神父との邂逅
「私はフィナシェさんに言付けをした覚えはありませんが……どういった経緯で、そういうことになったのですか」
アサラは落ち着いた口調だったが、有無を言わさない物言いでもあった。
「いえ、わたしも詳しいことは……ただ、フィナシェは神父様に呼ばれたから行くとだけ告げて。その時に、万が一のこともあるから数人見張りを付けて欲しい、とも」
アサラに気圧されそうになりつつも、サニアは知っていることを答えた。
フィナシェが連行されたと聞いてからすぐ、サニアはアサラと連絡を取っていた。事のあらましを聞いたアサラは、詳しい話を聞きたいと申し出た。
それを受けて、一部の人間には反対されたものの、アサラを拠点に招いて詳しい話をすることにした。
「それで、その言付けをしたのは誰ですか」
アサラの表情はほとんど変化はなかったが、言葉からは若干の苛立ちのようなものも見て取れた。その証拠に、差し出されたカップにも全く手が付けられていない。
「私ですが。少し、苛立っておいでのようですね。気持ちを落ち着かせるためにも、お茶を頂いてくださいませ」
ガルアは一歩前に出ると、アサラにお茶を飲むように促した。
「詳しい話を聞かせてもらますか」
アサラは自分を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸すると、出されたカップに口を付ける。教会で出された物より茶葉の質は落ちるが、淹れる人間が違うのか逸る気持ちを落ち着かせるには十分な味だった。
「この書置きと、それからこれを受け取りまして」
ガルアは数行の文字が記された紙と、封筒を差し出した。
「この封筒は……詳しく見せてもらっても」
それが悪魔退治でなければ所持できない封筒だったこともあって、アサラは目を見開いた。一見するとフィナシェが託した物と全く同じだから、これを見せられたら信用してしまうのも無理はなかった。
「どうぞご確認下さい」
ガルアがそう言うのを受けて、アサラは封筒を手に取った。もちろん、自分の分は肌身離さず持ち歩いているから自分の物ではない。そして、フィナシェが託した物もアサラが預かっていた。
謎の三通目の封筒。
「確かに、これは悪魔退治しか持ちえない物ですが」
アサラは確認するように封筒の中身を確認する。
もちろん中身は空だったが、どことなく自分が持っている物よりも古い物のようにも感じられた。
「と、なると……悪魔退治がこの一件に関わっている? しかし、一体誰が……」
アサラは封筒を元に戻すと、ガルアに返した。
「フィナシェは、大丈夫でしょうか」
サニアは心配そうな表情になっていた。
「フィナシェさんも、場数を踏んだ悪魔退治ですから。こういうことも覚悟の上でしょう」
そんなサニアに対して、アサラはゆっくりと首を振った。
「いえ、そういうことではなくて……」
自分の言いたいことが伝わっていないことに気付いて、サニアは詰め寄るように言った。
「ああ、そういうことですか。それなら、心配はありませんよ」
サニアが何を気にしているのかを理解して、アサラはそう言った。
「どうして、そんなことが言えるんです。フィナシェだって、女の子なのに」
「詳しいことは言えませんが、あまり酷いことはされないと思いますよ。だから、そういうことは心配しなくても大丈夫です」
なおも食って掛かったサニアに、アサラは穏やかにそう言った。
アサラがあまりに落ち着いているので、サニアはすっかり毒気を抜かれてしまった。それに、どういうわけか目の前の神父の言葉は信用できるようにも感じていた。
「とはいえ、フィナシェさんをこのままにしておくのも問題ですね。さすがに、私一人ではできることも限られますし」
サニアが落ち着いたのを見計らって、アサラは今後どうするかと暗に聞いた。
「そうですね。フィナシェには、わたし達を助けてもらいました。今度は、わたし達が彼女を助けるべきだと、そう思っています。でも……」
サニアはそこで言い淀んだ。
「今の我々の戦力では、フィナシェ様を助け出すことはかなり難しいかと」
補足するように、ガルアがそう付け加える。
「私も色々と探ってみましたが、この街の領主はちょっとした軍隊に匹敵する程度の戦力を集めているようですね。個々の質が高いとは言えないようですが」
「いつの間に、そんなことを。長いことこの街にいる我々ですら、そこまでは探れなかったというのに」
アサラが自分の知っている情報を話すと、ガルアが驚いた顔になっていた。
「腐っても教皇庁の神父ですから。普通では考えられない情報網も持っていますよ」
細かいことを説明するのが面倒だと思い、アサラは自分の素性を明かすことにする。
教皇庁という名前を聞いて、その場の全員が騒然となった。
「フィナシェも、そうなんですか」
やっとの思いで、サニアが口を開いた。
「フィナシェさんは、違いますよ。今までの経歴を見込まれて、今回の任務に相応しい人だと抜擢されただけです。まさか、こんなことになるとは思いもしませんでしたが」
「そう、ですか。わたし達も、もっと注意していれば」
「いえ、あなた方が気に病む必要はありませんよ。相手が一枚上手だった、とも言えますし。そうですね、内情を探るついでに交渉してきましょうか」
「交渉、って。まさか、領主の所に行くつもりですか。そんなことをしたら、あなたまで領主に捕まってしまいますよ」
まるで散歩にでも出かけるようなアサラに、サニアはそれを止めるように強く言った。
「まあ、なんとかなるでしょう。それとも、他に何か手がありますか」
「それは……」
「私も自分の命は惜しいですからね。無理はしませんよ」
言い淀んだサニアに、アサラは僅かに笑顔を作った。
「ガルア、もう一度領主を攻めるとしたら、準備にどれくらいかかるかしら」
「サニア様?」
サニアにそう言われて、ガルアは少し困ったような顔をする。
「わたしが無茶なことを言っているのは、十分にわかっているわ。でも、フィナシェをこのまま見捨てるわけにはいかないもの」
「それは、あなたの個人的な感情が大部分を占めているかと。そんな理由で、皆を危険に晒すわけにはいきません」
なおも食い下がるサニアに、ガルアはきっぱりと言い切った。
「そうね。これはわたしの我儘かのかもしれない……いえ、我儘ね」
サニアは目を閉じると、小さく首を振った。
「でしたら」
「でも、このタイミングで教皇庁の人間がこの街を訪れた。これは何かの偶然ではなく、運命的なものを感じるわ。あくまで、直感に過ぎないけど」
ガルアが胸をなでおろしかけた時、サニアは目を開くと強い意志を持ってそう言った。
「そうだな。あのお嬢ちゃんには助けられた。ここで見捨てちゃ、旦那様に顔向けできねえな」
「今度はオレ達がお嬢ちゃんを助ける番だな」
サニアに同調するように、周囲の男達が声を上げた。
「……あなたが、そこまでおっしゃるのでしたら」
その様子を見て仕方がない、というようにガルアは言った。ここまで盛り上がってしまうと、その流れを止めるのは中々難しい。
「待ってください。それはあくまで最終手段、ということでお願いできますか」
周囲が盛り上がっている中、それを止めるようにアサラは言う。
「おいおい、神父様。あんたはあのお嬢ちゃんの同僚なんだろ。心配じゃねえのか」
「いずれにしろ、領主とは戦う必要があるんだ」
その場の全員の視線が、アサラに集中した。
「あくまで、私は交渉に行くのですから。もしかしたら、何事もなく戻ってくる可能性もあります。そうなったら、その準備も無駄になるかもしれませんよ」
そこで、アサラはガルアの方に視線をやった。
「神父様の言うことには、一理ありますね。では、神父様が交渉に行って戻って来なかった場合のみ、再度領主の館を攻める、ということでよいでしょうか」
これ幸いとばかりに、ガルアは落としどころを提案する。
「そうね。わたしも少し気が逸りすぎたわ。ありとあらゆる可能性を考えて、最善の行動をとれるように準備しておきましょう」
その場をまとめるように、サニアは軽く手を叩いた。