル表示と小さなテンキーがあるだけ。」
要も、それを試してみた。
確かに、時計の表示があった。
困惑していると、彰、真司、博正、忠司、ステファンの5人が戻って来た。
「駄目だ。誰も居ねぇし、なんか開かないドアもある。玄関扉は開いたけど、ここへ来る時に通って来た大きな鉄の扉はビクともしねぇ。二階三階も見て来たけど、番号の書いてある同じ客室が並んでるだけだった。オレ達の運営の仲間も居るはずなのに、誰も応答しねぇ。このままじゃ、ここに閉じ込められたまま連絡取れずに帰れなくなる。」
皆が、ショックを受けた顔をする。
彰が、言った。
「誰が何の目的でこんな事をしたのか分からないが、相手の出方を待つしかない。気が付いた時に腕にあったこれも気になるしな。嫌な予感がするのだ。」
すると、それまで真っ暗だった暖炉の上に吊り下がっている、テレビのモニターがパッと着いた。
ハッとして皆がそれを見上げると、真っ青な画面のまま、そこから声がした。
『ようこそ、孤島のゲームの場へ。まずは皆さん、椅子に腕輪の番号順に座ってください。どこの椅子が1番でも良いですよ。』
真司が、言った。
「なんだ、ゲームとは?!」
その声は続けた。
『皆さんにはこちらで、命を懸けた人狼ゲームをして頂きます。ご説明しますので、指示通りに動いてください。従わない場合、追放になります。』
…追放…?
要は、眉を寄せた。
「分かった。」彰が言った。「皆、指示に従うんだ。何があるのか分からない。」
全員が頷いて、言われるままに最初に座った彰を起点に、自分の腕輪に刻まれた番号順に椅子に腰掛けて行った。
要は、14番でホワイトボードの数字と同じだった。
両隣りは、13の忠司と15の陽介だった。
『では改めまして、この度は人狼ゲームにご参加頂きまして、ありがとうございます。今から皆さんにはそれぞれ役職をお配りし、陣営勝利を目指して戦って頂きます。勝利陣営には賞金もございますので、勝利を目指して頑張ってください。ちなみにここは分かっておられるでしょうが、絶海の孤島で逃げ出す事は不可能です。あらゆる通信機器は繋がらないようになっています。』
彰が黙っているので、全員が黙ってそれを聞いている。
声は、続けた。
『ここでの生活のルールをお話します。まず、夜9時になりましたら全員が自分の番号の部屋に帰り、外に出る事はできません。朝6時に解錠されるまで、部屋から出ることは許されません。但し、人狼は夜10時から翌0時まで外に出て話し合うことができます。0時に部屋に戻っていないのは違反となります。また、夜9時から10時までの間、村役職は役職を行使することができます。行使の仕方はまた、追ってお話しします。皆さんは、夜7時になりましたらこちらへ集まって頂き、怪しいと思う番号に必ず投票して頂きます。投票しない場合は、違反となります。ガイダンスに従って、必ず投票してください。いずれの場合も、違反した場合は追放となります。』
みんな、躊躇いながらも黙り込んでいる。
声はお構い無しに続けた。
『では、ルール説明です。この村には、人狼4、狂信者1、占い師2、霊媒師2、狩人2、共有者2、村人5、そして第三陣営の妖狐2が居ます。人狼陣営は生き残っている人狼の数と、村人の数が同数になれば勝利です。村人陣営は村に居る人狼と妖狐を全て追放すれば勝利、妖狐陣営はゲーム終了時に生き残っていれば勝利となります。』と、画面には役職配布、と文字が現れた。『それでは腕輪の機能を使って役職配布を致します。皆さん、隣りの人に腕輪の液晶画面が見えないように、手で隠してご覧ください。仲間の居る役職には、相手の番号も出るようになっています。』
全員が、問い掛けるような視線を彰に向ける。
彰が頷いたので、皆はその声に従って、腕輪の時計表示を見た。
要も、急いで開いて手でそこを隠すと、時計表示がパッと消え、そこに『共有者』仲間13と表示されていた。