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7 鬼ヶ島へ帰る⑧













   7 鬼ヶ島へ帰る⑧












   澤田暎













会社で資料を読んでいると、携帯が鳴った。画面を見ると理沙からで、また何かあったかと思う。片手で資料を持ったまま、もう片方の手で出た。


「はい」

「暎君?ちょっと困ったことなってて」

「また、愛人がらみで何かあったの?」

「そっちじゃなくて」

「うん」

「悠人君が今、家にいて」

「え?」


手にしていた資料をばさりと落としてしまった。


「なんで?」

「なんでもよ。それでね」

「大騒ぎになったの?」

「いや、トランプしてる」

「……」


愛人、悠人、大騒ぎ、トランプ?


「もしかして、奇跡が起こって、悠人を見て、兄さんの記憶が全部戻って、それで仲良くトランプしてるの?」

「そんなわけないでしょ」


そんなわけがあったらよかったのに。というか、今までこんだけ心配したり騒いだりしたけれど、そんな簡単なきっかけで案外記憶なんて戻るもんなんじゃなかろうか。絶対戻るとは言えないけれど、可能性はあるはずだ。ちょっとガクッとなるけど、でも、そんなオチが来ないだろうか。

手に持っていたペンを片手で回しながらその瞬間そんなことを考えていた。


「とにかく今すぐ帰ってきて」

「え、もうちょっと説明してよ」

「いいから、はやくね」


電話は切れた。切れた電話をしばらく眺めた。眺めながらこう思った。うちの奥さんは、こうやって事情を中途半端なままに説明すると、説明された相手が家に駆けつけるまでの間あれやこれや考えて心配したり、気疲れしたりするとは考えないのだろうか。


しかし、ここでもう一度電話をかけて、奥さんを叱り飛ばし、詳しい事情を説明させる勇気はなかった。どうしてなのかわからないが、いつの間にか我が家のパワーバランスは年下である理沙に傾いている。いつ傾いたのだろう?


この資料は明日までに確認して問題点を関係者に配信しなければならないのだが、理沙が早く帰れと言うので持ち帰ることになった。やれやれ。クリアケースに資料を入れて鞄に入れると立ち上がる。帰り支度を始めて社を出た。


そして、例によって例の如く、電車に乗って揺られながら一体なにが起こったのかを考える。悠人が兄に会ったらしい。兄は美登里さんを使用人だと思ってるので、悠人のことは使用人の息子だと思ったのだろう。悠人はショックを受けただろうか。トランプをしてるのならそんなにショックは受けなかったということだろうか。


家につくと、トランプには飽きてしまったのか、柾と悠人はソファーに並んでテレビを見ていた。世界のとんでもない出来事をピックアップして流し、スタジオのタレントがコメントを入れるバラエティだった。美登里と理沙はダイニングテーブルに座って、テレビを見ている2人を眺めていた。暎がリビングに入ったのを見て美登里は立ち上がるとコートを羽織った。


「ほら、悠人、帰りますよ」

「え……」


こちらを向いた悠人の顔で、部屋の雰囲気が途端に暗くなったように見えた。


「こんなに遅くまでお邪魔してしまって」

「あ、いいえ」


お辞儀をする美登里に対しながら、こちらも軽くお辞儀をすると傍で理沙が目顔で外を示してくる。


「あ、送りますよ、駅まで」

「ああ、はい」


母親が叔父と話している傍で悠人がのろのろと上着を着て、鞄を拾う。柾はその様子を見ていたが、母親と出て行こうとする背中に声をかけた。


「悠人君、よかったらまたおいで」


悠人は振り返り、一度美登里の顔を見てから、もう一度柾の方を見て頷いた。


外に出てエレベーターに乗って1階まで降りる間、なんとなく三人で無言になる。黙って俯きがちになった悠人の頭を美登里が何度か撫でていた。駅へ向かって3人で並んで商店街を抜けてゆく。


「今日は、お母さんと一緒に来たの?」

「いや、この子が勝手に」

「そうか……」


なにもなくてよかった。


「次からは一人で来ちゃいけないよ」

「ねぇ、叔父さん」

「なに?」

「お父さんは僕のこと忘れちゃったの?それともわからないふりをしてるだけ?」

「……」


ちょっと言葉に詰まった。


「お医者さんは忘れちゃったんだと言ってるね」

「そうじゃないんじゃないかな」

「どういうこと?」

「本当はわかってるんだけど、わからないふりしてるんだ」

「どうして?」

「僕がいらなくなったから」


思わず足を止めて、悠人の顔を見た。ふざけて言ってるのかと思ったからだ。


「そんなわけないでしょう」


義姉さんが怒ったような声を出してしゃがみ込み悠人の肩を片手で掴み目を覗き込む。どこかの車がクラクションを鳴らしていて、たくさんの人が僕たちを無視して通り過ぎていく。


「義姉さん」


その時、悠人は疲れた顔で姉さんに向かって笑っていて、その笑顔だけは妙に大人びていると思った。僕は悠人の袖を捲ってあざを見つけた時のことを思い出した。


「どっかで座って話しましょうか。時間はまだ大丈夫ですか?」

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