その夜と7日目の朝
要が洋子の部屋へと遅れて入って行くと、洋子は既にベッドの上に寝かされてあった。
要は、言った。
「…今夜は、彰さんは陽介を。健は彰さんを守ってください。陽介にはオレを守らせることにしました。」
健が、顔をしかめた。
「オレの事も信じてないかもだが、陽介は偽だぞ?君は襲撃される。」
だが、彰は首を振った。
「いや、恐らく狼は、陽介を噛む。」要と健が彰を見ると、彰は続けた。「数は減らしたいだろうが、久美子さんが狼ならば、それしか生き残る道は残されていないからだ。もちろん、久美子さんの方が狐で、陽介狼ならばまた違って来るだろうがな。しかし久美子さんが狼ならば、私が陽介を護衛していたところで、私が偽物だと主張すればまだチャンスはある。ならば要、こうしたらどうか。君にその覚悟があるのなら、私も健も両方が陽介を守れば良いのだ。もしも陽介が真狩人だったとしても、私達のうち必ず一人は真狩人だ。その二人が守ってるところで犠牲が出たら、それはすなわち呪殺でしかない。妙さん真を証明するには、それしかない。もし、それで陽介が生き残ったなら、私目線では私は人外ではないので狩人には狂信者が出ている事になり、妙さんは破綻する。残りの縄を妙さん、ステファン、倫子さん、健、陽介に上手く使って決め打てば、まだ博正真でも勝ちはある。君は妙さん真をまだ信じきれてないのだろう?君が信じているのは私で、私の考えを支持しようと努力しているだけだ。不安を感じる事はない。」
要は、見透かされている、と思いながらも、首を振った。
「…大丈夫です。彰さんを信じてるのと同じぐらい、彰さんの思考も信じています。だから、今夜は健と彰さんの両方で、陽介を守ってください。久美子さんの逃げ場をなくして、明日村の総意で久美子さんを吊りましょう。きっと勝てる。明日で終わりだ。」
彰は、微笑んだ。
「そうか。ならばそれで。」と、健を見た。「健。君も陽介を守るのだ。君も真だと証明してくれ。」
健は、力強く頷いた。
「分かりました。陽介を守ります。」
そうして、その日はそれで別れた。
次の日のことを考えると、要は胸が踊った。
もう、終わり…。
やっと、解放されるのだ。
その夜、要は夢を見た。
要は複数居る占い師達の中の一人である、彰と話していた。
…彰さんは狩人なのに。
要は、夢を見ているのだ、とその時思った。
彰は、孤独な人だった。
同じ職場の知り合いだと言う、真司と博正とも、何やら折り合いが悪いようで、二人は全く彰を信じていなかった。
今は仲が良いというほどではないものの、面倒そうにしながらも、そこに敵意など全く感じられなかったが、夢の中の二人は、彰を憎んでいるようだった。
…彰さんは、頭が良すぎるだけなんだよ。
要は、思った。
どうしてそんな事を思うのか分からなかったが、要には確信があった。
彰は人付き合いというものを、学べずに生きて来たからそうなのだ。
家族でさえも彰を遠ざけ、虐待されてやっと見つけた理解者の祖父には先立たれ、本当に孤独だったからだ。
みんな、彰を遠巻きにするので、彰も回りを遠ざけた。
そして心を閉じて、嘲笑うだけで生きて来たから、そんな風になっているのだ。
…どうして知っているんだろう。
要は、思った。
オレは、彰さんを知っている。
そう思った時、頭の中に一気に走馬灯のようにいろいろな風景が浮かんでは消えた。
彰を追い掛けて追い付こうとボストンへ留学し、メディカルスクールを出てから大学へ戻り、必死に細菌の研究をしていた。
途中で見つけた細菌を持って研究所へ入り、そこからは共に研究して、共に生きた。
恋愛は、する時間はなかった。
そして、彰は紫貴に出会い、そこから一気に流れが変わった。
要は、紫貴の娘の穂波と結婚した。
息子の颯が生まれ、同じく彰の息子の新を追い掛ける様子に自分の姿を見て何やら物悲しかった。
決して追いつけないものを、必死に追う姿が不憫でならなかった。
自分の姿を突き付けられているように思えた。
紫貴と彰の住む洋館に、要も颯も穂波も毎日出入りしていた。
大家族として、紫貴と穂波が作る食事を皆で食べ、毎日が幸福で、永久にそれが続くのだと思っていた矢先、シキアオイを完成させた彰は、研究所を退所して、隠居生活に入った。
要は、それでも研究所に残り、彰に時に相談しながら、新と颯と共に研究を続けた。
そんな毎日の中で、まず彰の弟の樹が病に倒れ、逝った。
その後紫貴と彰が相次いで世を去り、要は取り残された。
穂波も要より先に逝き、要はそれを看取った。
そして要自身も、新と颯に看取られながら、目を閉じた…。
幸せだった。
要は、涙を流した。
自分は生きたいように生きて、尊敬してやまない彰と長く共に居る事ができて、穂波に出逢い、颯をもうけて本当に幸せだった。
もう一度、そこへ戻りたい。
要は、心の底からそう、思った。
いや、ずっとそう思って来たのだ。
そこへ戻りたいからこそ、必死に足掻いて生きていた。
…ああ…思い出した、何もかも。
要は、思った。
明日は彰に会って、真っ先にそれを伝えなければならない。
だが、彰はそれを覚えているのだろうか?
それとももう、忘れてしまっているのだろうか…。
要は、更に深い眠りに落ちて行った。
次の日の朝、彰は言った。
「…決まりだな。」彰は、要にシーツを掛けた。「要が襲撃された。陽介は偽だ。そして、呪殺は陽介で発生していることから、妙さんは真占い師だった。」
ステファンが、じっと青い顔をして横たわる、要を見つめながら言った。
「…なぜ要を襲撃したのだね、久美子さん?これでは君が狼だと言ってるようなものだろう。」
久美子は、涙でグチャグチャになった顔で言った。
「もう、何もかも分からなくて。縄を減らしたいと思いました。でも、妙さんは真占い師だし、陽介さんは呪殺される。それではバレてしまうから、陽介さんを噛みたかったけど、それでは縄は減らないし…何より、彰さんが陽介さんを守ると言ったから。もし健さんでも同じ。また疑われる事には変わりない。悩んで悩んで、時間がなくなって…気が付いたら、要さんの番号を入力してしまってた。後から後悔したけど…どうしようもなかったんです!」
彰は、ため息をついた。
「…では、今夜は久美子さん吊りで。それでこのゲームは終わりだ。君が最後の狼なのだろう?」
久美子は、頷いた。
「はい…雄吾さん、敦さん、真由さんが仲間でした。博正さんが狂信者で、初日に話し掛けて来てみんな知ってた。博正さんが占い師に出てくれるから、生き残れるように疑われる仲間が居たら、迷わずそこに投票するように言われていました。靖さんが私に白を打って来たから、最初から狐だって知っていた。狼目線では、真占い師が誰なのか、もう最初から分かっていたんです。分からなかったのは、狩人でした。初日に縄が増えていたから、もうこれ以上はと噛まずに居たら…こんな事に。早く真司さんを噛んでいたらって、博正さんは最後まで後悔していました。このままでは破綻するから、自分を噛めと言い置いて、博正さんは居なくなってしまった。もし妙さんが陽介さんを占う事になったら、必ずそこを噛み合わせろって言われていたのに…ひとりぼっちにされて、もう不安でそんな事も忘れてしまった…。」
久美子は、さめざめと涙を流してその場に座り込む。
彰は、言った。
「…どちらにしろ、ゲームは終わる。その上で、どうなるかだ。」
妙が、敵対していた事も忘れて、久美子を気遣いながら言った。
「…狼だった人達はどうなるんでしょう。もうこのまま…?」
彰は、首を振った。
「分からない。が、悪い事にはなるまいよ。人を殺すのは犯罪だ。ましてそれが、子供であるなら尚更に。」
すると、腕輪から声が聴こえた。
『…狼はサレンダーしました。追放しますか?』
え、と皆が固まって腕輪を見る。
横たわる要の横で、皆は黙ってどう反応したら良いのか分からなかった。




