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6 裸の王様④













   野中将嗣














歴史ある神社の本殿に拝殿する渡り廊下のこちら側で、僕たち親族はゾロゾロと立ち並び新郎と新婦がこちらへ来るのを待っていました。息子がすぐ傍でソワソワとしている。こういう子なのです。昔から落ち着きのない。そして、僕にボソボソと耳元で呟いてきた。


「ここ、結婚式するのにいくらかかるのかな?」

「……」

「やっぱり結構するのかな?」


銀行員としては、どうしても相場が気になるのかもしれません。


「有名人としては一般には公開しないにしてもそれなりのところで式をあげないとってことなのかな?」


ボソボソとどうでもいいことをこんな時に呟いている。


「将臣、やめなさい」

「父さん、気にならないの?」

「いいから、黙りなさい」


小声で嗜めていると、傍でくすくすと笑われた。


「なっちゃん」

「すみません」


晴れ着をきた娘の幼馴染と彼女の小さな娘さんが僕らを見上げている。


「今日はわざわざ遠いところからありがとうね」

「いやいや。嬉しいです。参加できて。ね、千夏」


話を振られると小さな女の子は恥ずかしがってお母さんの陰に隠れてしまった。


「このはちゃんのお父さんだよ」


声をかけられてもそこからじっと動かない。本当に可愛らしい女の子だった。それを見ていて、娘が同じぐらい小さかった頃のことをふと思い浮かべた。


「あ、来ましたよ」


言われて一同がそちらを見る、向こうからゆっくりと、しずしずと、黒い羽織姿の日野さんに手を取られてこちらへと向かう花嫁の姿が見えた。着物になんて慣れていないから早く歩けないのだろう。でも、花嫁にスタスタと歩けなどという観客はどこにもいない。世界中そうではないだろうか。


「綺麗ねぇ……」


日野さんのご親族の方だったろうか。誰か女性の方が呟いて、そして、皆で嘆息した。そんな賛辞の中を皆に見つめられながら、娘は俯いてこちらに一歩一歩近づいてくるのです。生まれた頃から大切に大切に育ててきた娘が。


自分は今まで子供たちに何度、大きくなったなぁと声をかけてきただろうか。背が伸びるのが止まり、働いて自分のお金で生活をするようになった子供たちに、


「大きくなったなぁ」


この言葉はやはり少しそぐわないだろう。だから、心の中でだけつぶやく。大きくなったなぁ。しかし、娘の純白の姿を見たときに僕の心にはその大きくなったなぁというつぶやきは湧かなかったのです。


言葉が湧きませんでした。何も感じなかったからではもちろんありません。

ただ、さまざまな思いが一度に去来した。


「真っ白だな」


娘が僕たちの傍に立つと、息子がそんなことを言う。


「なによ。お兄ちゃん、そのくらいしかいうことがないの?」

「あ、なんだ、しゃべるな」

「なんで?」

「しゃべらないほうがいいぞ」

「もう」


呆れて皆が笑った。その後、将臣は嬉しそうに僕に笑いかけた。


「綺麗だなぁ。な、父さん」


屈託のない調子で。僕はその時、まるで眩しいものから目を逸らすように少し俯いていたんです。それを息子の言葉にパッと顔を上げた。そして、ご新郎と目が合った。なんとなく二人でほんの僅かに頭を動かして、礼を交わしました。


綺麗、綺麗……


他の父親の皆さんがどうなのか僕は知らない。ただ、僕は……。僕にとって娘はいつも可愛いものでした。歳を経て可愛かった娘はやはり、綺麗になるのだと思います。だけれど、父親というのは娘に綺麗だねと言いたくはないのではないでしょうか。


そこには、いつまでも可愛いまま、子供のままでいてほしいという無理な願いが込められているのだと思います。


それにですね。


今日からこの子は日野さんのものになる。


「将臣」

「なに?」

「人様の奥さんに向かって、軽々しく綺麗というのはよしなさい。妹でもな」


日野さんがその言葉に微かに笑った。


「また、そんな堅苦しいこと言って」

「このは、おめでとう」


その時に、子供の頃から大切に大切に育ててきた子を人の手に渡すのだという実感が、突然僕を襲いました。思いがけず、少しだけ声が震えた。


「うん」


僕の声の震えに娘は少し目を潤ませた。


それはほんの一瞬の出来事でした。でも、僕と娘のその一瞬はやはりとても重要なものだったのだと思う。儀式という形式の中にきっとけじめとでもいうのでしょうか。形の中に僕たちは心を見るのだと思う。


「よろしいですか?」


神社の方に声をかけられて、姿勢を正す。新郎新婦を筆頭に並び直した。そして、僕たちは参殿のためにその廊下を並んで渡った。

 

結婚式というのは境界線を越える日なのだなと思う。川を渡るようなものだ。このはは僕たちの側から日野さんの方へ渡って行った。


さようなら


この言葉を僕たちは口にすることはない。でも、今日という日は、実は別れの日でもあるのだと思う。表側からは見て取れないその別れを内包しているものなのだな。

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