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逃亡

「思ったよりも、軽傷で済んだわね」


 窓を割って飛び降りたフィナシェは、さっと全身の様子を確認した。修道服は露出が少ないこともあって、ガラスの破片による怪我はそこまで酷いものでなかった。

 かなり高い所から飛び降りたが、上手く受け身を取れたこともあってか着地の際のダメージもあまり大きくないようだった。


「はぁ、服がボロボロになったわね。代わりを用意するのも一苦労だわ」


 とはいえ、高所から飛び降りた上に窓を割っているのだから、外見はとても見れたものではないものになっていた。

 修道服の中に隠しているナイフがちらりと顔をのぞかせており、これが暗闇で目立ってしまう可能性もある。

 周囲を見渡したが、まだ追手の姿は見当たらない。


「とはいえ、困ったものね」


 この場から逃げるだけなら簡単にできそうだが、その後のことを考えると問題が山積みだった。当主と教会が繋がっているのなら、教会に戻ったところで問題は解決するどころか突き出されて終わりになる。

 アサラと合流するのが一番だろうが、今はどこにいるのかすらわからない。


「それに……妙だったわね。あの当主、ヴェガといったかしら。意図的に話題を限定して、わたしに本心を悟られないようにしていたような……」


 そこまで考えて、フィナシェは大きく頭を振った。

 確かに不自然なところはあったが、今はそれを考えている場合ではない。


「素直に門から出るのは……駄目そうね」


 ここから門の方まではそう遠くなかったが、フィナシェはそこから逃げることは選択肢から除外した。

 ここまでの騒ぎになっているから、門の方は完全に警戒されているだろう。


「と、なると……何!?」


 フィナシェが次の行動を思案していると、突如として大きな物音が響いた。


「門の方、かしら。なら、騒ぎに紛れて逃げられるかもしれないわね」


 物音は門の方から聞こえたこともあって、フィナシェは当初の予定を変更する。


「おい、何だ今の音は‼」

「わからんが、何者かが門を無理矢理こじ開けたらしい」

「は、そんな馬鹿なことをする奴がいるのかよ」


 身を潜めつつ門の付近まで行くと、予想通り収集が付かない状態になっていた。


「誰がこんなことを?」


 豪華だった門は無残にも破壊され、その面影は全くなくなっている。何かしらの目的があって門を破壊したのだろうが、その目的は全くわからなかった。


「レンツェ当主、ヴェガ。お前の悪政も今日までと知れ‼」


 凛とした声が響いて、その場の全員がその声の主に注目した。

 暗がりで姿はわからなかったが、声からして女性、それもかなり若く、少女といっていいくらいの年齢だと推測された。

 その少女の背後には、かなりの数の人間の姿も見受けられた。


「ははは、お嬢ちゃん。冗談も休み休み言えよ」


 門を破壊した集団のリーダーが年端もいかない少女だとわかって、ならず者の一人が笑い声を上げた。


「だがよぉ、こんなことして、ただじゃ済まねえよなぁ」

「ラギナの旦那、やっちまって構いませんよね」

「やれ」


 ラギナが指示を出すと、ならず者達は一斉に襲い掛かった。


「みなさん、お願いします」


 それを受けて、少女の方も指示を出した。あっという間に複数人が入り乱れた乱闘になり、敵も味方もわからないような状態になってしまう。


「この混乱に乗じて逃げるのは簡単そうだけど……」


 フィナシェはこのまま逃げて良いものか、少し迷っていた。自分とは関係のない人間が争っているだけなのだから、ここで関与する理由はない。


「お前ら、何手こずってる。相手は素人に毛が生えた程度だぞ」


 中々収まらない乱闘に、ラギナが苛立ったような声を上げた。


「ラギナさん、こいつら、ただの素人じゃないですよ」


 ならず者の一人が、反論するように声を上げた。


「当主は教養をそこそこ重視しているようだけど、配下はその程度のようね」


 フィナシェは少し呆れたように呟いていた。少なくとも、当主の館に攻め込もうと考える集団が何の準備もしていないわけがない。そんなことも察せられないのだから、ならず者達の程度もおおよそ察せられる。


「仕方ねえ、オレがやるしかなさそうだな」


 ラギナは舌打ちすると、集団の中に降り立った。


「あなたが頭ね」


 それを見て、少女がラギナの前に立つ。


「は、お前がオレの相手をするっていうのか。冗談も……」


 そう言いかけたラギナの首元を、少女の剣が掠めた。ラギナが上体を逸らしていなかったら、その首が地面に落ちていた。


「ほぉ、できるじゃねえか」


 少女が思っていたよりもできることを察して、ラギナは認識を改める。


「あなたを潰せば、ここを制圧できるようね」


 少女は油断なく剣を構える。その構えからしても、相応の使い手だということがわかった。

 どこに持っていたのか、ラギナは身の丈よりも長い棒を勢い良く振り下ろした。

 少女はそれをまともに受け止めることはせず、軽く地面を蹴って後ろに下がる。棒が地面を叩きつけると、地面に大きな亀裂が入った。


「小賢しいな」


 あれだけ勢い良く振り下ろしたにも関わらず、ラギナはすぐさま棒で横に薙ぎ払った。

 ただの力自慢というわけではなく、それなりに使いこなすようだった。

 少女はまともにぶつかり合うと不利だと思ったのか、絶対に剣で棒を受けようとはしなかった。棒を振り回すラギナに対して、少女はずっと回避に専念していた。


「ちっ」


 攻撃が全く当たらないことに苛立ってきたのか、ラギナの動きが少し雑になってきていた。

 少女はその隙を見逃さない。ラギナが振り回した棒の先端に踏み上がると、そのまま高く跳躍した。

 そのままラギナの頭上から一気に剣を振り下ろす。このまあ一刀両断するかと思われたが、何者かが素手でその剣を受け止めていた。


「この程度の相手に遅れと取るとはな」


 抑制のない声だったが、明らかに責めているような感じはあった。


「ナズルの旦那、あんたはヴェガ様の護衛をしているはずじゃ」


 ナズルがこの場にいることに驚いて、ラギナは声を上げる。


「いつまでも騒ぎが収まらないから、当主が様子を見て来いとの仰せだ」


 ナズルは受け止めた剣を振り払うと、ラギナを押しのけるように前に出た。


「この相手はお前には荷が重いようだ。俺がやることにしよう」


 ラギナは何か言いたげな顔をしていたが、無表情のナズルに気圧されたのか口を開かなかった。


「厄介ね」


 少女は瞬時にしてナズルの技量を見抜いて、そう口にする。


「何やら影でこそこそ動いている、という感はしていたが。お前達はあのシスターと繋がっていたのか」

「シスター? 何のことかしら」


 ナズルにそう言われて、少女は訳がわからないというように返した。


「本当に関係ないのか、それともしらばっくれているのか」


 ナズルはどちらでもいい、というように拳をすっと前に出す。

 少女は先程までとは打って変わって、自分の方から攻めだした。ナズルは手に何かを装着しているのか、手でその剣を難なく受け流した。


「思っていたよりも、良い腕だな。だが」


 ナズルは少女の剣を受け止めた。少女は剣を動かそうとするが、岩にでも刺さったかのように動かなかった。


「その体格では、俺には敵わんよ」


 ナズルはもう片方の手で少女の胸元に拳を突き入れる。


「くっ」


 少女は覚悟を決めたように目を閉じた。


 だが、どこからかナイフがナズルの足元に飛んできた。


「誰だ」


 ナズルはナイフに気付いて、少女に向けていた拳を止める。


「あなたが誰かは知らないけど、引き時よ」


 フィナシェはナズルと少女の間に入った。


「……シスターか。いい腕をしている」


 フィナシェの姿を見ると、ナズルは感心したように呟いた。


「あなた、一体……」


 突然現れたフィナシェに、少女は驚いていた。


「フィナシェ、よ」

「えっと、フィナシェさん? あなたはシスターのようですが、どうしてこんな所に」

「話は後よ。ここは引くわよ」


 驚く少女に、フィナシェはこの場から撤退することを促した。


「で、でも……」

「あなた、この男に勝てると思う」


 渋る少女に、フィナシェは諭すように言った。少女の技量も相応なものだが、二人掛かりでもナズルに勝てるとは思えなかった。


「そ、それは……わかりました。全員、引くわよ」


 状況の不利を悟ったのか、少女は全員に撤退するように指示を出した。


「逃がすな」


 ナズルが追いかけるように指示を出と、ならず者達が一斉に後を追いかける。


「しつこいわね」


 フィナシェは追いかけてくるならず者達の足元に、立て続けにナイフを投げつけた。


「ちっ、またか」

「あのシスター、投擲の腕は一流じゃねえか」


 立て続けに投げられるナイフに足止めをされて、ならず者達はこれ以上追いかけることができなくなっていた。


「ああ、もう。今回は大出費じゃないの」


 手持ちのナイフを全部投げつくして、フィナシェは毒づいた。


「でも、背に腹は代えられない、か」


 そして、素性のわからない集団と一緒に館から逃亡していくのだった。

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