到着
皆がハアハアと息を上げて頑張って上がる中で、先を行く真司と博正、ステファンは全く息を切らせていない。
それより忠司がつらそうで、最後尾を何とかついて来る感じだった。
そうしてやっと到着したそこには、大きな鉄の扉がそそり立っていた。
「わあ…凄い。」
女子の一人が、言う。
要も同感だったが、如何せん息が切れていてそれどころではなかった。
どこからか見ていたのか、その扉が自動で重そうな音を立てて内側へと開いて行き、中は石畳で美しいイングリッシュガーデンになっていた。
「綺麗…。」
洋子のため息のような声がする。
確かに、入り口まで伸びる石畳の道は、とても歩き甲斐があった。
何より、平坦なので乱れた息を整えるにはちょうど良い感じだった。
高い塀に囲まれているのも、外と隔絶して違う雰囲気の空間を作る事に役立っているようだ。
全員でスーツケースをガッタンガッタンいわせながら石畳を進んで行くと、正面に木製の両開きの扉が、開け放たれた状態で出現した。
中は落ち着いた赤い色の絨毯が張り巡らされており、奥には大きな女王でも降りて来そうな階段が見えた。
そこへお構いなく入って行く先頭の3人について、要も恐る恐る足を踏み入れた。
そこはホールのようで、天井からは大きなシャンデリアが吊り下がっている。
何やら良い香りがして、それがどこからなのか分からなかったが、心地良かった。
真司が、やっと立ち止まって後ろを振り返った。
「…到着しました。お部屋に案内する前に、居間の方へご案内しましょう。こちらです。」
最後尾の忠司がやっと追いついて来て、ハアと大きな息をつくと、開け放たれていた扉を閉じた。
要は、大丈夫だろうかと忠司を気にしながら、さっさと左へ折れて進んで行く真司達について、この洋館のようなホテルの中へと入って行った。
薄暗い廊下の突き当りに、また両開きの扉がある。
そこを開いて中へと進むと、そこは正面に暖炉がある大きな部屋だった。
向かって左側には、これまた大きな窓があって、先程見て来た庭が美しく見える。
窓際にもソファがあったが、暖炉の前には円形に、椅子が置かれてあってそのうちの一つに、男性が座ってこちらを見ていた。
「ジョン。」真司が、その男に話し掛けた。「連れて来ました。」
その男は、頷いて皆を見回した。
その顔を見て、要は驚いた…どこかで、会った事がある。
そう、思ったのだ。
ちょっと見ないほど端正な顔立ちで、若いようにも見えるが、ずっと年上のようにも見える。
その男を見た女子達が、洋子と倫子に含めて皆少し、顔を赤らめた。
その男は、言った。
「よく来てくれた。私は君達の教師を担当する神原彰。彰と呼んでくれ。ここでは、全員ファーストネイムで呼ぶことにしているのだ。なので、名札を準備させてもらったよ。そちらにある名札を取って、それを胸に付けてこちらへ。好きな椅子に座ってくれ。」
真司が、脇の机の上においてある何かを案内した。
「こちらへ。御自分の名前が書かれた物を取ってお好きな席にどうぞ。荷物はこの下に置いてください。」
要は、言われるままに机の下にスーツケースを置くと、要と書かれた札を手にして椅子へと急ぐ。
全員が、それに従って順番に行動した。
彰の両脇には、忠司とステファンが座り、そのまた両脇には真司と博正が座って、生徒15人と教師5人、総勢20人が顔を合わせる事になった。
彰が、言った。
「この度は、学習合宿にご参加頂いて感謝している。私はこの合宿の責任者を任されている。それぞれのレベルは…」と、忠司がさっと差し出した何かの書類を手にして、視線を落とした。そして目を上げた。「…バラつきがあるが、満点で目立って優秀な要。君は私がマンツーマンで指導しよう。他はレベルが同じぐらいの者は文系理系でクラスを二つに分けてステファンと忠司が指導する。真司は特に指導が必要な、他と著しくレベルが劣る者を個別指導し、博正は英語を特に必要としている者たちの、補習に回ることになる。昨今の受験事情を鑑みるに、英語は文系理系問わず必須科目となるので、今回はそちらに力を入れさせてもらう。全教科をまとめて2週間で向上させるのは難しい。そこから更に上を目指す者達は、正式に入会してそれぞれの自宅近くの教室に通ってもらうのが良いかと思う。それはまた、この合宿の終わりに案内させる。ここまで、何か質問はあるか?」
矢継ぎ早に言われて、皆は理解するのに必死だったので、ひたすら頷くしかなかったのだが、要が手を上げた。
「あの、彰先生。」彰が、こちらを見る。要は続けた。「留学したいと考えている場合、その方法なども教えてもらえるのでしょうか。例えば、どんな手続きが必要で、どんな問題を対策して資金はいくらぐらい要るとか。」
彰は、薄っすら微笑んで頷いた。
「…もちろん、必要な情報は全て渡せると約束しよう。君は私がマンツーマンで指導するので、何でも聞くといい。それから、先生と呼ばなくていい。そのように取り決めてある。」
要は、少し躊躇いながらも頷いた。
「はい、彰さん。」
懐かしい。
要は、そう思う自分に戸惑っていた。
何やら、涙が出そうなほど懐かしく感じるのだ。
もちろん、彰には会った事などなかったはずだ。
一人の女子が、言った。
「あの、自己紹介とかしますか?私、一人で参加したので知らない人も多いです。」
彰は、答えた。
「そうだな、やっても良いかも知れない。」と、隣りの忠司を見た。「時間はあるか?」
忠司は、頷いた。
「はい。本日は着いたばかりなので何も。これからキッチンの説明をして、部屋に案内して、自由時間にする予定でした。もう15時半になりますから。」
彰は、頷いた。
「では、そちらの端から名前と…そうだな、歳でも言って行くか。」
そちらの端とは、彰の右側、博正の隣りの事のようだ。
円形なので端という概念はないが、言い方と視線からそうだと皆が判断した。
博正は、隣りを見た。
「じゃ、お前から。名前と歳。」
言われた男子は慌てて言った。
「オレは、郷田淳。高3で18です。」
その隣りの、女子が言った。
「私は牧野妙。高3、18歳です。」
次々に進む。
その隣りは、要も知っている真由だった。
「わ、私は増田真由。高3、18歳です。」
「塚本久美子。高3、18。」
何やら早くしなきゃという圧を感じる。
その隣りの男子が続いた。
「藤井健。高3、18。」
「田辺靖。高3、18。」
その隣りは、倫子だ。
「安村倫子。高2、17。」
要の隣りの洋子が緊張して言った。
「た、立原洋子。高2、17。」
要は、自分の番だと口を開いた。
「立原要。中3、14。」
ここまで中学生は要だけだ。
要の隣りの男子が言った。
「青木陽介。高3、18。」
「田中雄吾。高3、18。」
「志田莉子。高2、17。」
「吉田早希。高2、17。」
さっき自己紹介したいと言った女子だった。
その隣りは、男子だ。
「町村浩平。高3、17。」
まだ誕生日が来ていないのだろう。
次で最後だ。
「田村正希。高3、17。」
こうして見ると、高3が圧倒的に多い。
みんな受験真っ只中で、何とかしようと来たように見えた。
彰が、頷いた。
「…では、名前が分かった所で、真司からその他の説明がある。」も、真司を見た。「真司?」
真司は、頷いた。
「…では、キッチンの説明です。キッチンには大型冷蔵庫が何台もあり、そこには多くの食材があります。そこから、お好きな物を食べて頂いて結構です。ここのオーナーからのご厚意で、毎日補充してくださることになっています。キッチンは、そちらに見えるこのリビングから続く扉の向こうです。御自分で調理してもらっても大丈夫ですし、そうでなくとも冷凍食品など豊富にありますので、今夜からお好きな物を夕食に各自摂ってください。」と、立ち上がった。「それでは、それぞれのお部屋へご案内致します。」
それにつられて、皆が立ち上がる。
「…?」
要は、何やら目眩がした。
必死に踏ん張ったが、隣りの洋子はグラッとふらついたかと思うと、その場に転がった。
「姉ちゃん…、」
それを助けようとした要も、立って要られなくなって柔らかい絨毯の上に膝をつく。
回りを見ると、皆がバタバタとその場に倒れ始めた。
「え…。」
要も、絨毯へと顔を押し付けるように倒れた時、視界の端に彰や真司も倒れて行くのが見える。
…いったい、何事…。
要は、そこで意識を失ったのだった。