Super Nova
【今日は地球に彗星が最も接近する日です。○○天文台の予想では、今夜みられる彗星はおよそ2等級の明るさになるそうです。これほどまでに彗星が地球に接近する事態は観測史上初となるため、天文学的にも大きな影響をもたらしてくれるでしょう。みなさん、今夜は一度、空を見上げてみてはどうでしょうか】
今夜、彗星が降る。
そんなこと物語の中だけだと思っていた。それなのに。
人類が想像だにしないこの出来事を君も見ているのだろうか。
突風が大地を揺らし、世界は瞬く。
* * *
六限目の終わりを告げるチャイムが鼓膜を叩く。重い頭を持ち上げ前を向くと時計の針は五時を指していた。
夕日の沈む空が憂いを帯び、雲の合間を縫うように星が瞬く。
もう一度眠ってしまおうか、そう思い瞼を閉じるとスピーカーから小気味のいい音が鳴り、女性教諭の高い声が耳を劈いた。
「皆さん授業お疲れさまでした。知っている人も多いと思いますが、今地球に彗星が接近していて夜になれば肉眼でも見ることができます。とっても綺麗ですので是非、夜空を見上げて観察してみてくださいね」
放送が終わると同時にぞろぞろとクラスメイトが教室を後にする。ほんの少し考え事をしている間に教室から人はいなくなっていた。
机の上を片付け開け放しにされた窓から顔を出す。時刻は黄昏から逢魔が時へと変わっていた。
校門を出た生徒たちが皆同じ方向へ歩いていく。きっと彗星を見に行くのだろうと、俺も追うように教室を後にした。
* * *
【それでは現地の木村アナウンサー】
【はいこちら○○町の△△公園に来ています。ここでは付近に街灯や住宅が少ないため、今夜の流星群、彗星がですね、より一層はっきりと見ることができるようになっています】
【それにしてもたくさんの人で賑わっていますね】
【そうですね、(ザザー……)が多くみられるそう言った印象です】
【木村アナウンサー?少し音声が乱れているようですが、大丈夫でしょうか】
【はい、(ザザー……)ません。えーとですね、観測史上町中の人が集、天文台からの発ように(……)千年ですので(ザザー……)】
【えーただいま音声が一部乱れております。申し訳ございません】
【木村アナウンサー、また改めて伺いますね。ありがとうございました】
【(ザザー……)】
背の低い草が生い茂る地面に腰を下ろし、空を見上げる。
空には月より一回り程大きい彗星が浮かんでいた。
辺り一帯に人が押し寄せ皆一様に空を見上げている。カメラを向けてはしゃぐ声や感嘆の息を漏らす音が聞こえてくる。
ふとポケットに入れた携帯が振動した。
「今どこにいる?」
親からだと思って開いたメールに書かれていた一文。一見、待ち合わせをしているような普通の文章に俺は目を疑う。
メールの差出人、それは交通事故で死んだはずの玲からだった。
思いがけない出来事に思考が停止とフル稼働を繰り返す。気が付けば携帯を持つ手が震えていた。
何かしなければ。返信しようと手を動かしたその矢先、心を揺するサイレンがそこらじゅうで鳴り響いた。
時間差で俺の携帯もけたたましい音を鳴らす。
「くそっ」
見ると玲から送られてきたメールの画面が閉じられ、警告の文字と長い小文字の文章が浮かび上がっていた。
瞬く間に騒がしくなる群衆。不穏な空気が漂い始めたその時、誰かが声を上げた。
「見ろよ!」
立ち上がり上を指さす同校の彼につられて空を見上げる。
するとそこには先ほどまでとは比にならない大きさの彗星が浮かんでいた。
* * *
【たった今○○天文台から寄せられた情報によりますと、彗星が予想していた軌道を大幅に外れ、このままだと地球と衝突する可能性があるとのことです。これを受けて岸辺総理は□□県に自衛隊を派遣、そして対象の市町村とその周辺地域に避難命令を発表しました。現在総力を挙げて避難活動を行っている模様です】
【「現地と連絡取れました?」「だめです。繋がりません」「○○天文台からの映像と避難情報早く!」「この後緊急会見だからそっちに繋いで」「CM明けるよ、早く!」】
今夜、彗星が降る。
逃げ惑う人々を置き去りにして星は瞬く。ありふれた日常が流れる陽だまりに影が差す。望んでいたはずの刺激が牙を剥く。繋がる想いを蹴散らして世界は終わる。
それでも、もう一度逢えるのなら。悪くないなと手を伸ばす。
空を覆う彗星が今、地球を呑み込んだ。