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無気力系Fラン大学院生の末路 ~友なし職なし希望なし~

作者: エドガー・サンポー

 無気力系Fラン大学院生の末路、それは"死"である。死というのは、生物学的な意味における死だけを意味しない。身体的には間違いなく生きている。けれども彼は、魂が死んでいる。生きていても死んでいても大して変わらない──生きる屍。そういう意味をも含んだ"死"である。これから綴られるのは、ある無気力なFラン大学院生の物語である。この物語に登場する彼は実在しているかもしれないし、していないかもしれない。ただ一つ言えることは、この物語は全くの空想や妄想の類ではないということである。これを、世の無気力系Fラン大学院生に捧ぐ──。



「先崎くんさぁ、これ中学数学だよ?」


 クーラーのよく効いた教室で非常勤講師の先生は呆れた顔で言った。他の受講生の連中はおれのことなど興味なさげといった感じでレジュメに目を落としている。おれがよそ見をしていると先生はますます怒った。


「おい、聞いているのか!? 先崎ィ!」


 先生のほうを向き直す。面倒くさいなぁ。早く終わらないかなぁ。


「君ね、よくこんなんで卒業できたね大学を。でもねぇ、院はそういうわけにはいかないからな。こんなんじゃ単位あげられないよ」


 単位がもらえない、それは困る。せめて卒業はしておきたいから。おれはこの時、ほんの少しだけ身構えた。もしかすると勉強をしなければならないのかな、と、わずかながら覚悟しようとした。


 でも、


『名前 先崎永腐男せんざきえふお マクロ経済学超特殊特講S 評価 可』


 単位はもらえた。あのあと、おれは一切勉強をしていない。未だに中学数学は分からないままだ。でも単位はもらえた。あの先生の言っていたことは、全てこけおどしに過ぎなかったのだ。うちにはスペックの低いやつしかいない(おれはその中でも底辺)から、あの先生の言うようになったら、多分誰も単位がとれないからである。助かった。これで勉強しないで済む。同期のやつらとはほとんど話したこともないが、今だけは感謝している。sankyooさんきゅー



 ところで、おれは今、同期のやつらに陰口を言われている。つまり、おれは聞いてしまったのだ。トイレから出て角を曲がろうとしたとき、連中が研究室の前でおれのことをぶつぶつ話しているのを。


「先崎のやつ、マジふざけんなし」


「あいつのせいで研究室1カ月使えねぇとかガチ最悪だわー」


 こいつらは同期のDQN達だ。どうしてこいつらがこんなに怒っているのかというと、おれが研究室の鍵を3回連続で閉め忘れたからだ。うちの経済専攻は、研究室の鍵を3回閉め忘れるとペナルティで全員1カ月間研究室が使えなくなるというルールがある。犯人がおれだとバレたのは、これまたルールで研究室の鍵は毎回事務室に戻さなければならないからだ。このシステムだと誰が研究室の鍵を借りたのかが分かってしまうため、おれの仕業だとバレてしまったのだった。おかげで事務の人には怒られるし、こうして同期のやつらにも陰口を言われるわの仕打ちを受けている。だってしょうがないじゃないか、鍵かけるの忘れてしまうんだから。


 これから同期のやつらと授業がある。でもなんだか気まずいから出たくない。おれは一通りやつらの陰口を聞くと、トイレに戻り、個室に入った。ここで次の時間をやり過ごそう。トイレが一番ラクなんだ。誰にも見られないし、誰にも話しかけられないから……。別にウンコもオシッコもしたくないので、スマホでドラえもんのアニメを観る。英語の字幕うぜぇ。でかいし。読めねぇし。


 

 それから1カ月後、おれのやらかしによって起きた経済専攻の院生全員の研究室使用の禁止が解けた。おれも久々に研究室に入った。もちろん他のやつらのいない時間帯を狙った。自分の机を見ると、そこには他のやつらの教科書や私物などが勝手に置かれていた。この間の腹いせだろう。おれは元々研究室の自分の机にあまり物を置いていなかったというのもあると思う。まぁ、別にいいけど。


 ただ、ここに置いてあるエントリーシートは窓から投げ捨ててあげよう。おれは同期のDQNの一人の作ったエントリーシートを紙飛行機にして研究室の窓から飛ばした。紙飛行機になったDQNのエントリーシートは、スーッと遠くの山のほうへ飛んで行った。


 後日、おれはDQNからやたら睨まれた。ドラえもんの字幕は今日もうざい。



 今日は経済専攻の院生の進学理由と進路希望について話そうと思う。といっても、おれは他人に興味がないので、そこまで深いことは知らないから、主におれの話になる。


 そもそもおれはこの大学──埼玉ノーフューチャー大学の経済学部を卒業し、そのまま大学院の経済専攻に進んだ。別に勉強が好きだったわけではない。学部の頃の成績だって多分下から10番目くらいだと思う(経済学部はおれの代には150人くらいいた)。でも、おれは就活もしていなかったし、他にやりたいこともなかった。ノンゼミノンバイサーのおれでは就活してもどうせどこにも受からないのは分かっていたから、就活はしなかったのだ(一番の理由はめんどくさいからだけども)。親も就活をしないことに対してガミガミ言ってくることもなかった。ただ、ニートになったらなにもやることがなくてヒマだろうと思ったので、面接だけで入れるこの大学院に入った。親も、ニートされるよりはマシだと思ったのだろう。


 よく知らないけど、普通大学院はきちんとした試験があるのだと思うが、うちは偏差値測定不能のFランなので試験は面接だけだ。おれは経済のことなんて何ひとつ知らないので、少しは身構えたが、面接で経済の知識を問われることはなかった。ただ15分くらい何人かの教授と雑談して終わりだ。それで合格。おれはニートになるのは嫌だったので、「もっと経済の勉強をしたいと思います」と言った。それが合格の決め手になったのだと思う。と、まぁおれの進学理由としてはこんなところだ。次は同期のやつらの進学理由について話そうと思う。


 といっても、さっきも言ったようにおれは他人に興味がないし、向こうもおれに興味がないので、個人的に話をすることは一切ない。だから今から話すことは授業中の先生との雑談や研究室での会話で耳にしたことだ。名前は全ておれのつけたあだ名である。


1おかめ納豆 DQN。こんな名前だが男。税理士を目指している。実家は美容院。顔が親知らずを抜いた後のようなふくれっ面。 


2バンダイ DQN。男。税理士志望。エントリーシートを紙飛行機にして飛ばしてあげたやつ。エントリーしていた会社は任天堂。意外とゲームが好きらしい。次はバンダイを受けるらしい。


3渡米 意識高い系。男。税理士志望。いつもフランスに渡米する夢を語っている。ローマで自分のファッションブランドを立ち上げたいらしい。


4サボテン 典型的な陰キャラ。男。税理士志望。教授とプリキュアの話でよく盛り上がる。髪が逆立っていてサボテンに似ている。消費税をちょろまかす方法を研究している。


5ウラワビッチ 院サーの姫。女。経済専攻唯一の女。税理士志望。DQN。おかめ納豆といい雰囲気。でも浦和に彼氏がいるらしい。香水がキツイ。


 経済専攻のメンバーは以上の5人だ。


 ところで疑問に思った人もいるかもしれないが、なぜおれ以外の全員が税理士志望なのか。それは、院を卒業すると税理士試験の科目が免除されるからだ。おれみたいに税理士志望でもないやつはここにはほとんど来ないらしい。意外にもFラン大学なのに目的意識のあるやつが多いのだ。受かるかどうかは別として。ちなみに、うちの院を卒業してめでたく税理士になれたやつは今まで一人もいない。



 ここまで他人の散々なことを書いたが、一番やばいのは誰なのかは分かっている。そう、おれだ。経済専攻なのに中学レベルの数学もわからない、英語だってもちろん読めない(小学生の頃はABCのうたを誰よりも一生懸命に歌っていたのに)。特技もなければ趣味もない(強いていうならネットでドラえもんを観るくらいだ)。そして、友なし職なし希望なし──。


 おれは院を無事卒業できるのだろうか。今2年生だが、おれはまだ修士論文のテーマも決まっていない。このままだと教授から言われた「ドラえもんの経済効果について」がテーマになると思う。いや、一番心配しなければならないのは卒業した先だ。おれはもうニートコースの方へ曲がろうとしている。ニートは嫌だな。


──そうだ、院を出たら専門学校に行こう。そこで今度こそ将来のことを考えようと思う。

 

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