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もてなし

「どうしてわたしを招待してくれたのかしら」


 フィナシェは当初の疑問を真っ先にぶつけた。


「あなたと話をしてみたかったから、というのでは駄目かね」


 当主ははぐらかすことはせず、あっさりとそう答えた。


「あら、こんな小娘と話がしたいなんて、あなたも奇特な方ね」


 それに嘘がなかったので、フィナシェは大袈裟に肩を竦めて見せた。


「外から教会の人間が来るなんて珍しいからな。それが、あなたのような若くて見栄麗しい方だとくれば、尚更気になるというものだよ」

「それはどうも」


 当主の言葉が半分お世辞、半分本心だったので、フィナシェは曖昧な受け答えをする。


「あなたは社交辞令というのを好まないようだな。教会の人間は本音と建前を使い分けると聞いているが、例外もあるということか」


 フィナシェの態度があっさりとしたものだったので、当主は苦笑していた。当主の外見は女性受けするようなもので、一般的な女性であれば夢中になってもおかしくないほどだ。

 そんな自分になびかないフィナシェが珍しかったのか、次は興味深いといった視線を向けてくる。


「そういえば、お互いに名前を名乗っていなかったわね。わたしはフィナシェ、ヴァンドアからこの街へ仕事で来たわ」


 その視線を受け流しつつ、フィナシェは淡々と名乗った。確かにこの当主は女性受けする外見をしているが、人の内心をある程度読めるフィナシェからすると、外見だけで判断することはまずなくなっている。


「これは失礼した。私はこの街の当主で、ヴェガという者だ。今後とも……と、あまり長い付き合いにはならなそうだ。まあ、あなたがこの街にいる間は良き付き合いをしたいものだな」


 フィナシェの名乗りに応じて、ヴェガもまた名乗り返す。


「わたしのような小娘相手に、随分と気を遣うのね」

「教会の人間と良好な関係を保っておくのは、私にとっても有益なのでね。っと、せっかく来ていただいたのに何のもてなしもしないのも失礼か」


 ヴェガは手元にあった呼び鈴を軽く鳴らした。


「何か」


 しばらくすると、使用人らしき男が部屋に入ってくる。


「この方に料理を振るまってくれ。くれぐれも、失礼のないようにな」

「承知しました」


 ヴェガがそう言うと、使用人は一礼して部屋から出て行った。


「そこまで気を遣ってもらわなくても構わないわよ」


 もてなしをされる理由もないので、フィナシェはそう言った。


「わざわざご足労願ったんだ。それくらいしても罰は当たらないだろう」

「そこまで言うなら、断るのも逆に失礼というものかしらね」

「物分かりが良くて助かるな」


 フィナシェが素直に自分の提案を受け入れたので、ヴェガはどこか上機嫌そうだった。

 さて、今までの言動には不自然なところはなさそうだけど……食事に何かを盛る可能性も否定できないわね。

 そもそも、わたしを拉致監禁する理由もないとは思うけど。


「今日は羊肉の良い物を用意していてね。私一人で楽しむのは勿体ないと思っていたところだ」

「羊肉、ね。随分と高価な物を用意してくれたようだけど……」


 羊肉は高価で、手に入れるのも中々に難しい。そんな物を来客に軽々しく振る舞うあたり、この街の当主は相当金回りが良いことが推測される。

 フィナシェはそれを指摘しようとして、思い直した。自分が指摘したところでヴェガの考え方が変わるとも思えないし、余計なことを言って不評を買うのも避けたかった。


「なるほど、あなたは物の価値がわかるようだな。ヴァンドアのシスターと聞いているし、それ相応の教養もあるようだ。全く教養のない人間と話をするのは疲れるからな」


 フィナシェがある程度の見識があることを知ってか、ヴェガは感心したように言う。同時に、教養のない人間に対する嫌悪感も露わにしていた。


「そう思うのなら、この街の人間にも教育を施すべきじゃないかしら。一部の人間は教育をしっかり受けているようだけど、大半の人間はそうではなさそうよね」


 この街の様子を見て回ったこともあって、フィナシェは思わずそう口にしていた。当主であるなら、自分だけが贅沢をして領民に対して何もしないというのは納得しかねる部分があった。


「庶民は教育というものの大事さを理解していないことが多くてな。せっかく学校を作っても、勉強させるくらいなら日銭を稼げという親も多い」

「確かに、ね」


 ヴェガの意外な言葉に、フィナシェは納得したように頷いた。貧しい家庭の人間ほど、教育に回す余裕はなくなってくる。学校を作っても、そこに通わせないのでは意味がない。

 フィナシェも訓練の傍らで、ソフィアに勉強を教えてもらっていた。それがなかったら、最低限の教養すら身に付いていなかった。

 しかし、わからないわね。ここまで考えられる人が、この街の現状を放置しているなんて。それだけでなく、ごろつきといってもいい連中を使っている。

 ヴェガという人間が掴めずに、フィナシェは困惑していた。

 その時、扉が小さくノックされた。


「お料理をお持ちしました」

「ご苦労」


 二人の前に羊肉の料理が並べられた。フィナシェも仕事の関係で何回か口にしたことはあるが、ここまで丁寧に調理された物を見たのは初めてだった。


「良い料理人を抱えているようね」


 フィナシェはすぐに手は付けなかった。


「見ただけで、料理の質を見抜くとは大したものだ」


 ヴェガは慣れた手つきで料理を口にする。


「おや、毒でも盛られているかと警戒しているのかね」


 中々料理に手を付けないフィナシェを見て、ヴェガはそう言った。


「そうね、さすがに警戒はするわ。でも、もてなしを受けてそれを否定するのも失礼かしら」


 フィナシェは覚悟を決めて、料理を口にする。想像以上に丁寧に煮込んであり、口の中で溶けるような感じすらあった。

 味付けもそこまで濃い物ではなく、妙な物が入っていればすぐにわかりそうな程度だった。

 毒やしびれ薬の類は入っていない、か。

 こういう仕事をしていると、食事に毒を盛られることも珍しくはない。現時点ではそういった物の確認はできなかったが、まだフィナシェが知らない毒も存在している可能性も高い。

 違和感があったらすぐに吐き出すつもりで、フィナシェは少しずつ口にしていた。


「こんな贅沢な物を食べ慣れると、舌が肥えて大変よね」


 それとは別に、この料理が相当に贅を凝らした物だということもあって、フィナシェはそう口にする。

 少しずつ口にしているのは、毒を確認するためでなくゆっくりと堪能している、ということを主張する目的もあった。


「清貧を旨とする教会の人間らしい言葉だな。本日は束の間の贅沢を楽しむと良い」


 それに気付いているのかいないのか、ヴェガは意味ありげな笑みを浮かべていた。


「ご配慮、痛み入るわ」

「それで、君はどういう目的でこの街に来たのかね。ヴァンドアに比べたら、この街など大したものではないだろう」


 不意に、ヴェガが話題を変えた。


「さあ、わたしはあくまで仕事で来ただけよ。わたしはまだ若年だから、詳しいことはもう一人の神父の方が知っていると思うわ」

「ほう、そういうことか」


 ヴェガは納得したのか、それ以上聞いてくることはなかった。


「おもてなし、感謝するわ」


 料理を完食して、フィナシェは立ち上がった。


「おや、もう帰るのかね。もっとゆっくりしていけば良いと思うが」

「わたしもそこまで暇じゃないのよ」

「そうか、だが、そう簡単に帰れるとは」


 ヴェガは先程よりも強く呼び鈴を鳴らした」


 すると、ならず者達が複数人なだれ込んできた。


「思っていないわ」


 ある程度予想できていたこともあって、フィナシェは懐からナイフを取り出した。


「ほう、ただのシスターではないと思っていたが。だが、この人数をどうにかできるかね」


 ヴェガはフィナシェのことを戦闘力もないただのシスターだと思っていたようで、かなり驚いた顔になっていた。

 だが、フィナシェが小柄で華奢な見た目をしていることもあり、すぐに余裕を取り戻す。

 四人、か。


 フィナシェはならず者達の数を確認する。見たところきちんとした戦闘訓練は受けていなそうだが、それでも日々荒事にまみれているだろうから、戦い慣れはしていることは予想できた。


「お嬢ちゃん、痛い目を見たくなかったら大人しくしていた方がいいぜ」


 男の一人が、見下すように言った。

 わたしの見た目で、油断してくれているようね。それなら、それを最大限に利用させてもらおうかしら。

 フィナシェはナイフを両手に構えると、男達目掛けて投げつける。


「こんなおもちゃで、オレ達をやろうなんてな」


 男達は馬鹿にしたようにナイフを打ち払おうとした。だが、そのナイフは男達の足元に突き刺さった。


「なっ」


 予想外のことに、男達の足が止まる。


「あなた達が、察しが悪くて助かったわ」


 フィナシェはそのまま窓に体当たりすると、そこから勢い良く飛び降りた。


「やれやれ、こんなことなら食事に毒でも盛っておくべきだったか」


 ヴェガは割れた窓を見ながら、そう呟いた。


「追いかけますか」

「この高さから飛び降りたのだ。普通に考えれば無事ではすむまい。だが、万が一ということもある。探せ」


 ヴェガの命令で、男達は飛び出すように部屋から出て行った。


「中々に、厄介なことになったな」


 一人残されたヴェガは、そこで小さく息を吐いた。

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