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孤島

博正との会話はとても楽しいものだったが、時間は瞬く間に過ぎて行った。

階下は小さな食堂エリアのようだったが、そこには忠司も降りて来ていて、せっせと博正と要が話している横で、次々に提出されるテストを採点していた。

どうやら採点は忠司の仕事らしく、真司はもっぱら上と下を行き来して、テストを回収して来ては忠司に渡して行く。

忠司は、サクサクとペンを手に採点を進めていたが、その近くには模範解答のようなものはない。

要は、それが気になって思わず声を掛けた。

『忠司さんは、解答無しで採点してるんですか?』

博正と英語で話していたので、思わずそのまま問いかけると、忠司は難なく答えた。

『解答など必要ないよ。見れば分かる問題ばかりだからな。それに、解答は私の頭の中に入っている。』

全部入ってるのか。

要が感心していると、真司が結構な量の冊子を手に降りて来た。

「一時間前だから全部回収して来た。どうだ、クリス?」

忠司は、答えた。

「まあこんなものか。それぞれの苦手な所は分かったので、それを後からまとめておくよ。」

要は、首を傾げた。

「クリス?」

真司が、あ、と口を押えた。

「あ、いや、オレ達の共通言語って英語と日本語だけど、職場に外国人が多いから英語で話すことが多くて。それで呼びやすい名前を付けてるんだよ。」

要は、へえ、と博正を見た。

「博正もそんな名前あるの?」

博正は、顔をしかめた。

「オレはない。そもそもバイトだって言ってるだろうが。オレがセバスチャンとか呼ばれてるイメージ湧くか。」

要は、顔をしかめた。

「まあ…無いけど。」

セバスチャンって。

真司が、苦笑した。

「オレもない。別に本名で良かったらそれで良いしな。」と、集めて来た冊子をそこに置いた。「じゃ、頼むぞ、クリス。」

その数に、要は忠司が気の毒になった。

「博正と真司さんは手伝わないんですか?忠司さんが一人って大変そうだけど。」

博正が、答えた。

「だから言っただろ、クリスはオレらとは比べ物にならねぇぐらい頭が良いの。全科目教えられるなんざ、普通じゃねぇだろ。お前、この塾を経営してる法人が、どこなのか知ってるか。」

要は、頷いた。

「うん。医療法人だった。」と、ハッとした顔をした。「え、もしかしたら医師とかなの?」

博正は、神妙な顔で頷いた。

「その通りだ。島で待ってるのもそのとんでもなく頭のいい仲間の医者。今回学習体験だから特別に教師として来てるのさ。だから、教えてもらいたい事があったらチャンスだぞ。こいつらに分からねぇ事なんかねぇからな。」

要は、キラキラと目を輝かせて忠司を見た。

「オレ、医師を目指してるんです!すごくラッキーだ!」

もしかしたら、留学の仕方とか教えてもらえるかもしれない。

要は、自分の幸運に身悶えしたい気持ちだった。

忠司は、微笑んで答えた。

「そうか。だったら君には特別に、私より優秀なかたを教師としてもらえるように言っておこう。せっかくの機会だしな。」

要は、微笑んで頷いた。

「ありがとうございます!」

博正が、嬉しそうな要を見て自分も嬉しそうな顔をして、言った。

「じゃ、お前はもう戻りな。あと一時間で到着だ。そこから小さい船に分かれて乗って、桟橋まで行くんだよ。この船じゃ浅過ぎて、島に直接寄せられねぇから。船旅を楽しんで来な。」

要は頷いて、忠司に頭を下げて階段を駆け上がって行った。

それを見送ってから、忠司が苦笑した。

「…若いな。まだ子供だ。私が最後に見た時は、もう老人の姿だった…私が逝くのにジョンと共に立ち合ってくれた。覚えてる。」

博正は、頷いた。

「もうすぐ15とはいえまだ14歳だぞ?あの歳で賢いばっかりに苦労しちまって。早いとこ思い出して、ジョンに手助けしてもらえたらいいな。」

忠司は頷いて、冊子の山に手を付けた。

島はどんどんと近付いて来ていた。


「あ、見えた!」

誰かが叫ぶ。

ふと脇の窓を見ると、確かに遠くにポツンと島らしき影が見えて来ていた。

「わあ、ほんとに小さい!回りは海ばっかよ。」

真由が言う。

洋子が、皮肉っぽく言った。

「逃げるなってことよね。もう覚悟したわ。私、頑張って自分のために勉強する!」

倫子が、苦笑した。

「その意気よ。やっとやる気になったのね。諦めたって感じかな。」

久美子がフフフと笑った。

「私だって高三の夏休みになってやっとやる気になったのよ?高二なんでしょ。まだ早い方よ。」

どうやら、要が英会話を楽しんでいる間に、この四人は仲良くなったらしい。

島は、どんどんと近付いて来て、遠目にもそれが山のようになっていて、その上に大きな城のような建物が建っているのが分かって来た。

手前は砂浜で、プライベートビーチといったところだろうか。

の端に、木で作られた桟橋が浮いているのが見えた。

そして、その桟橋には小さなボートが一艘繋いであって、それが恐らくこの船と島を行き来するのに使われるものなのだろうと要は推測していた。

真司がやって来て、皆に言った。

「もうすぐ、この船は島から離れた位置で止まります。それ以上近寄ったら座礁するので、ボートがこちらへ迎えに来ますので、安心してください。そちらへ乗り移ってもらって、順番に運んで行きます。じゃあ、荷物をまとめた人から、下へ来てください。船に乗り移る場所へと案内します。」

やっと着いた。

要は、先にまとめてあった荷物を引っ張って、階段へと向かう。

洋子と倫子は、慌てて筆記用具と食い散らかしたお菓子をスーツケースに突っ込んだりと、準備をしていた。

要は、なぜかもう洋子と倫子がどうでもいいような気持ちになる自分に驚きながらも、どうせ後から来るのだからと自分に言い訳して、さっさと一人階段を降りて行ったのだった。


小さな船だと思っていたが、並んで座ると10人はきっちりと入った。

要は先の便で桟橋へと運んでもらい、そこから上陸して後の便に乗って来た洋子と倫子を待った。

砂浜なので足を取られるのだが、少し先にずっとカーブした登りの坂道が見える。

そこは、きちんと整備されていて、あの先にホテルへの入り口があるようだった。

後の便がこちらへ向かって来るのを見て、真司が言った。

「…さあ、じゃあ歩き始めようか。あの坂道を登り切った所に大きな扉があって、その先が入り口だ。」と、ボートが到着してそこから降りて来た、見慣れない人を呼んだ。「勝喜かつきさん!」

勝喜と呼ばれた、どう見ても外国人の見た目の男がこちらへやって来た。

「これで全員だな。早く行こう。ジョンが待ってる。」

真司は、頷いた。

「この人は勝喜。と言っても母親がドイツ人で、そっちの名前はステファン。好きな方で呼んでくれ。」

勝喜ことステファンは、流暢な日本語で言った。

「よろしく。どっちで呼んでくれても良いが、多分この見た目だからステファンの方が呼びやすいだろうな。じゃあ、ここからは少し登りがきついから、みんな頑張ってついて来てくれ。」

ステファンは、そこを軽々と上がって行く。

年齢的にはかなり上のように見えるが、果たして幾つなのか要には分からなかった。

博正と真司は坂道ではないように軽々と軽快にその道を上がって行くが、結構な傾斜だ。

皆は、慣れないスーツケースを引っ張って、ダラダラと続く坂道を登り始めたのだった。

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