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6 裸の王様①












   6 裸の王様 


 デンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンが翻案し、1837年に発表した童話。原作はスペインの王族ファン・マヌエルが1335年に発表した寓話集『ルカノール伯爵』に収録された第32話「ある王といかさま機織り師たちに起こったこと」である。









   野中将嗣













その前日でした。夕飯を終えてしばらくテレビを見て、風呂に入って出てみると妻が突然食器棚からさまざまなものを取り出してはダイニングテーブルにのせて、そして、ああでもないこうでもないとやっている。


「何をやってるの?」

「見てわからない?」

「……」


なんとなく自分はダイニングテーブルにパジャマ姿で座った。そのテーブルの半分はさまざまな器やグラスや、そんなもので占領されていた。


「それは、こんな夜に始めなきゃいけないこと?」

「でも、気になっちゃったんだもの」


そして、妻は食器を棚から出しては、棚をきれいに拭いて、そして、食器の入れ方で悩むのです。ただ掃除をしているのではなくて、整理し直している。


「どうしてこういうものって次から次へと増えちゃうのかしらね」

「捨てればいいだろう」

「そうなんだけど……」


台所の床に膝をついて座りながら、膝の上に皿を何枚か載せて眺めながら妻はため息をつく。


「全部思い出があるんだもの」

「うん」

「簡単に捨てれないのよ」

「うん」


それから妻はまたああでもない、こうでもないと夜中にやっているのです。自分はしばらく彼女のその様子を見ていた。


「いい加減にして、寝なさいよ」


それからそう声をかけて自分は席をたち先に寝室に入りました。暗い部屋の中でベッドに横たわり、サイドボードにメガネを外しておく。それからただ天井を眺めた。眺めながらさまざまな音を聴いていました。静かな夜の中に離れた台所の方からかちゃかちゃと音がする。


早く寝ればいいのに


そう思いながらしばらくいるうちに寝てしまった。


次の日の朝、僕が目覚めると妻はもう床にいなかった。朝早くから台所に立ってネギを刻んでいる。ダイニングテーブルの半分は相変わらず食器に占領されていた。


「終わらなかったんだ」


背中から声をかけた。妻は味噌を溶かし込みながら僕の方を見ずに返事をした。


「のんびりやるわ。別に今日やることもないし」

「うん」


味噌の香りがふんわりと広がる中で立ち上がって玄関へゆく。新聞を取ってくると食卓で広げた。そのうち妻が味噌汁やらご飯やら焼き魚やらをお盆にのせてこちらへ来た。


「ごめんなさいね、散らかっていて」

「ああ、いや」


ことりことりと食卓に並べるのを見ながら僕は新聞をそっと畳みました。妻が並べ終わり、座るのを待って箸をとる。


「何か目新しいニュースでもありましたか?」

「いや、別に」

「そうですか」


そして、いつものように2人で朝ごはんを食べた。もともと僕たちは朝ご飯の時にペチャクチャといろいろ話すわけではない。でも、この日はそんな普段と比べてもなんだか無口になってしまった。ご飯を食べ終わると僕は東京へゆく準備をしようと奥の部屋にゆき、いつの間にか旅行カバンに荷物が詰められているのに気づく。礼服は皺にならないように襖の縁にかけられていた。


「いつ準備したの?」


驚いて台所に向かって声を上げた。でも、妻は食器でも洗っているのだろう。水音がうるさいのか聞こえないようだ。僕はかけられた礼服を取り上げ、鞄を持ち上げるとリビングに取って返した。


「いつ準備したの?」

「え、なんですか?」


じゃあじゃあと水を流しながら妻が振り返った。


「これ」

「ああ……」


キュッと水を止めると、手際よく洗い終わった食器を乾燥機に並べてゆく。


「いつだっていいでしょう」

「昨日だって夜遅くまでここを片付けてただろう?」

「一泊二日の準備ぐらい、すぐできますよ。一泊二日、でしたよね?」

「ああ、明日には帰ってくるよ」

「そうですか」


なんでもない顔をしてそう言った。出かける時間になって、鞄を抱えて二人で玄関へ向かう。妻は玄関先で僕にいう。


「ハンカチ、持ちましたよね?」

「持った」

「ティッシュも?」

「どうだろう」

「あら、ちゃんと入れたかしら」


もう一度鞄を開けようとするので止めた。


「なかったら買えばいいから」

「そうですか?」

「うん」


妻は手を止めると、普段着のまま自分も靴を履く。駅まで車で行って、そして、そのまま車に乗って帰ってくるのだ。妻の運転する車に乗りながらなんだか居心地が悪いと思う。庇護される身になった気分だ。逆転してる。


「着きましたよ」


そう言われてシートベルトを外し、一旦降りると後部座席を開けてそこに載せていた鞄を取り上げた。妻はシートベルトをつけたままハンドルを握ったままでそんな僕を見ていた。バタンとドアを閉めた。妻は路肩に停めていた車を再発車させようとする。僕はコツコツと助手席の窓を叩いた。ガーと窓がおりて、怪訝そうな顔の妻が顔を覗かせる。


「紫織」

「はい」

「一緒に行かないか?」


もう既に何度も言っていた言葉だから今日は言わずに去ろうかと思っていた。でも、やはり僕はそういった。妻は呆れたように苦笑いした。


「こんな格好で?」

「なぁ、式の間、どっか好きなところへ行って1人遊んでいたっていい。一緒に東京に行かないか?それで、終わったら2人で遊んで、それから帰ってこよう」

「遊ぶってどこへ?」

「君の行きたいところへ行って、好きなことをすればいい」

「あなた」


妻は間髪入れずに言った。


「家をぐちゃぐちゃにしてきましたから」

「うん」

「あれを片付けないと」

「……」


僕は下された窓を簡単に閉じられないようにそこにそっと片手を置いていた。妻は僕の手を挟んでまで窓を上げるつもりはない。


「明日、帰ってくるんですよね?」

「うん」

「じゃあ、明日」


そこまで言われて、置いた手を外した。スーッと窓は上がり、そして妻は平然とした顔で車を出して去っていった。僕はそれをデクノボウのようにそこに立ち尽くして眺めていました。


紫織は僕が明日帰って来れば、また僕たちの同じ平穏な毎日が続くと思っているんだろうか。続くことは続くのだと思う。僕にこの毎日を壊すつもりなどない。ただ、違うと思うんです。僕が帰ってきても、でも、何かは戻らない。


それでも人というのは時に折れることができないものなのだな。


妻はきっと最後の最後まで僕が彼女を東京へゆこうと誘うことがわかっていた。それを断るためだけに前の日の夜からあんなことをしていたと思うんです。そして、用意したセリフを読むように僕の誘いを断ったんだな。


最後の最後には式に是が非でも出席させたいというのでもなかった。ただ、あの冷たい台所の床に座って1人でぶつぶつ言いながら食器なんか片付けて欲しくなかったんです。それなら、東京で憂さ晴らしにデパートで1人で山のように買い物してくれていた方が、僕の気持ちが楽だった。娘の結婚式が終わったらすぐに少しでも早く紫織の元へ帰りたかったのです。


妻が心配でした。どんどん貝がぐっと閉まるように押し黙り、頑なになる妻が心配だった。

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