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1 そのピースが今更どこにはまる?①

本作品は、彼女は牡丹君は椿①②③、きみどりに始まりふかみどりに終わる①、及び両作品の短編に続く物語になります。第一章のそのピースは今更どこにはまる?は、物語のプロローグとしても機能していますが同時にこの一章自体が独立した中編になっています。


二章以降の物語については現在執筆中。執筆終了次第、第一章に続いて掲載させていただく予定です。


2022年10月3日

自宅にて

汪海妹













   1 そのピースが今更どこにはまる?













   澤田理沙

   とある都内の児童書の出版社にて













「あ、すみません。澤田さん」


呼ばれて顔をあげる。事務所裏の倉庫の方から、納品を済ませていた業者の子が顔を覗かせている。わたしはキョロキョロあたりを見渡した。さっきまで事務所にいた人たちがいつの間にかいない。わたしは立ち上がった。


「はい」

「納品終わったので確認してもらっていいですか?」


印刷所の男の子から薄いペラペラの納品書を受け取った。段ボールを一つ一つ開けて納品のタイトルとタイトル毎の冊数を確認した。


「オッケーです」

「あの、印刷の具合とか欠損がないかとかのチェックもいただきたいんですけど」

「え?」


ちょっと困った。


「それはこれからしますけど、そんなのに付き合ってたらあなた帰れないですよ」

「……」


その若い子は何か言いたそうに、でも何も言わずに立ち尽くしてる。


「長いお付き合いですから、別に立ちあわれなくても何かあれば後でご連絡しますし、ご対応してくださいますよね」

「あ、はい」

「ここはもう大丈夫ですから、次の配達先に行ってくださいね」


そう声をかけると、しゃがみこんで床に置いたダンボールから届いたばかりの絵本をそっと取り出す。扱いを間違えて帯封が破れてしまったりしたら大変。


「あの……」


ふと顔を上げると、まだいた。男の子。


「まだ何か?」

「あの……」


ちょっときょとんとした。なんだろう。相手に合わせてもう一度立ち上がった。ちょっと俯きがちだった彼は顔を上げた。


「澤田さんって……」

「はい」

「彼氏さんとかいますか?」

「あ……」


ぽかんとしました。それから、我に返った。左手を彼に見せました。左手の薬指の指輪を。


「その、彼氏ではなくて」

「はい」

「夫が……」

「……」


気まずい沈黙が……

でも、お互いいい大人です。学生とかでもありませんし。彼は顔を真っ赤にしながらこういった。


「大変失礼しました。今の質問はなかったことに」

「あ、はい」

「本当にすみません。では」


何度もお辞儀をした後に、大変恐縮して倉庫の通用口から帰って行きました。

いや、びっくりしたぁ。倉庫に一人になってやっとそう思う余裕が戻ってきた。


「あーあー」


後ろから声がして振り返ると……、どこかにいって姿の見えなかった社長と同僚が二人で事務所と倉庫のドアのところから覗き込んでいる。


「もう、普通は本人に直接聞かないわよね。わたしたちに聞けばいいのに」

「でも、男らしくていいじゃありませんか。あー、勿体無い。倉科君、かわいいのに」

「……」


楽しそうに囀っている女二人を黙って見つめる。ため息しか出ない。


「この検品後回しにしてちょっと休憩していいですか」

「あ、お茶にしよ、お茶に」


埃っぽい倉庫から出る前にパタパタと服を払った。後でもう一回掃除しておこうと思った。


「ね、ご飯食べに行くぐらいは許されるんじゃない?結婚してたってさ」

「ああいうまじめな子は揶揄わない方がいいわよ」


社長と佐倉さんはお茶の準備をしながら、ああだこうだと話している。


「じゃ、相手も結婚してたら?理沙ちゃん目当ての人、他にもいると思うけど」

「だめだめ」


社長が断固とした口調で言った。お茶の入ったカップを真ん中にして女3人でテーブルを囲んでガタガタと座る。


「え、食事ぐらいいいじゃない。バレるわけじゃなし」

「澤田さんってさ、結構嫉妬深いんじゃない?ね、理沙ちゃん」


テーブルで向かい合いながら、社長がちょっとこっちに身を乗り出す。両手でカップを持ちながら、うーんと天井を見上げた。


「よくわかりませんけど」


恋愛経験がゼロに近いので、よくわからない。


「でも、別に家の中に閉じ込めてるわけでもないじゃない」


同僚の佐倉さんが社長に言う。


「普通、嫉妬深い人って奥さんを外で働かせないんじゃない?」

「だけど、うちってほら全部同僚女じゃない」

「ああ」

「澤田さんが理沙ちゃんをうちに紹介してくれたの、最初は親切だと思ってたけど」

「うん」

「澤田さんにとっても都合が良かったんじゃないかって」

「どういうこと?」

「ほら、うちって全部女じゃない。前の会社だとたくさん男の人いるでしょ?」

「……」


一瞬女3人でしんとした。お茶のカップから湯気が3つあがってる。


「いや、そんなんじゃないですよ」

「そう?」

「考えすぎです。社長、わたし、あの時、前の会社でちょっと窮屈な思いしてたし」

「そうか」

「そうですよ」

「なんかつまんないわね」


いや、面白がってたんですか……。やれやれ。そっと温かい紅茶を少し口に含む。


「ね、反対に理沙ちゃんは嫉妬しないの?」

「へ?」

「いや、澤田さんっていったらそりゃ顔広いじゃない。あっちこっちと」

「はぁ」

「出会いなんていっぱいあると思うわよ」


言われて、お茶請けのクッキーを片手に暎君が女の人たちに囲まれている様子を想像してみた。


「ま、でも、仕事ですし」

「なんかあるかもってやきもきしないの?」

「言い出したらキリないし、信じてますから」


ニコッと笑ってみた。


「あら、余裕ねぇ。さすが」

「でも、ついちょっとって遊んじゃったらどうする?」

「え?」

「本気ではなくてついちょっとってさ。許す?」


檜垣さんは親指と人差し指でちょこっとした隙間を作ってみせる。というかほとんどその隙間はない。その隙間をしばしじっと見た。お茶請けのクッキーがばきりとわたしの指と指の間で割れた。


「それ……、許すとこじゃないですよね?」

「ん?」


一瞬女3人でしんとする。お茶のカップから湯気が3つ上がっている。


「だめか?」

「ま、でも、そんなことはしないって信じてますから」

「そうよね」

「ええ」


皆で笑ってその話はおしまいになった。


その日、休憩の後に納品された本の状態を全部確認すると、もう一度きちんと段ボールに入れ直して封をした。それからどうしても埃がちになってしまう倉庫を掃除機で掃除する。無駄といえば無駄なのだけれど、それでも何もしないよりマシだろう。

特に急ぎの仕事もないので、その日は6時過ぎには会社を出た。帰りにスーパーに寄る。冷蔵庫に何があったっけ?と考えながら籠に買いたいものを入れて会計を済ますと、スーパーの袋をぶらぶらしながらのんびり家へと帰った。1人分の夕食を作って食べた。食器を片付けてからお風呂に入る。お風呂から上がって洗面所を軽く掃除していると玄関のほうで音がした。


「おかえりー」


洗面所から声をかける。主人の足音が近づいてくる。


「ただいま」

「遅かったね」

「そう?」

「酔っ払ってる?」

「いや、そんなでも」


床に落ちていた髪の毛をコロコロとテープで巻き取ると汚れた部分を破り取って捨てた。主人が手を洗ってうがいをしている。それを待って自分も手を洗った。すると横で使い捨てのコンタクトを外して捨てている。


そして、メガネをかけた。


リビングに戻るとカバンから本を取り出してとんとテーブルの上に置いている。それから、棚を開けるとグラスにお酒を入れているので呆れた。


「お酒を飲みながら仕事?」

「酔った頭だからこそ理解できる文学もあるんだって、一緒に飲む?」


そう言ってカットグラスを持ち上げて見せる。


「暎君が飲むようなお酒、飲めない」

「飲めないって決めつけるのはやめなよ」


そう言いながらわたしの返事を待たずにもう一つのグラスを取り出して、少しだけとぽとぽと入れてくれた。わたしはつけっぱなしになっていたテレビをぱちんと消した。そして、低い音量で音楽をかけた。歌を含まないBGM。本を読む彼の邪魔にならないような音楽。

それから、天井の灯を消してスタンドの灯りだけをつけた仄暗い部屋で並んでソファーに座る。


「最初に香りを嗅いで」

「うん」

「それからちょっとだけ舐めてみなよ」


グラスを揺らして琥珀色の液体のキラキラとゆらめく様を眺める。香りが立ちあがるのを嗅ぎました。


「このお酒、高いの?」

「安くはないですね」

「いくらぐらい」

「値段を聞いてから味を判断するのは素人のすることだ」

「それは誰の名言?」

「さぁ、いいから舐めてみなよ」


そう言われて口に含んで飲んでみた。


「どう?」

「うーん」


そういうと笑って、それから自分のグラスをローテーブルの上にことりと置くと、読みかけの本を開いた。それで、邪魔しちゃいけないなと思って、横でマニキュアを落とすことにしました。落として別の色に塗り直そうと。

隣でそんなことをしながら、時々思い出したみたいにグラスのお酒を口に含んでみる。それから、静かに本を読んでいる暎君を眺める。


外で賑やかに話している様子はみんなが知ってる。でも、メガネかけてこんな風に静かにしてるこの人を知ってる人はわたしだけ。だから、皆さんがなんと言おうと、わたしの代わりになる女の人なんてこの人にはいませんし、これからも現れません。


……多分


マニキュアを落とす手を止めてグラスを取り上げる。ゆらゆらと揺らしてからもう一口含む。

普通は本を読んでいる時に邪魔するなんてしないんだけど……。集中していると話しかけても聞こえてないことあるし、この人。


「今日男の人に彼氏いますかって聞かれちゃった」


黙って本を読んでいる主人を横から眺めてました。やっぱり聞こえなかったか。

諦めて次の爪に取り掛かった。


ぱたん


「今、なんていった?」

「ん?」


時間差で頭に届いた。


「なんかちょっと信じられないようなことを耳にしたような」

「それ、読まないでいいの?」

「いや、この状態で読んでも頭に入りません」

「あ、そう。悪かったね」

「今、なんていった?」

「今日男の人に彼氏いますかって聞かれちゃった」

「君の職場に男の人はいませんよね?」

「……」


その時、一瞬だけお昼、檜垣さんが言っていたセリフを思い出す。

理沙ちゃんを転職させたのは澤田さんにとっても都合が良かったのではないかという話。

……。

いや、でも、まさか、流石に、そんな……。考え直した。


「いや、出入りの印刷所の人で」

「ふうん」


不意に興味を失ったような目をして、酒を飲む。もう一度本を開いた。やれやれ。全部の爪を落とし終わったので、次はどの色にしようかとマニキュアをいくつか取り出して眺める。すると、暎君がまた口を開いた。


「なんて答えたの?」

「ん?」

「彼氏いますかって聞かれて」


こちらを見ずに本に視線をあてたままで聞いてくる。わたしは横顔に向けて言った。


「そりゃ、夫がいますって答えました」

「そう」


一色選んで端っこから塗る。はみ出さないように、はみ出さないように……。

ぱたん、もう一度本を閉じて暎君、立ち上がった。


「お風呂入ってくる」


飲み掛けのお酒と読みかけの本をそのままに立ち上がって奥へ消えた。その背中を見ながらはてと首をかしげる。嫉妬深い人ってもっと、こういう時しつこいんじゃないかと思うんですね。だから、やっぱり暎君は普通程度の人なんじゃないかしら。檜垣さん、間違ってますよと。

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