隠された真実
「でも、領主の部下がわたし達を血眼になって探しているわよね。いくらあなた達二人が強くても、簡単にはいかないんじゃないかしら」
牢屋を出てから、フィナシェは自分の先を行くアサラにそう聞いた。
「ああ、それなら問題ないですよ。彼らには私達の姿は見えなくなっていますから」
「それは、どういう……」
フィナシェがそう言いかけた時、近くをごろつき達が通りかかった。咄嗟にフィナシェは身構えたが、ごろつき達はこちらに全く気付かずに通り過ぎた。
「どういうこと?」
「詳しい説明は後で。今は、目的を果たすことを優先しましょう」
疑問の目を向けるフィナシェに、アサラはふっと笑みを見せる。
「そうね」
この様子だと、アサラは話すつもりは全くないだろう。
フィナシェはそう判断して、それ以上追求することはしなかった。
「着いたぞ」
先に進んでいたナズルがヴェガの部屋の前で足を止めた。
「本当に、誰にも気付かれなかったわね」
何人ものごろつきとすれ違ったが、誰一人としてこちらに気付かなかった事にフィナシェは驚きを隠せなかった。
「さて、どうしますかね。このまま真正面から乗り込むのいいですが、それはそれで芸が……」
「俺達の仕事に、そんな細かいことを要求されるわけがないだろう」
アサラの言葉を途中で遮って、ナズルは部屋の扉を開いた。
「他の連中が集まると厄介だ。早く終わらせるぞ」
「はいはい」
ナズルに続く形になって、アサラもヴェガの部屋に入った。
「早くしろ」
本当に正面から乗り込むと思っていなかったこともあって、フィナシェはその場に立ちすくんでいた。
ナズルに一喝されて、フィナシェは弾かれたように部屋に入る。
「ナズル? お前にはシスターの見張りを……どうして、神父とシスターがそこにいる」
部屋に入ってきたナズルに、ヴェガは命令に従っていないことを咎めようとした。だが、その隣にアサラとフィナシェがいることに気付いて厳しい表情になっていた。
「この数ヵ月、お前のやっていることは調べさせてもらった。証拠も十分に集まったから、そろそろ頃合いだ」
「なるほど、お前も教会の人間だったというわけか。しかも、こちらは秘密裏に進めていたはずだが、それすら漏れていたとは。いやはや、教会の情報網というのは大したものだ」
ナズルの言葉でおおよそを察したのか、ヴェガは感心したように言う。状況的にかなり厳しいのはわかっているはずだが、それでもまだ余裕を保っていた。
「余裕だな。今この部屋にはお前含めて三人しかいない。それでどうにかなるとでも」
ナズルがそう言うと、ユヴァハがすっと前に出た。
「お前達三人程度なら俺一人でどうにかなる」
ユヴァハはそのまま剣を構える。
「なっ……」
その様子を見て、フィナシェは声が出せなくなっていた。フィナシェと戦っていた時は手を抜いていたことが容易に察することができたからだ。
ナズルも同じことを思ったか、油断なく構えを取る。
「ナズルの旦那、あんたのことはそれなりに評価してたんだぜ。にも関わらず、そりゃねえだろ」
ラギナが二人の間に割って入った。
「……」
何か思うところがあったのか、ナズルはいつもの無表情を保ったまま一言も発しなかった。
「お前がナズルに敵うと思うのか」
ラギナを制するように、ユヴァハは冷たい口調で言う。
「そんなことは、わかってる。でもよ、ここまでコケにされて引けねえんだよ」
「なら、俺が神父を倒すまでの間、足止めをしていろ。さすがに三人一度に相手にするのは、骨が折れるからな」
なおも引き下がらないラギナに、ユヴァハは淡々とそう言った。
「先生……」
その様子を見て、フィナシェはユヴァハが本質的には変わっていないのではないか、と感じていた。
「ふん」
ラギナはユヴァハを一瞥すると、ナズルに向き直った。
「アサラ、やれるか」
ラギナの矛先が自分に向けられたので、ナズルはアサラにそう言った。
「面倒な相手には違いありませんが、やれないことはないでしょう」
「神父様、先生は……」
まるで散歩でもするかのようなアサラの物言いに、フィナシェは思わず口を挟もうとしていた。アサラが不思議な力を持っているのはわかるが、ユヴァハも人間離れした何かを持っている。
「わかっていますよ。よもや、かつての同業者と相対することになるとは思いませんでしたが。それに、あの様子だと少しばかり人間の領域から外れているかもしれませんね」
アサラはフィナシェが何を言いたかったのかを察したのか、落ち着かせるかのように言った。
「人間の領域から、外れている……」
フィナシェはその言葉を否定したかったが、それができなかった。
ユヴァハと相対したあの時、確かにフィナシェはユヴァハの右肩を貫いたはずだった。だが、明らかに人間を突いたとは思えないような感触がして、レイピアは簡単に弾かれた。
「しかし、運命とは時に残酷なものですね。今回の事件の首謀者が、よもやあなたのかつての師であったとは思いませんでした。この事実が判明していれば、今回の任務にあなたが選ばれることはなかったでしょう」
「そう思うのなら、わたしの代わりに先生を止めて。悔しいけど、わたしにはそれができないから」
どこか申し訳なさそうに言うアサラに、フィナシェははっきりと言った。
本当なら、自分の手でユヴァハを止めたかった。だが、それは自分にはできないことも嫌というほどにわかっている。
それなら、目の前にいる不思議な神父に託すしかなかった。
「わかりました。あなたの想い、確かに受け取りました」
アサラはそう言うと、ユヴァハと対峙する。
「舐められたものだな。武器も持たずに俺とやり合おうとは」
アサラが武器どころかこれといった構えすらしないのを見て、ユヴァハはそう言った。言葉とは裏腹に、全く油断や慢心等をしている様子は見えなかった。
「私はこの通りでしてね。剣術だの体術だのといった心得はないんですよ」
「だが、何もできない奴が教皇庁に所属できるはずもない」
ユヴァハはアサラの胸元に剣を突き出した。
並の人間はもちろん、下手をしたらナズルですらも対処できるかどうかといった一撃。
「なっ……」
だが、ユヴァハの剣はアサラの少し前で止まっていた。まるで見えない壁でもあるかのように遮られている。
「只者ではないと思っていたが、ここまでとはな」
ユヴァハは大きく飛び退いて、アサラとの間合いを離した。
「あなたのことは、ある程度ですが知っていますよ。悪魔退治としての実績は申し分ない。ですが、ある一件を機に第一線から身を引いていますね。そして、一見すると何の変哲もない一件を最後に行方がわからなくなっていた」
飛び退いたユヴァハに対して、アサラは特に追撃することもせずにそう言った。
「さすが教皇庁の神父だ。そこまで知っているのなら、俺が最後の一件で教会に処理されそうになった、ということも知っているだろう」
それを聞いて、ユヴァハはどこか馬鹿にしたように言う。
「……ええ。私としては、そのやり方に賛同できるものではありませんが」
アサラはふっと息を吐くと、小さく首を振った。
「どういうこと、なの」
「お前が元々住んでいた村。あそこには先代教皇の隠し子が住んでいた。まあ、当の本人はそのことは全く知らなかったようだがな。そして、その村を悪魔が襲撃した。これ幸いとばかりに悪魔退治を派遣するのを遅らせて、村が滅びるように仕向けた」
「そ、んな……」
ユヴァハから語られたことを、フィナシェは信じ切れずにいた。だが、ユヴァハが嘘を言っていないことは嫌でもわかる。
「お前なら、俺が嘘を言っていないことはわかるだろう。俺もあの件はおかしいと思い、色々と調べてその事実に行き着いた。だが、それは本来なら闇に葬られる事実。それを知ってしまった俺を処理するのは、ある意味で当然か」
「そんな、勝手な都合で……わたしの、お父さん、お母さん。それに、村の人達を、見殺しにしたっていうの」
フィナシェは震える体を抑えるように、自分の体を抱きしめた。そうしなければ、とてもではないが立っていることすらできなかった。
「フィナシェさん」
そんなフィナシェに、アサラが優しく声をかける。
「今の話は、事実です。それでも、あなたは私に彼を止めて欲しいと、そう思いますか」
「それは……」
教会が自分勝手な理由で、フィナシェの村を滅ぼした。それは到底許せることではない。だが、ユヴァハがやろうとしていることは、それ以上の犠牲を出してしまうことも明白だった。
「教会がやったことは、絶対に許せない。でも、先生がやろうとしていることは、教会がやったことと何ら変わらないわ。だから」
フィナシェは震える体を抱きしめたまま、アサラを見上げた。
「先生を、止めて」
そして、強い意志を持ってそう言い切った。
「わかりました」
フィナシェの想いを受けて、アサラはユヴァハに向き直った。
「そう、か。あくまでお前は俺が間違っていると、そういうわけか」
ユヴァハはすっとフィナシェに剣先を向けた。
「なら、神父を殺した後でお前も同じ所に送ってやろう」
「わたしは、自分が間違っているとは思いません」
ユヴァハからあからさまな殺意を向けられても、フィナシェはそれを正面から受け止める。
気が付けば、体の震えが止まっていた。