追記 作中の東雲聖という人物について
追記
作中の東雲聖という人物について
東雲聖を始め、本作品の作中の人物や団体は全て作者の想像上のものであり実際の人物や団体とは一切の関係がございません。
ただ、東雲聖という人物は、その言動や性格、外観は全て作者の想像によるものですが、作品に関してはモデルとなったものがありますので、ここに注記させていただきます。
羽田空港、国際ターミナルに展示されている千住博氏によるウォーターフォールです。
現在はコロナで日本と中国を行き来できておりませんが、コロナになる前は年に二回は日本と中国を行き来しており、その際に目にして自分の日本画に対する考えを根底から覆した作品です。
その大きさ
芸術とは何か。芸術とはもっと、その中に入り込んで感じるものなのではないかなと。
水墨画、山水画、そのサイズが変わることによる迫力の違い。
子供の頃にはわからなかった。物言わぬ自然の美しさを時を経て大人になってようやく鑑賞できるようになったのかなと思いました。
子供はね、やはり動くものに惹かれるものなのではないかと思うんです。
そして、子供の頃の自分にとってものを言わぬ自然というものは、あまりにもありふれたものでした。それが故郷を離れ、母国を離れて時が経つごとに懐かしくてたまらない。
帰りたいという気持ちを掻き立てる存在になり、初めてその物言わぬ自然の美しさが目に映るようになりました。
それから水墨画はじめ、千住博氏に興味があり、できればもっと作品を直に見て感じたいのですが、残念ながら海外に暮らす身。さらにここ数年はコロナのために足を運ぶことができずにいます。
デジタル化の進む時代。でも、スクリーン越しには感じられないリアルなフィーリングというものを私たち人間は持っています。芸術作品もそうですが、自然もそう。
たまには雨に打たれたり、海に浮かび波にさらわれながら空を見上げたいものです。
山の天辺から、自分の普段住んでいる街を小さいなと見下ろしたいものです。
私たちが忘れてならないのは、自分達は自然の一部だということです。
街も人も、そして自分も、大きな自然から見たら小さな存在です。
そういう視点になって初めて、本当に大切なものってなんなのか、それがわかるものではないかなと思うんです。人間は元々は動物ですから。自然の中に立ち返って初めて思い出す、それは生きる本能だと思っています。
人はもともとはもっと強いものです。生きる力を本来備えたものです。
それが、人工の街で複雑な現代の中で、どちらへゆけばいいのか行き先を見失い迷ってしまう。
その悩みを自らの力で解くことこそが、幸せになる鍵だと信じています。
悩みは自分の力で解ける。なぜなら人は本来は強いものだからです。
2022.10.02 汪海妹




