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手合わせ

「上手く神父様とコンタクトが取れるといいんだけど」


 フィナシェはあてがわれた部屋で、今後のことを考えていた。いきなり消息がわからなくなったのだから、アサラにも余計な心配をかけてしまっているだろう。


「先生、あなたならこんな時、どうしますか」


 フィナシェはレイピアを眺めながら、そう呟いた。このレイピアはかつてユヴァハが使っていたもので、彼が行方不明になった時の現場に残されていたという。

 ユヴァハの弟子であるフィナシェの元に届けられたのだが、フィナシェにはとても使いこなせる代物ではなかった。だから、最初は形見替わりとしてソフィアに預けようとした。


「これは、あなたが持っていなさい。私はユヴァハとは幼馴染ではあるけど、悪魔退治としての接点はないわ。だから、あなたが持っているべきよ」


 だが、ソフィアはそう言って受け取ろうとしなかった。


「ですが、わたしはこれを使いこなせないです。持っていても仕方ないと思いますが」

「今は使えなくても、いずれは使えるようになるかもしれないわ。だから、あなたが持っていなさい」


 そう言ってレイピアを差し出すフィナシェに、ソフィアはやんわりとそれを返してきた。


「わかりました」


 それ以来、使うことはなかったがほぼ肌身離さず持ち歩いていた。ナイフを全て使い切っても相手を倒せなかった場合の保険として考えていたが、今の今まで使う機会はなかった。


「もしかしたら、今回の任務ではこれに頼ることになるかもしれないわね」


 フィナシェは改めてレイピアを眺める。


「フィナシェ、いいかしら」


 ドアを叩く音がして、外からサニアの声が聞こえた。


「どうぞ」


 フィナシェが答えると、ゆっくりとドアが開いた。


「あら、あなたレイピアも使うのね」


 フィナシェが持っているレイピアに、サニアの視線が向いた。


「使えるってわけじゃないわ。わたしの武器はあくまでナイフだから。これは、ナイフを使い切っても相手が倒しきれなかった時の保険、くらいに考えてくれればいいわ」


 フィナシェはそれなりに手慣れた動作で、レイピアを腰元に収めた。


「その割には、随分手慣れているようだけど」

「わたしの体じゃ、このレイピアを扱うのも手一杯なのよ」


 フィナシェは小さく息を吐いた。


「あなた、今までどうやって悪魔を退治してきたのよ。はっきり言って、ナイフの投擲程度で悪魔を倒せるなんて思えないんだけど」


 サニアが怪訝そうな表情を見せる。


「ナイフも使い方次第では、悪魔を倒すことも難しくはないわよ。確実に急所や関節を狙えば、ナイフでも倒すこともできるわ」

「そんなに簡単に、狙うことなんてできるものなの?」


 そう答えたフィナシェに、サニアは続けて聞いてくる。


「それができるから、わたしは悪魔退治をやっているのよ」

「随分な自信ね。でも、それがはったりの類でないことは何となくわかるわ」


 はっきりと言い切ったフィナシェに、サニアは感心したように言った。


「ねえ、今は時間を持て余しているわよね。わたしと手合わせしてくれないかしら」

「手合わせ? わたしとあなたじゃ勝負にはならないわよ」


 不意にサニアがそんなことを言い出すので、フィナシェは軽く手を振った。


「本当にそうかしら」

「わたしの戦闘スタイルは、中距離からナイフで相手の動きを制限して、そこで止めを刺すものよ。それに対して、あなたは近距離で相手を一方的に抑えつけるスタイル。はっきり言って相性が悪くて勝負にならないわよ」


 なおも食い下がってくるサニアに、フィナシェは互いの戦闘スタイルを説明して勝負する前から決着が見えていることを説明した。


「でも、ずっと部屋に閉じこもっていても体が鈍るだけよ」

「……それも、そうね」


 サニアにそう言われて、フィナシェは腰元に手を当てて立ち上がる。


「あら、やる気になったのかしら」

「この前の撤退戦で、わたしは手持ちのナイフを使い切ってしまったわ。だから、ある程度これの使い方も思い出しておきたいと思ったのよ」

「それなら、わたしの方で新しいナイフを手配しておくわ」

「……なら、その好意には甘えさせてもらおうかしら」


 一瞬断ろうかと思ったが、フィナシェはその申し出を受け入れることにした。ナイフがないと全く戦えないということもないが、あるに越したことはない。もっとも、今回は人間相手の戦いになりそうだから、どこまでナイフで戦えるかはわからない。

 それを踏まえても、ある程度レイピアも使えるようになっていた方がいいかもしれない。とはいえ、今から付け焼き刃程度の技術を身に付けても物になるとも思えなかったが。


「そうと決まったら、大広間に行きましょうか。外でやっているのを見られるとまずいでしょうし、あそこなら手合わせするのにも十分な広さがあるわ」

「わかったわ」


 サニアに案内されて、二人は大広間に向かった。サニアの言う通り、大広間はほとんど物がなく手合わせするには十分な広さがあった。


「じゃ、始めましょうか」


 サニアはすっと剣を抜き放った。その動作を見るだけでも、サニアが相当な使い手だということがわかる。


「相変わらず、良い腕をしているわね」


 フィナシェもレイピアを構えた。久々にレイピアを握ったが、以前に握った時に比べると少しはしっくり来ているようにも感じられた。

 あの時に比べると幾分は体も大きくなっているし、悪魔との戦闘も回数を重ねてきている。今ならこのレイピアもまともに使えるかもしれない。


「あなたからは攻めてこないのね」


 いつまでも動かないフィナシェに、サニアは少し挑発するように言う。


「わたしのスタイルは、基本的に受けなのよ。だから、あまり自分から攻めることはしないわね」


 それを受けて、フィナシェは淡々と答えた。


「なら、わたしの方から攻めるしかないようね」


 サニアは大きく一歩を踏み込むと、剣を上から振り下ろすような素振りを見せた。が、それはフェイントで実際は横からの薙ぎ払いだった。

 フィナシェはそれがわかりきっていたこともあり、冷静に対処する。上からの攻撃には一切反応せず、横薙ぎに対して上半身をそらすだけでそれをかわした。


「初見でわたしのフェイントを見切るなんて、あなたは想像以上ね」


 サニアは難なく捌かれたことに驚きつつ、剣を引いた。


「ナイフなら、今の合間にあなたの首筋に投げられたんだけど」

「それをされたら、ちょっとかわせないわね。今のあなたはナイフを持っていないから全く警戒していなかったわ」


 フィナシェがそう言うと、サニアは苦笑していた。実際にナイフを投げられたら、間違いなく対処できなかった。


「まあ、ありもしない仮定の話をしても始まらないわね。少しは、わたしの方から攻めてみましょうか」


 フィナシェは一歩踏み込むと、真っ直ぐにサニアの胸元を突いた。

 サニアがそれを剣で受け止めようとしたので、すっとレイピアを引いた。まともにぶつかり合ったら、自分の方が弾き飛ばされることは明白だった。

 サニアは自分の行動が読まれているような動きをされて、大きく目を見開いた。


「本当に、嫌な動きをするわね」


 サニアは受け止めようとした剣で攻撃に転じる。その動作に一切の無駄がなく、フィナシェのレイピアを受け止めてから反撃に転じるつもりだったのがわかった。

 フィナシェはその剣を一瞬だけレイピアで受け止めると、それを軽く受け流した。サニアの体勢が大きく崩れる形になったところに、喉元目掛けてレイピアを突きつけようとして、動きを止めた。

 あれだけ体勢を崩されたにも関わらず、サニアはその反動を逆に利用してフィナシェに横薙ぎを放ってきていた。

 あのまま喉元にレイピアを突き付けていたら、逆にこちらが薙ぎ払われていたに違いない。


「良い腕ね。相当名のある人に師事したのかしら」


 サニアの技量がユヴァハに匹敵するのではないかと思い、フィナシェは称賛の言葉を口にする。


「そういうあなたこそ、剣の技量こそは並……ではないわね。でも、達人とはとても呼べるものではない。なのに、わたしの攻撃はことごとく当たらない。人間を相手にしている気分がしないわ」


 サニアは正確にフィナシェの技量を見切っていた。そして、自分とフィナシェなら自分の方に分があることも把握している。それにも関わらず、全く自分の攻撃が当たらないことに不気味さを感じていた。


「悪魔退治をやるような人間には、何かしら特別な力があるものよ」


 フィナシェは意味ありげな笑みを浮かべる。もちろん、自分の力を素直に明かすようなことなしないが、何かを隠していると思わせることに意味があった。


「そのようね。それに、こんな時に笑みを浮かべられるなんて、あなたは相当に場数をくぐっているようね」


 対照的に、サニアは口を真っ直ぐに結んでいた。この状況で笑みを浮かべられるほどの余裕はなかった。

 場が膠着して、二人は互いの隙を伺っていた。

 このままじゃ、埒が明かないわね。なら……


「お取込み中のところ、申し訳ございません」


 フィナシェが仕掛けようとした時、ガルアが割って入ってきた。

 思わぬ乱入者に、それまで張りつめていた空気が一気に弛緩する。


「どうしたのかしら、ガルア」


 サニアは剣をしまうと、ふっと表情を崩していた。


「はい、例の神父殿と連絡が取れました。伝言を預かっています」

「神父様と連絡が取れたの?」


 ガルアに言われて、フィナシェは思わず詰め寄っていた。こんなにも早く連絡が取れるとは思っていなかった。


「はい、こちらになります」


 ガルアは丁寧に折り畳まれた紙をフィナシェに差し出した。


「ありがとう」


 フィナシェはそれを受け取ると、ゆっくりと開封した。

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