再会
「ここに入っていろ」
ラギナに押し込まれるような形で、フィナシェは部屋に閉じ込められた。
「一応、腕はほどいておいてやるよ」
ラギナは乱雑にフィナシェの腕を取ると、縛り上げられていた縄を切った。
「あら、いいの。またわたしは逃げるかもしれないわよ」
フィナシェは縛られて痕になった腕をさすりながら、そう言った。
「この部屋から逃げられるものなら、逃げてみな」
ラギナはニヤリと笑みを浮かべた。
そう言われてフィナシェは部屋を軽く見渡した。
「ああ、そういうことね」
そして、その言葉の意味を理解する。部屋は狭いどころかむしろ広いのだが、窓は一切なく蟻の這い出る隙もないといっていい。
「でも、わたしなんかにこんな豪華な部屋をあてがってもいいのかしら。てっきり、牢屋にでも入れられるとばかり思っていたのだけど」
フィナシェは自分の待遇に疑問を抱いていた。牢屋に入れられてもおかしくはない状況だが、これだけ豪華な部屋をあてがわれるとは思ってもいなかった。
「……ヴェガ様の指示だ。あの方は、どうにもあんたのことを気にしているようだが」
ラギナは納得できないのか、微妙な表情をしている。
「そう、それはありがたい話ね」
「ま、これからどうなるか、オレにもわからんが。精々、無事でいられることでも祈っておくんだな」
ラギナは乱暴に部屋のドアを閉じた。
「さて、どうしたものかしらね」
フィナシェは近くにあった椅子に腰掛ける。
何気なく天井を見上げて、改めてこの部屋の内装が必要以上に飾り立てられているのがわかった。
「でも、解せないわね。どうして、わたしがあそこにいるってあいつらはわかったのかしら」
まるでフィナシェがあの場所に現れるのがわかっていたかのような動きに、フィナシェは疑問を抱いていた。
内通者がいた、と考えるのが自然だろうが、それが誰かは断定できない。
「まあ、サニアには一応話はしておいたし、念の為に近くで誰かに様子を見てもらうように頼んでおいたから、状況は把握していると思うけど……さすがに、わたしを助けるためにまたこの屋敷に攻め込むようなことは……しない、わよね」
何となく嫌な予感がしていたこともあって、サニアに一連のことは報告していた。まさか、こんなことになるとは予想すらしていなかったが。
「怪しいのはガルア、だろうけど……確証は持てないわね」
ガルアの態度や性格からも、用件があったのなら直接伝えてくるはずだ。わざわざそれをせず、配下に報告させたということがどこか引っかかっていた。
フィナシェは相手の嘘を見抜くことができるが、それはあくまで目の前の相手の言葉だけだ。間接的に伝えられた言葉が嘘であるかどうか、までは見抜くことはできない。
「と、なると……わたしのことを知っていて、敢えて自分で伝えずに配下に伝えさせたってことになるけど」
フィナシェはそこで顎に手を当てた。一応、こう考えると筋は通る。だが、フィナシェの能力をどうしてガルアが知っているのか。
それ以前に、嘘を見抜く力があると言われてはいそうですか、と受け入れられるはずもない。
「まあ、色々と考えても仕方ないわね。今すぐどうこうされるってこともなさそうだし、今は体を休めて機会を伺おうかしら」
フィナシェは椅子に背中を預けると、全身の力を抜く。それほど疲れているわけでもなかったが、休める時には休んでおいた方がいいだろう。
しばらくそうしていると、何の前触れもなく部屋の扉が開いた。
ヴェガでも来たのかと思い、フィナシェはその先に視線を向ける。
だが、そこに立っていたのは思いもしなかった人物で、言葉を発することも、指先一つ動かすこともできなくなっていた。
「……どうして、あなたが」
やっとの思いで、それだけの言葉を絞り出す。
「久しいな、フィナシェ。まさか、こんな所で会えるとは思わなかったな」
その男は、まるで何事もなかったかのようにそう口にした。
「せん、せい?」
最後に見た時と全く変わらないその姿に、フィナシェは上手く言葉を発することができずにいた。もちろん、言いたいことや聞きたいことはたくさんあった。
「少し、背が伸びたようだな。わざわざこの街に派遣されるくらいだ、悪魔退治として相応に功績を上げてきたんだろう」
対照的に、ユヴァハは世間話でもするかのようにスラスラと言葉を紡ぐ。
「どうして、先生が、ここに」
フィナシェはやっとの思いで、それだけを口にする。
「どうして、か。話をすると長くなるな」
ユヴァハは何から話したものか、といったように考える素振りを見せた。
「まさか、先生も仕事で?」
その様子を見て、フィナシェはユヴァハも仕事で来ているのだと思い当たった。今までどうしていたのかはわからないが、ユヴァハが協力してくれるのならこれほど心強いことはない。
「残念だが、俺は仕事でこの街にいるわけではない」
だが、ユヴァハはゆっくりと首を振った。
「どういう、ことですか」
「むしろ、お前達と敵対している、といった方が近いか」
「なっ……」
予想だにしなかったユヴァハの言葉に、フィナシェは言葉を失ってしまう。
「俺はもう、教会には見切りをつけている。だから、この街を起点として教会に対して反旗を翻すつもりだ」
そんなフィナシェに対して、ユヴァハは淡々と告げる。その態度は冷淡で、とてもかつて師事していた人間と同一人物とは思えなかった。
「い、一体、何があったんですか。以前の先生は、わたしを助けてくれただけじゃなくて、たくさんの人を助けてきたじゃないですか。それが、どうして」
あまりに変わってしまったユヴァハに、フィナシェは必死になって訴える。
「教会は自分達に不都合な人間を助けない。それだけではない、不必要と判断すれば容赦なく切り捨てる。そんな組織に存在する理由はないだろう」
だが、ユヴァハは切り捨てるように言い放った。
「先生、考え直してください。確かに、今の教会の在り方は間違っているかもしれません。でも、こんなやり方が正しいとも思えません。それに、司祭様……いえ、姉さんも、あなたが戻ってくるのをずっと待っているんですよ」
それでもフィナシェはユヴァハに訴え続けた。
「そうか、ソフィアは司祭になったのか。あいつの器量からしたら、それも当然の話か。だが、それなら尚更戻るわけにはいかないか。教会と敵対関係になる以上、あいつともう顔を合わせることもないだろう」
ソフィアのことを思い出したのか、ユヴァハは一瞬だけ懐かしそうな表情を見せた。そして、過去を振り切るかのようにそう言った。
「先生‼」
ソフィアのことを思い出しても意思が変わらないユヴァハを見て、フィナシェは思わず叫んでいた。何があってこうなってしまったのかわからないが、こんなことは間違っていると強く思っていた。
「俺が間違っていると思うか」
ユヴァハはフィナシェの近くまで歩み寄ると、顔を覗き込むようにして言った。アサラほどではないにしろ、二人の身長差はかなりあるのでユヴァハがフィナシェを上から見下ろすような形になっていた。
「間違っている、とまでは言いません。でも、正しいことをしているとも思えません」
フィナシェはユヴァハを見上げると、小さく首を振った。
フィナシェも教会の在り方が正しいとは思っていなかった。それでも、ユヴァハのやろうとしていることが正しいとも思えなかった。
「お前らしい返事だな」
ユヴァハはふっと笑みを見せた。
「だが、お前の言葉では俺は止められない。どうしても俺を止めたいのなら、お前の力を持って俺を止めて見せろ」
それはほんの一瞬のことで、フィナシェがぞっとするほど冷たい表情で言い切った。
「……止めます。わたしの力で、先生にどこまで渡り合えるかわかりません。でも、先生が間違った方向に行こうとしているのなら、止めないといけません」
フィナシェは凛とした表情で答えた。自分の師であり、隠された力のことまでも知っているユヴァハにどこまでやれるのかはわからない。それでも、自分を導いてくれた人が間違った方向に進もうとしていることは見過ごせなかった。
「表に出ろ。ここは狭くてやり合うには向かない」
それを受けて、ユヴァハはそう言うと部屋から出る。
フィナシェは小さく頷いてその後を追った。